第165話 宣戦布告
昼休みになったが、俺はいつものように学食に向かうことはなかった。
それはある誘いがあったからだ。
寮で目を覚まし、朝の準備をしているとエヴィに言われたのだ。昼休みに、屋上に来て欲しいと。
それはきっと、
俺は屋上へと続く階段を上がっていく。
そうして最上階にたどり着くと、ゆっくりとドアノブを回す。
ギィィイと音を立てて開く扉。それと同時に、外からは風が入ってくる。
その風を全身で浴びながら、前に進んでいくと……アルバートとエヴィがそこにはいた。
「レイ。来たか」
二人と対峙する。
別に敵対しているわけではない。
しかし、二人からは闘志のようなものを感じる。
「して、用件はなんだろうか」
まずは俺から話を進める。
その内容は分かり切ってはいるが、これは一種の通過儀礼のようなものだろう。敢えてそうすることで、スムーズに進行するようにするために。
「俺たちは、
アルバートの顔つきは、今までになく真剣味を帯びていた。
「そうか」
「メンバーは、俺とエヴィ……そして」
そこから先の言葉は、すでに情報として手に入れている。
特別驚くことはなかったが、こうして直接それを示してくる意味が分からないほど、俺は鈍感ではない。
「ルーカス=フォルスト先輩だ」
「……
「そうだ。初めは、レイを誘うという意見もあった。しかし──」
すると、エヴィが前に出てくる。
いつも陽気で、俺たちのムードメーカでもある彼だが、アルバートと同様に真剣な顔つきをしている。
「レイと戦ってみてぇ。俺たちは、そう思ったんだ」
「そうか」
「レイは確かに、この世界の魔術師の頂点だ。でもな、だからこそ……俺たちはその背中を追いかけていきたい。いつまでも、レイの後ろにいるわけにはいかねぇからな」
白い歯を輝かせながら、エヴィは笑う。
その笑顔は、真正面から俺とぶつかりたいという意志の現れなのだろう。
アルバートからはそんな意志を感じとっていたが、エヴィも同じように考えていたのは流石に分からなかった。
「俺はハンター志望だから、別に大会とかは出る気はなかった。でも、レイとアルバートに感化されてな。へへ……」
少しだけ恥ずかしそうに、鼻を擦るエヴィのその姿は新鮮なものだった。
「ということだ、レイ」
アルバートの雰囲気はあの時とは、もう違う。
思えば初めの頃は、彼は俺のことを目の敵にしていた。しかし、俺と決闘をして完敗。そこから、自己を見つめ直してアルバートはここまで来た。
人の成長速度は、当たり前だが人による。
だが重要なのは、受け入れること。
今の自分の立ち位置を知ること。
そうしなければ、人はまっすぐ進むことはできない。
その意味で、アルバートは俺との明確な隔たりを意識した上で、努力に努力を重ねて、俺ともう一度戦いたいと……そう、意志を示した。
その姿を見て、俺は過去の自分を思い出す。
ずっと俺は師匠のようになりたかった。あの背中を見て、ずっと育ってきたから。
しかし、気がつけばもう……俺は師匠の背中を追いかけてはいない。
師匠を追い越した、という意味ではない。
その背中を追いかける以外の意味を、俺は人生に見出しているからだ。
そしてきっと、アルバートとエヴィはそんな俺に感化されて成長し続けている。
それも、【絶刀の魔術師】とチームを組むというではないか。
そんな状況に俺は心が踊っていた。
だが今こうして、俺が
みんながいたから、俺もまた切磋琢磨したいと……そう思うようになっていた。
「レイ。次こそは、負けない」
「こちらも、負けるわけにはいかないな」
スッとアルバートが手を伸ばしてくる。
そして俺たちは、がっしりと握手を交わす。
厚い。分厚い手だ。
彼の努力の足跡が容易に見て取れるほどだ。
「レイ」
「……エヴィ」
巨体が迫る。
文化祭では、部長に惜敗してしまったエヴィ。だが彼は、トレーニングを今でも続けている。入学時よりも、少しだけ大きくなっている。
すでに完成に近い肉体だというのに、研鑽を怠ることはない。
純粋にその姿勢は、尊敬に値するものだ。
「俺はレイと出会っていなかったら、こんな風に努力はしていなかったと思うぜ」
「そんなことは、ないだろう」
「いやきっとそうだ。同室になったあの日、お前は真っ先に筋トレを始めたよな?」
「そうだな」
懐かしい記憶だ。
あの時は確か、いつものようにルーティーンをこなそうとしていたはずだ。
「そのとき思ったんだ。こいつは、すげぇ奴だって。まぁその鍛え抜かれた体を見ればわかるが、その行動に俺は感動してな。今までそんな奴は、見たことがなかった。そしてレイと筋トレして、学生生活を過ごしてきて、俺も思うのさ」
じっと視線を交差させ、彼の声には確かな熱が宿っていた。
「俺もレイと、戦ってみてぇと。レイはいろんな意味で、俺の目標だからな」
「そうか……ならば、真正面から受けてたとう」
「おう!」
エヴィとも、握手を交わす。
その圧倒的な手の大きさ。それをがっしりと握る。少し痛いぐらいに握手を交わすと、二人は颯爽とこの場から去っていく。
「レイ。俺たちと当たるまで、負けるなよ?」
「そうだぜ! その時は、笑ってやるからな!」
「ふ。それはこちらのセリフだ」
あぁ。
俺は本当に、恵まれている。
この学院でかけがえのない友人と出会うことができた。
だが、友人だからといって手加減はしない。
俺たちは友人であり、
◇
「──ということがあってな」
放課後。
訓練を開始する前に、入念に柔軟体操をしながら俺は昼の出来事を話した。
すると、アリアーヌはその目を爛々と輝かせる。
「……熱い」
「少し肌寒いくらいだが?」
「そうではありませんの! そのやりとりが、熱いと言っているんですの! まさに男同士の戦い!
いつものように大きな声で、高らかに宣言するアリアーヌ。一方でアメリアは、死にそうな顔をしていた。
まずは改めて体力づくりということで、二人には過酷なハードワークを課している。もちろん、二人の限界ギリギリを見極めてそうしている。
アメリアはいつも訓練の前と、終わったとは死にそうな顔をしているが……アリアーヌがいい感じに支えてくれている。
「アメリア! あなたもそう思いますわよねっ!」
「……まぁ思うけど。でも、また走り込みとなると……ちょっと憂鬱で」
「何を言いますの! 二人で乗り越えていきますわよ!」
「そ、そうね……」
そして俺は首から下げているホイッスルを、ピーッ! と鳴らしてから点呼に入る。
「点呼────ッ!」
「い────ちッ!」
「に────ッ! ですわッ!」
「よし全員揃ったな」
俺の前で待機している二人に向けて、今日の訓練の内容を説明する。
「今日はいつもと同じように、身体強化なしでカフカの森を走る。もちろん魔物と接敵した際は、戦う。いいな?」
「「レンジャーッ!!」」
「うむ。二人ともいい返事だ。ではいくぞッ!」
「「レンジャ────ッ!!」」
そうして俺たちは、いつものように訓練に励むのだった。
数時間後。
「はぁ……はぁ……はぁ……おえっ……死ぬ……マジで、ヤバイ……」
「う……ぐ……はぁ……はぁ……これは、本当にとてつもないですわね……はぁ……はぁ……」
「ふぅ……よし。二人ともよくついてきたな」
目の前には、大の字に転がっているアメリアと膝に手を当てて震えているアリアーヌがいた。
「いかに自分が魔術に頼り切りになっているか、わかるだろう?」
「そう、ですわね……はぁ……はぁ……わたくしも、ここまで追い込むとは……はぁ……はぁ……予想もしていなかったですわ……これが、エインズワース式ブートキャンプ……はぁ……はぁ……」
「しかし、アリアーヌは流石だな。これについてこれるとは」
「もちろんですわ! 乙女たるもの、これくらいは当然ですわっ!」
と、アリアーヌが声にすると寝転がっているアメリアは小さな声で「そんなわけ……ないでしょ……」と突っ込んでいた。
訓練後は、流石のアメリアも元気がないようだった。
と言っても、逃亡しないだけで彼女は本当に成長しているとは思っている。おそらくは、アリアーヌ負けたくない……という気持ちがあるのだろう。同じチームとは言え、二人は
「よし。では、次のメニューに移行するぞ!」
「レンジャー! ですわっ!」
「れ、れんじゃ〜」
「アメリア訓練兵! 声が小さいぞ!」
「うわあああああああん! やっぱりつらいよおおおおおおおおお!!」
いつものように駄々をこねるアメリアを叱りながら、俺たちはさらなるトレーニングを重ねていく。
全ては、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます