第195話 初戦開始


「それでは、両チームともに準備はいいな」


 試合開始五分前。


 ついにこの時がやってきた。


 向かい合う互いのチーム。


 視線が交わるが、ハートネット先輩は見下すようにして俺のことをじっと見つめる。彼女のその目は、負ける気など毛頭ないのだろう。


 しかし、それは当たり前のことだ。試合をする前から、負けることを想定する選手はいないだろう。


 俺たちだって同様だ。


 そう。この試合は伏線でもある。何も、ただ勝てば良いというものではない。この初戦に関しては、全てのチームが観戦するだろう。そして、チームのことを分析するに違いない。


「おーっほっほっほっ! 完封して差し上げますわっ!」


 ハートネット先輩は、高らかに笑う。二人のメイドもそれを肯定するように、紙吹雪を撒き散らしている。この様子は中継されており、目立つことを目的としているのだろうか。


 一方で俺たちは、淡々とその様子を見つめる。


 そして、互いにアイコンタクトを交わして頷く。もう言葉はいらない。後は戦いに集中するだけだ。


 今回の試合の審判であるアビーさんは、そうして互いのチームから了承を取ると、ついに試合開始を告げる。



「それでは大規模魔術戦マギクス・ウォー、予選第一試合──開始ッ!!」



 その声を認識したと同時に、一気に体内に内部インサイドコードを走らせる。


 次々と駆けていく六人の魔術師。


 その中でも、トップに躍り出るのは俺とハートネット先輩。後ろには、それぞれのチームメンバーが帯同している。


「ふふふっ! どうやら、内部インサイドコードの扱いは中々みたいねっ!」


 その言葉に答えることなく、俺は後ろの二人に告げる。


「アメリア。アリアーヌ。さらに上げる」

「了解よ」

「了解ですわ」


 加速。


 さらに森の中を駆け抜けていく。


 後ろからは、「なぁっ!?」という声が聞こえてきたが、もはや置き去りにしてしまったので、声は遠くなっていく。


 第一拠点は絶対に全て取り切ると決めているのだ。そのため、ほぼ全力で向かうその拠点へと疾走している。


 今回の試合に際して、相手チームのデータは全て揃っている。


 

 シャーロット=ハートネット

 ケイシー=シャーリエ

 キャシー=シャーリエ



 三人ともに魔術に特化した魔術師だ。


 しかし、いくら魔術が得意だろうとこの森の中を単純に駆け抜けることに関しては、俺たちの方が上だ。それに、先ほどの併走した時に理解できたが、どうやら森での戦闘は不慣れなようだ。


 十分な演習を積んでいないのは、間違いない。


 予選の拠点占有では、三つの拠点を全て占有できれば勝利を確定させることができる。


 互いの実力が拮抗している場合は、時間切れの後に、どちらの方が第一質料プリママテリアの保有量が多いかで決まる。


 俺たちは、今回は最後の第五拠点するまで試合を展開するつもりはない。


 つまりは、三十分以内で試合を決めるつもりだ。


「よし。着いたな。二人とも、配置に」

「えぇ」

「よし! やってやりますわっ!」


 そうしてアメリアが胸から下げている魔道具を保持したまま、拠点の中へと入る。すると、その透明な筒状になっている魔道具の中に、真っ赤な第一質料プリママテリアが蓄積されていく。


 第一拠点は俺たちが先にたどり着いた。


 ここから先は、防衛戦。


 俺とアリアーヌが前衛で、アメリアは後衛からのサポートになる。


「おーっほっほっほっ! どうやら、逃げ足だけは早いみたいねっ!!」


 視線が交差する。


 敵チームの三人が到着して、睨み合いとなるが……すぐに戦いが幕を開けた。


「ケイシー! キャシー! やるわよっ!」

「「はい。お嬢様」」


 すぐに魔術を発動しようとする三人。だが、そこには絶対的に魔術を構築する時間が存在する。それを逃す俺とアリアーヌでは無い。


 互いに言葉などいらなかった。

 

