第124話 性別を超越せし者


「レイ。本当にいいの?」

「構わない。このために俺は、交渉をしたのだからな」

「それにしても……一日一時間だけか。惜しいわね、本当に」

「仕方がない。許可が下りただけでも、上出来だ」


 空き教室で最後の打ち合わせをする。


 アビーさんに許可をいただき、俺の女装は解禁されることになった。もともとそれは、アメリアに懇願されたからこそ許可を求めたのだ。


 それはちょうど今から数日前の話である。


「ねぇレイ。ちょっと相談があるんだけど」


 文化祭準備もほぼ終了し、寮の自室へと戻ろうとした時。アメリアが声をかけてきた。


「どうしたアメリア」

「その……単刀直入に言うけど、レイに女装してほしいのっ!」


 その話はいつかくると思っていた。しかし俺は、アビーさんにあの姿はあまりにも目立つために自制しろと言われていた。


 それは文化祭でも同様だ。


 だからこそ、半ば諦めていたのだが……アメリアは真剣な目で見つめてくる。


「お願いっ! レイが出てくれれば、きっともっといいメイド喫茶になると思うのっ!」


 頭を下げるアメリア。


 彼女は可愛いものが好きであり、メイド喫茶もその延長みたいだ。それでも、全員が楽しめるようにとずっと頑張ってきたのは知っている。


 アメリア自身も言っていた。


 今までは心から楽しむことはできなかったけれど、今年こそは楽しんでみたい。みんなと一緒に……と。


 その願いを叶えてあげたい。


 頭を下げるアメリアを見て、思った。彼女のひたむきな姿勢に俺もまた、諦めるのではなく真正面から向き合うべきではないかと。


「アメリア。頭を上げてほしい」


 頭をあげて、俺のことを潤む瞳で見上げる。揺れているのがわかる。きっと不安に違いない。


 断られるかもしれないのは、彼女も分かっている。


 だが俺は改めて、アメリアに報いたいと思い始めていた。


「アメリア。女装の件は以前も言ったように、学院長に自粛するように言われている」

「そっか……そうだよね」

「しかし──」


 落ち込んだように頭を下げていたアメリアが、バッと顔を上げる。


「何もせずに諦めるのは、俺も嫌だと……そう思う」

「じゃあ……」

「あぁ。学院長に直談判してこよう」

「いいのっ!?」

「文化祭、成功させたいんだろう?」

「う、うんっ!」

「ならば俺も、最大限の努力をしよう。少しでも譲歩できないか、話をしてみる」

「お、お願いねレイっ!」

「任せておけ」


 実は俺は最後まで迷っていた。自分の言葉に嘘はつきたくないが、それでもあの雨の日まで延ばしてしまったのが葛藤の現れだ。


 最終的に、自分の意志で動いた。もう誰かの命令を待つ必要はないのだから。


 そんなやりとりをして、俺はアビーさんからわずかな時間だが許可をもらった。


 そして今日。文化祭前日である今は、俺の姿をクラスメイトに確認してもらうことになった。当日にいきなり出て行っても、驚かせてしまうからな。


「よしっ☆ キャロキャロ、頑張っちゃうよぉ!」


 メイクをしてくれるのはキャロルだった。俺は自分で出来るから結構だと言ったのだが、どうしてもやらせて欲しいということでキャロルに任せている。


 もちろん、今回は交換条件で……ということはない。


 俺からは懇願していないからな。もうあの日の過ちを繰り返すことは、決してしてはならない。


「今回はアメリアちゃんの言う通り、清楚路線でいっちゃうねぇ〜☆」

「そこは任せる」

「うわ……先生、上手ですね」

「ふふ……キャロキャロの技術は伊達じゃないからね〜☆」


 得意げな顔をしながら、キャロルは化粧を続けていく。


 彼女が言ったように、今回は清楚路線でいくようだ。それはアメリアとキャロルが相談した上で決定したらしい。


 また、キャロルもかなり乗り気なようで、いつも以上にはしゃいでいる。


 いや、乗り気なのはいつもどおりか。


 しかし、当日はメイド服を着る生徒のメイクはキャロルはしてはならない……とアビーさんに言われているので、今回だけはやらせて欲しいとキャロルに懇願されたのが真相だ。


 少しでも手伝いたいと、キャロルもそう思っているのだろうか。


 依然としてこのアホ女のことはよく分からないが、最近はそんなキャロルの良さも少しだけ分かってきた……気がする。


「うんっ! いい感じだね〜☆ ウィッグは黒髪ストレートにしてみたよっ!」

「なるほど。いいチョイスだ」


 そしてメイクが終了した俺は、ウィッグを被ってからメイド服に着替えた。


「わっ! ここで着替えるのっ!?」

「すまない。アメリアがいたな。少し後ろを向いていてくれ」

「え……先生はいいの?」

