第291話 戦場へ
早朝。
ついにこの日がやってきた。早朝に出発するということで、
現在は集合時間の十分前。普段ならば、全員揃っているところなのだが今はレイとリディアが遅れていた。もっとも遅れている原因がリディアにあると全員ともに分かっているのだが。
「リディアのやつ……本当にしょうがないやつだな」
「でもレイちゃんがいるから大丈夫だよーっ!」
と、アビーとキャロルが話していると二人は慌てて集合場所にやってくるのだった。
「すまない。ギリギリだったか?」
飄々としたようで現れたのリディアだった。その後ろにはレイが着いてきているが、その顔には疲労が滲んでいた。
「師匠……本当に勘弁してください。全く起きる気配がなかったので、焦りましたよ」
「すまんすまん。この時間に起きるのは久しぶりでな!」
謝罪をしているようだが、全く反省の色が見られない。そんな様子を見て、はぁとため息を漏らすレイ。今に始まったことではないが、今日のような日でもマイペースなリディアには少しだけ辟易してしまう。
「リディア。お前というやつは本当に……」
「アビー、そんなに怒るなよ。ちゃんと時間内には来ただろう?」
「レイに起こしてもらったんだろう?」
「まぁそうだな。でもいつものことだからな!」
「……全く。レイがいないとゾッとするな」
頭に手を当てて、やれやれと首を横に振る。アビーの懸念は的中していたが、レイが大丈夫というので任せていたおかげでどうにかなってホッとしていた。
本格的に極東戦役に参加するというのに、この意識で本当に大丈夫なのかと思うが……今更リディアに関していうことはほとんどないだろう。
すでに七大魔術師として大成しており、魔術師としての実力は抜きん出ている。すでに七大魔術師の中でも最強ではないか、と謳われているほどの実力だ。
もっとも性格的な面や生活習慣は決して褒めらたことではないのだが。
「よし。全員揃ったね」
改めて声をかけるのはヘンリックだった。その隣にいるフロールはじっとリディアのことを見つめるが、今は特に何もいうことはなかった。
「改めて本日より極東戦役にうちの部隊も参加することになった。担当するのは最前線だ。
『了解』
全員で声を揃えて返事をすると、ついに極東戦役の戦場となっている場所へと向かうことになった。
現在は他国の要請により出陣しているということで、戦場の近くに簡易的な王国軍の基地が出来上がっている。極東戦役を押さえ込んでいる隣国はすでに疲弊しきっており、戦力は大幅に低下。
そこで王国と正式に同盟を結ぶことで、こうして
極東の地形としては山岳部が多く、それに今は雨も多い時期になっている。戦場になっているのは、主に山岳地帯であり位置としてはエイウェル帝国の隣になっている。
もともとは小さな火種だった。それが広がり、今は完全に暴徒になってしまった兵士を鎮めることが目的。エイウェル帝国もまた、軍を派遣して鎮火に努めると発表しているが未だに戦火が広がり続ける現状を見て王国軍もまた派遣されることに。
すでに気がついている人間も多い。この戦場の全てを操っているのはエイウェル帝国であると。小国同士の戦いではあるが、この戦場は初めての魔術を用いた戦争。そこで魔術を兵器として輸出して、巨万の富を得ている。
それはすでに確かな筋から手に入れている情報である。それは、表には発表されていない情報だ。軍の中でも一部の人間だけが知っている。
もちろんその中には、
「今回の紛争……いや、戦争だな。妙にきな臭い気がしないか?」
移動中の馬車の中。そこで声を発するのはリディアだった。今回は長旅になるということで、交代制で睡眠を取ることになっている。
現在はリディアとアビーが起床している時間ということで、他のメンバーの邪魔にならないように密やかに会話をしていた。
「どうしてそう思う?」
「裏にエイウェル帝国がいるのはわかる。そして、魔術の技術を流通させ戦火を広げている。そこで巨額の富が動いているのも分かっている。しかし、本当の目的はそれだけなのか?」
「……私も思っていることがある。エイウェル帝国はすでに世界最大の大国と言われている。王国はその歴史があるからこそ、大きく見られているがすでに経済的な面ではかの国には追い抜かれているだろう。だからこそ、どうして今更その先の利益を求めるのだろうか……と」
「純粋に欲望が加速しているだけ、とも考え難いよな?」
「あぁ。その程度の国ならば、あそこまで発展はあり得ない」
議論を交わす。
リディアとアビーはこの戦いに別の目的があるのではないかと思い始めていた。
アビーが言及しているように、エイウェル帝国は経済面で見ればすでに世界トップだろう。そこからさらに利益を追求するのは理解できるが、戦争に介入するのはあまりにリスクが大き過ぎる。
どうしてそこまでするのか。
リスクと利益の天秤をかけた時に、純粋にさらに利益追求を優先したいというだけではリスクに釣り合わない。万が一、戦火を広げている事実が公になってしまえば各国からの批判は避けられない。
貿易が停止するなどの経済的な制裁もあり得る。その上でどうして極東戦役に介入するのか。その答え──核心にはまだたどり着いていないが、何かあるのは間違いないと考えている二人だった。
「やはり魔術に関連することなのか?」
「リディア。何か分かっているのか?」
「いや、ただの予感さ。でも……レイが言っていただろう。呼ばれているような気がすると」
「あぁ」
「私も同じ感覚を覚えている。それに、以前帝国に向かった時の少女の話はしただろう?」
「……あの地下で出会ったという少女か?」
「そうだ」
リディアは改めてあの時の話をする。それは決してレイには聞かせてはならない情報だった。
彼女はちらりと寝ているレイの方に視線を送る。そして、一枚の紙を用意するとそれにスラスラとペンを走らせていく。
「……」
受け取った紙を確認すると、そこにはこう書いてあった。
あの少女はレイと同質の
「これ、本当なのか?」
「おそらくだが……いや、私程度の能力ではそこまでは見えなかった。報告書にも書くか迷ってな」
「どうして共有しない。重要なことだろう?」
「……どうしてだろうな。重要な情報なのは分かっている。しかし私はそれと同時に、パンドラの
気がつくとリディアの手は震えていた。その様子を見てただ事ではないと理解するアビーはそれ以上言及することはなかった。
「仮に何かあれば、すぐに報告しよう。しかし今回の戦争、私はただでは終わらないと思っている」
「それも予感か?」
「あぁ。馬鹿にするか?」
「いや。リディアの直感は昔からよく当たる。信じているさ」
「願わくば、無事に終わってくれたらいいんだがな」
「そうだな……」
そこで話は打ち切られた。
馬車に揺られながら、進んでいく。その先には何が待っているのか。そんなことに想いを馳せながら、二人はじっと空を見上げた。
「……」
その一方で、レイは寝ているように見せかけて……決して寝てはいなかった。横を向いて寝息を立てていようだが、実際には意識は覚醒していた。
彼は今の会話を聴いて思った。レイもまた、この先には何かあると思っている。それは何か根拠があるわけではない。ただの予感に過ぎない。
そうしてついに、世界に大きな爪痕を残す極東戦役が幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます