第200話 二人きりの時間
ついに俺たちの予選での試合が終わろうとしていた。今までの試合は全戦全勝。やはり、一番の障害はチーム:ハートネットだったようで、残りの試合はスムーズに進行することができた。
初戦のように見せつけるような試合をするのではなく、ただ手堅く勝ちにこだわる。最悪、一ポイント差でも勝利は勝利。
安全マージンを保ちながら、俺たちは予選の最終戦に臨んでいた。
「アリアーヌ! カバーするッ!!」
「分かりましたわっ!」
第五拠点での最後の攻防。ここで俺たちがポイントを取り切ってしまえば、この試合は終了する。
それを相手もわかっているようで、果敢に攻めてくる。いや、それはもはや捨て身にも等しい攻撃だった。
抑えることなく、残りのことも考えずに魔術を行使している。
俺たちのチームはすでに二位以上が確定。そのため、この試合を仮に落としてしまっても問題はない。一方で相手チームはここで負けてしまえば、予選敗退が確定。
後のことを考えるよりも、いま目の前の勝利の方が大事というのは当たり前だろう。
そしてその猛攻を、アリアーヌと共に前線で捌いていく。
相手は魔術主体のチーム。そのため、木々でうまく射線を切りながら、時間を稼ぐ。
アメリアは拠点から魔術でサポートをしてくれているが、それでも俺たち二人で目の前の三人を相手にすることに変わりはない。
「……本当に成長したな」
ボソリとだが、試合の最中にそんなことを言ってしまう。
俺は後ろからアリアーヌのサポートをしている。今回の試合は、アリアーヌを主軸にして戦うと元から決めてあったのだ。
それは経験を積ませるためという側面もあるが、一方で俺の戦力を隠すという意味合いもある。
良くも悪くも、どうやら俺たちのチームはマークされているらしい。
本戦通過が確定したので当たり前なのだが、その中でも優勝候補と言われるくらいにはチーム:オルグレンはその頭角を表している。
チーム:フォルストとチーム:オルグレン。
その二つのチームが優勝候補だろうと、囁かれているのは耳に入っていた
そうしてしばらく時間が経過し、森の中に大きなサイレンの音が響き渡る。
「勝者は、チーム:オルグレン」
そのアナウンスを聞いて、パァッと顔を綻ばせたアリアーヌが俺のもとに走ってくると、そのまま思い切り抱きついてきた。
それをしっかりと受け止めると、彼女は嬉しそうに声を上げる。
「やった! やりましたわっ! 勝ちましたわっ!」
「あぁ。そうだな」
「しかも、全勝ですわっ! わたくしたちは、すごいですわっ!」
「俺たちのチームワークはかなりの高水準に達している。当然だな」
「レイ! 本当にやりましたわねっ!」
と、二人で試合の結果を喜んでいると後ろからアメリアがやってくる。
「……アリアーヌ。嬉しいのはわかるけど、レイに抱きつきすぎじゃない?」
凛とした声が、俺たちの耳に入る。すると、アリアーヌは顔を真っ赤に染めて、すぐにバッと俺から離れる。
「あ……っ! も、申し訳ないですわ。つい、感極まってしまって……」
「……ふ〜ん。ま、気持ちは分からないでもないけど」
そうして俺たちはアメリアとも拳をコツンと合わせる。
「やったわね。レイ」
「目標通り、全戦全勝だな」
「えぇ。始まる前は不安もあったけど、こうして無事に達成することができたわね」
「あぁ。それにしても、アメリアは魔術の精度がかなり向上したな」
「そう?」
「間違いない」
「えへへ。そう言ってもらえて、ちょっと嬉しい……」
嬉しそうにはにかむアメリアだが、決してそれはお世辞などではない。
おそらくは、
先天的に持っている莫大な魔術領域。そして、後天的に獲得した精密なコード構築の技術。
今までは、その魔術領域をフルに活用できていなかったのだろう。
しかし今は、それの性能をしっかりと発揮して魔術を行使している。
アメリア本人はピンときていないようだが、その成長は目覚ましいものがある。
「アリアーヌも、連携がよくなって来たな。俺との相性もバッチリだ」
「相性がバッチリっ!!?」
「? 今までの試合を通じて、俺はそう思ったが」
