第284話 潜入任務(女装)


 特殊選抜部隊アストラルの任務は多岐にわたる。王国には諜報部なども存在はしているのだが、任務の中には諜報活動なども含まれる。


 今回の任務は諜報活動の一環でもあるが、相手が武力行使をしてくる可能性も考慮して今回は特殊選抜部隊アストラルに任務が依頼された。


 全てに関してスペシャリストが揃っている集団。


 それこそが、特殊選抜部隊アストラル


 それは──女装に関してもスペシャルなのである。



「なぁ、レイは大丈夫なのか? なんか憑依しているような気がするんだが……」

「ふふーん! レイちゃんなら大丈夫だよっ! キャロキャロの全てを教えたからね!」

「このアホピンク……私はそれが心配なんだ」


 気配を殺してリディアとキャロルは、レイの様子を窺っていた。まるでストーカーのように壁に張り付きながら、薄暗い道を進んでいくレイを見つめる。


 今回の目標は上流貴族の男。彼は密かに少女を愛玩する趣味があるらしく、迷子になっている子どもや、時には非合法な方法で少女を集めているという噂がある。


 帝国に情報を流しているだけではなく、そのような非倫理的な行動もしているということで今回は特殊選抜部隊アストラルが対処することになっている。


 もちろん彼にはボディガードである魔術師がついており、その階級は白金級プラチナで揃えられているらしい。


 並の魔術師では太刀打ちできないということで、依頼が来たのだが……やはり心配なものは心配だった。そもそも、レイが先陣を切るだけでも心配だというのに、それが女装姿なのだ。


 今は綺麗なワンピースではなく、少しみすぼらしい服装をしている。それも顔もすすなどで汚れていて、令嬢に見えることはない。


 しかし見るものが見ればわかってしまう。


 そのあまりの愛らしさと美しさに。


 すでに相手の好みは把握している。だからこそ、レイのが連れて行かれるのは間違いないだろう。この一角に物乞いをしている子どもの噂は流しておいた。だからこそ、やってくるのは時間の問題だった。


「き、来たぞ」

「……レイちゃん。頑張って」


 その路地裏に図ったかのように恰幅な男性がやってきた。いかにも貴族という豪華な装いをしており、そっとレイに向かって手を差し伸べる。


「大丈夫かな。お嬢さん」

「あ、えっと……その私は……」

「大丈夫だよ。私の家に来るといい。暖かいものを用意してあげよう」

「でもそんな……貴族様のお世話になるわけには。私はただの、物乞いですから……」


 上目遣いで潤んだ瞳によって、相手の目をじっと射抜くレイ。それは同性のリディアとキャロルでさえも、ドキッとしてしまうほどには愛らしい所作だった。


 もちろん男もまた平静を保っているがそれは表面的なもの。内面では下賤な笑みを浮かべていた。


「ふふふ。いや、気にしなくていいんだよ。私は貧しい子どもを助けるために活動しているんだからね」

「……そう、なのですか?」


 その言葉を聞いて、まるで希望が宿ったかのような相貌になる美少女。煤や泥に汚れていても、その一輪の花のような輝きは隠すことはできなかった。


 それはまさに大輪の花。レイの美しさはもはやその次元にまで高められているのだ。


「や、やばい……このままだとうまくいくぞっ!? いいのかっ!?」

「い、いいんだよ! でもなんだか、キャロキャロもドキドキしてきちゃった……!」


 物陰からそんな話をしながら、二人はレイの様子を見ていた。おそらくレイが女装していると知らなければ、儚げな美少女がそこにいると勘違いしてしまうほどだ。


 そうしてレイはその男の後についていく。彼はチラッと後ろを見ると、ハンドサインによって二人に伝える。


 作戦は、滞りなく進行していると。


「リディアちゃん」

「分かってる。すぐに行こう」

「うん」


 レイからの情報を受け取ると、早速特殊選抜部隊アストラルは動き始めるのだった。



「さぁ、なんでも食べるといい」

「本当にいいのですか? こんな綺麗なお召し物までいただいて……」


 屋敷にやってきたレイは、依然として麗しい姿のまま相手の男の相手をしていた。すぐに体の汚れなどを拭き取ってもらい、新しく黒を基調としたドレスを彼女(彼)は与えられた。


