第191話 大会前日
「よし! 本日で訓練は終了とするっ!」
「「レンジャーっ!!」
大会二日前。
ついに、訓練は終了することになった。
アメリアとアリアーヌともに、ボロボロの姿で綺麗に敬礼をする。
疲労はまだ残っているだろうに、元気そうな顔をしている。二ヶ月という短い期間ではあったが、二人とも本当によく頑張ったと思っている。
「二人とも。よく頑張ったな」
素直に褒め言葉を口にすると、アメリアはニコリと微笑む。
「
ギュッと思い切り抱きつくが、アリアーヌは少しだけ嫌そうな顔をする。
「ちょ! 今は汚れているので、抱きつかないでくださいまし!」
「えへへ……いいじゃ〜ん」
二人の距離感もグッと縮まったようだ。
特に始めからよそよそしいわけではなかったが、さらに仲良くなったというべきだろうか。
チームの連携も限りなく高まった。後は、二日後の大会に備えてしっかりと休息を取るべきだろう。
「アメリア。アリアーヌ。絶対に優勝しよう。きっと俺たちなら、勝てる」
「えぇ! そうねっ!」
「そうですわね。わたくしたちは、絶対に勝ちますわっ!」
三人で手を合わせる。
そうして、最後に誓いを立てるのだった。
「絶対優勝するぞっ!」
「「お────っ!!」」
アメリアの能力も、アリアーヌの能力も底上げすることができた。辛い日々であっただろうに、よく着いてきてくれたものだ。
だからこそ俺は、そんな二人の努力に報いるべきだろう。
ふと、自分の手をじっと見つめる。
今まではこの手は血で汚れているだけだと思っていた。
しかし、俺もまた……人に何かを与えることができるような存在になっているのかもしれない。
過去は決して消えはしない。
けれど、未来は自分の手で掴み取ることができる。そんな当たり前のことを、俺は改めて認識する。
「……」
空を見上げる。
もうすっかり冬になった。後二日もすれば、
自分がこのような催し物に参加するのは、やはり心が躍る。
友人と共に、何かを成し遂げる。
それは文化祭でも味わったものだが、やはり何度経験してもいいものだと思う。
瞬間。風が吹く。
冷たい、冬特有の風だ。しかし今は、それがどこか心地よかった。
きっと大会は熾烈を極めたものになるだろう。それは大会のメンバーを事前にリサーチした今だからこそ分かる。
自分たちの所属するAリーグもそうだが、その先の本戦でも多くのライバルたちが待っているに違いない。
そうか。やはり俺は、楽しんでいるのだ。今の状況を、限りなく楽しんでいる。
ならば、この大会を満足するものにしよう。
みんなのためにも、そして……自分のためにも──。
◇
もう日も完全に暮れており、女性が一人で歩いて帰るのは危ないということでアリアーヌを学院まで送っている。
アメリアの部屋でシャワーを浴びた後、こうして夜道を二人で進んでいる。
アメリアもついてくると言っていたのだが、気がつけばソファーで眠っていたらしい。アリアーヌはそっと彼女をベッドに寝かせると、静かに部屋を出てきたのだとか。
思えば、あれは訓練後に興奮しているだけでは実際はかなり疲れていたのだろう。
「アリアーヌ。調子はどうだ?」
街灯に照らされる俺たち。
その中で、彼女は淡々と自分の現状について語る。
「そう……ですわね。悪くはないと思っています。しかし、緊張しますわね」
「アリアーヌは緊張しないタイプと思っていたが、違うのか?」
「う〜ん。
そう。アリアーヌは、あの三日間の特訓の最終日に新しい
それを制御することも含めて、残りの時間は訓練に当てた。
しかし、完全に制御することはついに叶わなかった。
元より
むしろ、発動したが最後。その圧倒的な魔術に喰われてしまう魔術師だって存在する。
強大過ぎる力は、それ相応のリスクが伴うものだ。
何も魔術はただ巨大なものが使えればいいというわけではない。どんな魔術も、魔術師の力量によって左右されるものだからだ。
「思えば、アメリアはかなり制御できるようになっていましたわね」
「そうだな。発動したばかりの時と比較すれば、かなり違うな」
現存する魔術の中でも、トップクラスに強大な魔術だろう。あくまで俺の知る範囲だが……。
アメリアはリーゼさんに何を教えてもらったのか、詳しくは聞いていない。それは、アメリア本人もよく分かっていないようだったからだ。
しかし、
大会に際して、アメリアに関していえばあまり心配はしていない。
「わたくしは、また遅れていますのね……」
「アリアーヌ。それは違う」
立ち止まる。
街灯に照らされるその顔をじっと見つめる。
互いの視線が交差する。
「他者と比較しても、どうしようもないことだ。人には人のペースがある。俺は、アリアーヌは今のままの成長速度で十分だと思う。いや、正直予想以上のペースで成長している」
「本当ですの……?」
不安そうに、上目遣いでじっと俺のことを見上げてくる。
もちろんここで嘘は言わない。正直に思ったことを、彼女に伝える。
「嘘ではない。アリアーヌはしっかりと進んできている。それに、その
すると、彼女は胸の前でギュッと手を握りしめる。
その声は少しだけ震えていた。
「レイ。本当にあなたには、お世話になりましたわ」
「いや、こちらこそ色々と勉強になった。それに、人にものを教えるということは楽しいからな」
「そうですの?」
「あぁ。将来は、教師になりたいと思っているんだ」
「え……」
ポカンとした表情を浮かべるが、何か変なことでもいっただろうか。
しかし、この話をすると大抵は意外だと言われることが多い。きっと彼女も同様だろう。それに、自分の過去については話してきたが、将来のことを話すのは今まであまりなかった。
なぜだろうか。今はそのことを、自然ということができる気がするのは。
「意外だったか?」
「え……えぇ。レイからそんな話を聞くとは思ってなくて……でも、お似合いだと思いますわ」
「それは嬉しいな」
ニコリと笑みを浮かべる。
まだ自分の将来については、明確に考えているわけではない。教師になりたいと考えてはいるが、もしかすればまた軍に戻る可能性もある。
実はすでに声はかかっているのだ。
おそらくは、佐官にはすぐにたどり着くことのできる地位を。
師匠から来た話ではあるが、そこは自分で考えろと言われた。
──もうお前は、自分の意志で生きるべきだからな……と。
迷ってはいる。自分の能力を最大限に活かすならば、軍に戻ったほうがいいのは自明だろう。俺が手にしている強大な力は、国防には大いに役立つとはわかっている。
しかし、俺は教師として人を導きたいと思っているのも事実。
きっといつか、選択する
「ねぇ、レイ」
「どうした?」
「星が綺麗ですわね」
「あぁ……確かにそうだ」
二人で夜空を見上げる。
今日は雲ひとつない、綺麗な夜空が広がっていた。
星々が綺麗に瞬き、その光の元で俺たちは再び歩みを進める。
「では、ここでお別れですわ」
「あぁ。また明後日、大会当日に会おう」
「えぇ。そ、その……最後に、握手をしてもらってもいいですの?」
「? 構わないが」
その意図はよく分からないが、スッと手を差し出す。するとアリアーヌは両手で俺の右手を優しく包み込んできた。
小さいが、とても暖かい手だった。
「レイ。絶対に勝ちましょう」
「そうだな」
「それでは、おやすみなさい」
「おやすみ。アリアーヌ」
彼女はその場で丁寧に頭を下げると、寮へと向かっていく。
一方で俺は、アリアーヌの姿が見えなくなるまでじっとしていた。
そしてその姿が見えなくなると、星が瞬くこの空の下を再び歩いていくのだった。
今日はやけに、星が綺麗に見える。
いやきっとそれは、俺の在り方が変わったからそう見えるのだろう。あの頃は、空を見て余韻に浸る暇すらなかったのだから。
世界は変わる。
それは、自分の変化と共に。
あぁ。願わくば、どうか──このまま世界が美しいままであるように。
そう思いながら、俺は夜道を一人で進んでいく──。
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