第202話 その覚悟
ついに
予選を勝ち抜いたのは、全十四チーム。その中で、総ポイント獲得数の多い二チームはシード権を獲得することになる。そのため、その二チームは必然的に別の山となる。
今回は、チーム:フォルストが予選での総ポイント獲得数のトップ。続いて僅差で、チーム:オルグレンが次点となる。
そのため、図らずとも優勝候補と言われているチームがぶつかるとすれば、それは決勝戦になる。
現状では、チーム:フォルストが優勢との声が大きい。しかしそれは、レイが
もっとも、アメリアとアリアーヌが三大貴族ということもあり、応援はそれなりにあるのだが。
「順当に上がって来たか……」
アルバートは、自室でくつろいでいた。
今日はせっかくの休日。ということで今後の大会のためにも、今日はゆっくりと休むことにしている。本当はトレーニングを少しでもしたかったのだが、ルーカスにきつく言われているため本日は何もしないことにしたのだ。
休むこともトレーニングの一環だと言われ、こうして自室で資料を眺めている。
本戦のトーナメント表はすでに出ている。
そして、彼がただ見つめるは……チーム:オルグレンの名前。
レイには決闘で、アメリアには
この学院に入るまでは自分の才能に見切りはつけていた。三大貴族の血に敵うことは決してないのだと。そう思っていたからだ。
だが、レイと出会うことでアルバートは変わりつつあった。
自己を省みて、魔術師として成長するためには何をすればいいのか。まだ彼は、変わろうと思ってからそれほど時間は経っていない。
すぐに結果が出るとは思っていない。
しかし、この大会でその三人に以前のように敗北を喫することは、もうしたくはないと……そう思うほどには、彼は成長していた。
確かに、才能は足りないのかもしれない。
その中でも努力によってアルバートはまた別の道を模索していた。あの頂にたどり着くためには、努力は欠かせないのだから。
才能に見切りはつけていても、努力にも見切りをつけているわけではない。必ず報われるとは限らないが、自分自身にできることはそれしかないことをアルバートはよく理解していた。
「ふぅ……」
グッと背もたれに体を預けて、アルバートは窓越しに外の風景を見つめる。
本格的に冬が到来し、そろそろ雪が降ってもおかしくはない季節になって来た。今日は少しだけ曇っており、微かにしんしんと雨が降っていた。
といっても、これからの日程では天気は晴れとなるらしい。
つまりは天候的なハンデは存在しないことになる。
万全な状態で本戦に挑めるということだ。
そして、一人で読書でもしようかと思っていると彼の部屋にノックの音が響く。
「入って構わない」
「失礼します」
上流貴族ということで、アリウム家は在中のメイドを複数雇っている。その中で、メイド長と呼ばれる年配の女性がやってくる。
彼女が来ることは滅多にない。ただの呼び出しであれば、他のメイドを使うだろう。つまり今回は、何か特別な用事で呼び出しがあるのだとアルバートはすぐに察した。
「当主様がお呼びになっております。書斎へいらして欲しいとのことです」
「父上が、自分を?」
「はい」
「分かった……」
釈然としなかった。
アルバート家の当主は父親であるが、実質的には彼の母が支配していると言っても過言ではない。
母の方は、血統主義であり教育の際にもその血がどれほど高潔なのか、ということを言い聞かせられていた。
一方の当主である父親はアルバートには無関心に等しかった。
そのため、彼は実の父親には苦手意識を抱いていた。
別段、仲が良いわけでも、悪いわけでもない。
だが、アルバートの印象を語るとすれば、血の繋がった他人。そう形容してしまうほどには、親子間の関係性は離れきっていた。
そんな父親が、自分を呼び出すとは……一体なんの用事だろうか。
そして、アルバートは書斎の扉を丁寧にノックする。
「アルバートです」
「入れ」
「……失礼します」
室内に入る。彼の目の前には、父親が座っていた。メガネをかけて、灰色になった髪を掻き上げている。今日はいつものように書類作業をしていたようで、机の上には紙が積み上げられていた。