 そのドレスは男の趣味である。あしらわれているフリルは白く、黒とのコントラストがよく映えている。まるで人形のような姿になったレイにチラッと視線を向ける。


 それは明らかに色欲が混ざったものだった。


「もちろん。君のような子どものために、私のような人間がいるのだから」

「あ、ありがとうございます!」


 ギュッと両手を握りしめて、大袈裟に感激の声を上げる。


 そんな様子を見て、相手の男はニヤッと笑う顔をなんとか抑え込むが……レイはしっかりとそんな彼のことを見ていた。


「さて、茶菓子でも食べるといい」

「ありがとうございます。では、いただきます……え?」


 儚い声をもらす。


 レイは出されたクッキーにそのまま手を出した。しかしそれは、薬が入っているものであり彼女(彼)の意識は徐々に薄れていく。


「ふ。ふふふ。さぁ、おやすみ」


 最後にそんな声がレイの耳に届くのだった。


「う……ここは?」


 目を覚ますと天蓋付きのベッドにレイは寝ていた。そして彼の正面には、ニヤニヤと笑いながら男が覆いかぶさっていたのだ。


 両手と両足は完全に縛られてしまい、身動きを満足に取ることはできない。そして、相手は下賤な笑みを浮かべたままレイに問いかける。


「ふふ。安心しなさい。悪いことはしないから」

「い、いやぁ……!」


 嫌がる素振りを見せるが、それがさらに相手の嗜虐心を高める。ゾクゾクと背筋を駆け抜けていく高揚感。


「大丈夫。痛いのは始めだけさ。すぐに良くなるからねぇ……」


 乱暴に洋服を引き剥がしていく相手に、まるで恐怖しているような素振りを見せるがレイのそれは演技だった。


 瞬間。


 部屋の扉が乱暴に開かれた。いや、それは開かれたというよりも扉が吹っ飛んだと形容した方が正しいだろう。


「おっと。お楽しみのところ悪いが、終わりだよ。お前」


 室内に入ってきたのは、金色の髪を靡かせたリディアだった。彼女はまるで相手を殺しそうな瞳で男の無様な姿を見下す。


「な、なぁ……!? どうしてだッ!? この屋敷には高位の魔術師を配置していたはずだッ!!」

「高位の魔術師? あぁ、確かに強かったな。でも私たちの前では雑魚でしかないが。お前、王国で派手に動きすぎたな。観念しろ」

「ま、まさか……っ!!?」


 相手の男はハメられたと理解した時には、すでに遅かった。


「ふぅ。これでお役御免ですね」


 レイはすでに相手の拘束を完全に解いていた。手首を軽く動かすと、自分の体の状態を確認する。完全に薬にやられていたわけではないが、影響は受けてしまっているからだ。


「あ、あぁ……っ! こ、このガキもお前たちが用意したのかっ!?」

「当たり前だろう。どこの世界にそんな美少女が物乞いをしているんだ。ま、そいつは男だがな」

「あ……はぁ? 男? そんなわけが……」


 と、くるっと翻ってレイのことを見つめる。いや間違いなくそれは少女だった。それも、極上に美しい。


 しかしレイは、残酷な真実を突きつけるのだった。


「自分は男ですよ」

「はああああああああああああああああああッ!!?」


 男はハメられてしまったことよりも、その事実に対して一番の驚愕を見せた。


 しかしその鋭い雰囲気に、精悍な顔つきは男性と言われてしまえば確かに納得できるような……いや、できないのかもしれない……。



「ばかな!? そんな嘘をついてどうするッ!? 私を狼狽させる作戦なのか!!?」

「だから嘘じゃねぇんだよ。ま、とりあえずお前は終わりだ」

「う……ぐ……あ……ぁ……」


 魔術によって相手の意識を完全に断つ。すでにこの屋敷は特殊選抜部隊アストラルのメンバーが完全に包囲しており、リディアがこの場にやってきたということは全てが終わっていることを示していた。


「レイよくやったな」

「いえ。今回、自分は何もしておりませんので」

「謙遜するな。お前のおかげで相手の注意を引くことができた」

「は。恐縮です」


 いつものように振る舞うレイを見て、リディアは思う。本当にこいつはどこに向かっているのかと。


 キリッとした顔つきではあるが、女装したままのレイは完全に深窓の令嬢にしか見えないからだ。


「さて、と。戻るか」

「は。後処理はお任せください」

「あぁ。頼んだ」


 そうしてレイの初めての女装任務は無事に成功することになった。ただし、レイの女装任務は……まだまだ始まりであることを、彼はまだ知らない。

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