「あ……試合のことですのね。それはもちろんですわっ!」
その大きな胸を張って、アリアーヌは高らかに声を上げる。
アリアーヌもまた、試合を通じて成長を果たしていた。何よりも状況を俯瞰的に観ることができるようになっている。
俺とアメリアの位置を俯瞰的に把握して、自分はどのように立ち回るべきなのか。それに、基本的な魔術の技能も向上している。
前線で俺と戦い続けた経験が活きてきているようで、本当によかった。
「ついに本戦だな」
「そうですわね」
「本戦か……攻城戦だよね。それに、休憩できる時間も少ないみたいだし厳しい戦いになりそうね」
「そうだ。二日ほど休暇を挟むが、そこから先はノンストップで一気に決勝戦まで試合がある。ここでしっかりと休息をとっておこう」
「分かりましたわっ!」
「そうね」
こうして俺たちの予選は、無事に全戦全勝という形で幕を閉じるのだった。
◇
「な、なんだか緊張しますわね……」
「? 何かあるのか?」
「い、いえっ! 別になんでもないですわっ!」
現在は、中央区のレストランに二人でやって来ている。本当はアメリアも含めて三人で食事でも取りながら、次の試合についてミーティングをしようと思っていたのだが、急な用事が入ったらしい。
三大貴族の令嬢ということで、アメリアもなかなかに大変らしい。
一方でアリアーヌは特に用事はないということで、仕方なく二人でくることにしたのだ。
そして、今は二人でステーキに舌鼓を打ちながら、今までの試合を振り返っている。
「それにしても、全てレイの予想通りでしたわね」
「大まかな予測は、相手チームの総合力から判断できるからな」
「それも、昔からの経験ですの?」
「そうだな。軍人時代は主に前線で戦っていたが、キャロルやアビーさん。それに師匠に、前線で戦うからこそ最低限の知識は持っておけと言われていたからな」
「……何だか、レイの知識は最低限ではない気がしますけど。まぁ、今更ですわね」
アリアーヌははぁ、と軽くため息をつく。彼女のこの反応にも少し慣れてきた。
どうやら、俺が非常識な側面を持っているとかで、「わたくしがしっかりと教えて差し上げますわっ!」と豪語していたのだ。
思えば、アリアーヌはティアナ嬢の姉ということで面倒見がいい。
駄々をこねるアメリアを説得したり、このチームをまとめるために色々と尽力してくれている。「全く、レイはわたくしがいないとダメですわねっ!」とも言っていたのは記憶に新しい。
「本戦はどうなるのでしょうね」
「おそらくは、予選以上に厳しい戦いになるだろう。相手チームの強さも桁違いになるが、何よりも過密なスケジュールの中で行われる試合だ。それに攻城戦は、試合時間が長い。カフカの森での戦闘と異なり、古城の戦い方にも慣れていく必要があるだろう」
「レイは経験がありますの?」
「いや、城での戦いはないな。魔術でのゲリラ戦が多かったからな。しかし、やりようはあるさ」
ニヤリと笑う。それは色々と策略を脳内で巡らせて、自然と出たものだった。
それを見ると、アリアーヌは口元に手を持っていき軽く笑う。
「ふふ。何だか、レイのその笑い方は何度見ても面白いですわ」
「そうか?」
「えぇ。いつもは冷静沈着なのに、今はとってもおかしな顔をしてますわよ?」
「おかしな顔、か。言い得て妙かもしれないな」
「でも──」
しばらく間を置くと、彼女はじっと俺の双眸を見つめながらこのように言葉にした。
「笑っているレイは、とっても魅力的ですわ」
その声色は、今まで聞いてきたものとは少しだけ何かが違う気がした。アリアーヌの表情もまた、いつもとは違う。
しかしそれは、とても美しいと。
心からそう思った。
「そうか、恐縮だ。しかし、アリアーヌも魅力的な女性だ」
「もうっ! いつも同じようなことを言わないでくださいまし!」
と、抗議の声を上げるがそれはどこか嬉しそうだった。
そうして俺たちは、ささやかな時間を二人で過ごすのだった。
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