歩みを進めて、父親の前に立つ。
久しぶりに顔を合わせたが、やはりアルバートは父親のことがよく分からない……そう思った。
「
「はい。無事に予選を通過しました」
「そうか。チームメイトは、同級生にあのルーカス=フォルストらしいな」
「二人とも、素晴らしい魔術師です」
「私も中継を見たが、確かにそうだな」
唖然とする。
自分には全く興味のない父親が、こうして自分の試合をわざわざ観戦しているなどとは夢にも思っていなかったからだ。
そもそも、
それは、
母親はその才能を示すべきだと豪語しており、
あの三大貴族のアリアーヌ=オルグレンにあそこまで迫るとは、本当に才能のある息子だと。嬉しそうに語っていた。
そう。母親でさえ、三大貴族の前には敵わないと思っているのだ。アルバートはその言葉を受け取った時、その胸中は複雑な気持ちで支配された。
一方で父親からは、特に言葉はもらっていない。
だというのに、どのような心境の変化なのだろうか。
「学院に入ってから、雰囲気が変わったな。アルバート」
「そう……でしょうか」
「あぁ。間違いない。自分でも、心当たりがあるだろう?」
「それは──」
じっとアルバートの目を射抜く。そこで言い訳をする理由など、彼にはなかった。ただ素直に、話すことにした。
「……大切な友人ができたからだと思います」
「ほぅ……お前は、周囲の人間は貴族で固めていたようだが? その言い分だと、貴族ではないと?」
「はい。その通りです」
どうやらアルバートが思っているよりも、父親は無関心ではないのかもしれない。彼の心には、そんな考えが浮かび始めていた。
「レイ=ホワイト。決闘で
それは、核心をつく言葉だった。あの時のことは、公にはされていない。だがおそらく、何かの手段を使ってその情報を入手したのだろう。
つまりは、レイに敗北した自分に説教でもしたいのか。
と、詰問されるのを覚悟していると思いがけない言葉が耳に入る。
「……そうです。レイと出会って、決闘に敗北し、自分は変わりました……」
「そうか。それは──」
しばらく間を置いて、さらに言葉を続ける。
「とてもいいことだな」
「……え?」
予想外の言葉に、唖然とする。
そして、彼の父はどこか遠くを見据えるようにして語る。
「血統主義にはもともと私は、昔から懸念を抱いていた。それは今回の
「……そうなのですか?」
「あぁ。三大貴族、それに上流貴族、さらには七大魔術師の意見が合わさって今回の大会は実現した。目指すべきは変革であり、この旧態依然とした魔術師の世界を変えるために」
「そんなことが……」
初めて知る事実。それに、自分の父親が保守的な人間ではないことに何よりも驚いた。母親の教育に口を出さないものだから、父も同じと思っていたのだ。
「父上は、血統主義ではないのですか?」
「……才能は確かにあるだろう。それは、三大貴族、上流貴族、そのほかの貴族を見れば、一目瞭然。だが、魔術師とはそれだけではない。構成する要素は多岐に渡る。だが私も迷っていた。この世界でその考えを推進してもいいのか。その中で、上から提案があってな。それに乗ることにした」
「なるほど……そのような背景が」
すると、父は顔を少しだけ綻ばせる。それは今までに見たことのない、表情だった。
「足掻いていたのは、もともと知っていた。才能に悩んでいたことも。しかし、お前は彼に出会ったことで変わったようだな」
「はい。レイのおかげで、前に進みつつあります」
「そうか。ならばもっと精進するがいい。このアリウム家を任せることのできる、立派な魔術師になることを期待している」
「はいっ!」
今まではただ惰性で、この家を継ぐのだと思っていた。長男だから仕方がない、と。
しかし今は違う。
アルバートは改めて、魔術師として大成し、上流貴族に恥じることのない人間になると……そう、誓うのだった。
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