 すぐに森の中を疾走していくと、そのまま超近接距離クロスレンジへと持っていく。


 木々の間を縫うようにして、互いにカフカの森の中を駆け抜けていく。


 この拠点では、俺の相手はシャーリエ姉妹の二人。


 アリアーヌの相手はハートネット先輩。これは、試合の前から決めていたことだ。そして、アメリアのサポートのメインはアリアーヌの方に指定してもらっている。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング=減速ディセラレーション固定ロック


《エンボディメント=物質マテリアル



 脳内で一気にコードを走らせる。


 そして俺が発動する魔術は、氷壁アイスウォール


 分断するようにして、そびえ立つ氷の壁を生成。


 自分にかけていた、体内時間固定クロノスロックはすでにレベッカ先輩に譲渡している。そのため、今はまだ完全では無いが簡単な魔術はこうして使うことができる。


「魔術……?」

「しかも、高速魔術クイックでこの精度?」


 シャーリエ姉妹は、訝しそうに俺のことを見つめてくる。相手も情報を集めていたのだろうが、おそらく俺が満足に魔術を使えないという情報は掴んでいたはず。


 だというのに、高速魔術クイックでこの規模の氷壁アイスウォールを使用する。


 これは、他のチームへのアピールという側面もあった。


 レイ=ホワイトは魔術も使える。そのことを焼き付けておく必要があるからだ。


「さて。先輩方。ここから先は、自分と戦ってもらいます」


 久しぶりの感覚だ。こうして誰かと一緒に戦うというのは。


 極東戦役。


 あの頃をどうしても思い出してしまう。あれは、まさに地獄と形容すべき戦場だった。


 だが、今は違う。


 これは互いに切磋琢磨する試合であり、仲間と協力することで勝利を掴むことが目的だ。


「レイ=ホワイト」

「あなたの実力は」

「どうやら、私たちの」

「情報を上回っている」

「ようですね」


 シャーリエ姉妹は、指を絡ませるようにして互いの手を握りしめる。そうして、高速魔術クイックで発動するのは……暴風ストームだった。


 しかも、俺を囲むようにして発動している。


 おそらく動きを封じるつもりなのだろうが、まだ甘い。


 すぐにその場から飛び立つと、木から木へと跳躍していく。そうしてそのまま、木々の上を高速で疾走していくと二人の背後へと降り立つ。


「申し訳ありません。少し、覚悟してください」

「「え……?」」


 声が重なる。それと同時に、俺は二人の腕を掴むとのそのまま乱暴に投げ飛ばす。


 森の中を転がっていく先輩たちだが、どうやらしっかりと受け身を取ることはできているようだった。


 今回の試合は、今後のことも考えてあまり力は出したくはない。そのため、ある程度は加減しているが……どうやら、こちらを見る視線に明らかな敵意が込めらることに気がついた。


「これは」

「どうやら本気を出して」

「いくしか無いようですね」


 相手もまた、様子見。しかし、俺の今の行動を見てしっかりと敵と認識したのだろう。それで良い。フォーカスは常に俺に集中させてもらう。


 今回の試合は早期に勝利することも目的だが、試合という緊張感の中でアメリアとアリアーヌに慣れてもらいたいという側面もある。


 その後、二人から発動する目まぐるしい魔術の雨。


 それを掻い潜りながら、接近を図るが……流石にもう懐に入れてくれることはないようだった。


 しかし、消耗だけでいえば俺ではなく相手の方が大きいだろう。こちらといえば、ただ動き回っているだけ。


 一方で、シェーリエ姉妹は魔術を発動し続けている。


 そして手元の時計を見ると、すでに時間は四分半ほど経過している。


 後三十秒もすれば、移動開始だ。


 相手もまた、どうやら第一拠点は捨てたようで、すぐに移動を開始する。


 どうやら最低限、判断できるだけのリソースは残っているようだ。決して熱くなりすぎているわけではなく、冷静に戦局を眺めているみたいだ。


 俺たちは合流してから、すぐに次のポイントに向かう。


「二人とも。まだいけるか?」

「もちろん! 次のポイントも全部とるわっ!」

「わたくしもいけますわっ! このまま作戦通りにいきましょうっ!」


 気合十分。


 どうやら二人の連携で、ハートネット先輩を抑え込むことができたようだ。


 そうして俺たちは、次のポイントへと疾走していくのだった。


 勝利まで油断することはできない。


 しかし、俺は確かな手応えを感じ取っていた──。

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