「キャロルは昔馴染みだから、別に気にしないというか」

「だってレイちゃんとキャロキャロは、一緒にお風呂に入った中だもんね〜☆」

「お風呂っ!?」


 その言葉にアメリアが大袈裟に反応するが、それは十年近く前の話だ。キャロルも余計なことを言わないでいいものを……。


「キャロルが言っているのは十年ほど前の話だ。真に受けないでほしい」

「でも、キャロキャロは今でもいいけどね〜。むしろ、今がいいのにっ☆」

「とりあえずお前は黙っていろ。アホピンク」



 一悶着ありながらも、俺は着替えを進める。


 ガーターベルトをつけると、そのまま黒のストッキングをそれで固定する。そこからエリサが主導して作ったメイド服を着用。サイズもぴったりで、いつの間に用意していたのかと思っていたほどだ。


 アメリア曰く、初めから用意するつもりだったらしい。何故か身長と肩や腰まわり、それに全体のサイズを聞かれたときはまさか……と思っていたが、やはりこういうことだったらしい。


 このメイド服のスカートは短く、少しスースーするが……こればかりは機能性よりもデザインを優先しているので仕方がないだろう。


 くるっと回って全体のバランスを姿見で確認する。


 フリルが多く、さらにはスカートも短いということで見る限りかなり挑戦的なデザインだ。しかし……悪くはない。


 最後に、頭飾りであるホワイトブリムを頭に乗せて完了。


 どこからどうみても、メイドにしか見えないだろう。変態メタモルフォーゼで全体のバランスも整えてある。完璧な仕上がりだ。当日はこれを再現するだけでいい。


 目安が分かっただけでも、今日試着した甲斐がある。


「……」

「……」


 そんな俺の様子を、アメリアとキャロルは呆然と見ていた。アメリアにいたっては、僅かに口が開いていた。


「二人とも、どうかしたのか?」


 そう話しかけると、キャロルはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねて、アメリアは虚ろな目で俺を射抜く。


「レイちゃ〜んっ! すごいよこれはっ! 新境地だよぉ☆」

「……」


 キャロルはキャピキャピと騒ぎながら、俺に抱きつこうとしてくるがもちろん拒む。頭をがっしりと掴み込んで、それ以上近づかないようにする。


 戒めとして、指に力を込めるが……全く効いていない様子。キャロルはさらに迫ってくる。昔から師匠と喧嘩をして、アビーさんにボコボコにされているのは伊達ではないらしい。


 一方で、アメリアは完全に硬直していた。


「アメリア。大丈夫か?」

「……いい」

「ん?」

「可愛いっ! やっぱり、私の目は間違いなかったっ! ぐ……ふへへ……レイってば、可愛いわねぇ……いや、リリィーちゃんね……ぐへへ……」

「ちょ!? ま、まじかっ!?」


 キャロルを抑えている俺は、アメリアへの対処が間に合わない。そして彼女は容赦無く、俺の体を弄ってくる。


 こ、この手つきは……犯罪的だろうっ!


 完全に我を失っているアメリアは、女装した俺に夢中だった。


 しかしキャロルも抑えないといけない俺は、アメリアの進行をどうすることもできなかった。


「あ! アメリアちゃんずる〜いっ!」

「はぁ……はぁ……やばい。レイが可愛い。可愛い……っ。新しい扉が、新世界がきたのよっ!!」

「う、うわあああああああああああっ!!」


 エリサとクラリスの気持ちが、痛いほどよく分かってしまった……。もうお嫁に行けない。ぐすん……。



 ◇



「なぁ。ホワイトの女装ってどうなんだ?」

「確か話題にはなってたよな」

「誰か知らないのか?」

「私はみたけど、確かに超可愛かったよっ!」



 教室内では俺の女装を心待ちにしているクラスメイトがいた。そして俺たち三人は、そのまま教室の中へと入っていく。


『え?』


 ほぼ全員の声が重なり合う。


 スタスタと迷いなく進んでいくと、黒板の前に立つ。そして全員に向かって感想を聞いてみることにした。


「レイ=ホワイトだ。感想はどうだろうか?」


 その瞬間、教室内に爆音が広がる。


『え、ええええええええええええええええええええええ!!?』


 なるほど。悪くはない気分だ。


 それほどまでに、この女装のクオリティが高いということだろう。


 大変に、気分がいい。


「ま、まじ!?」

「いやいや骨格が違うだろうっ!?」

「別人か!?」

「でも声が……っ!」

「あぁ……もう俺、別に男でもいいかもしれない……」

「待て! その先は地獄だぞっ!」

「いやしかし……あの魅力は性別を超えているだろう……っ!」


 男子たちの評価も上々。そして、女子たちは俺の周囲に集まってくる。


「うわ!」

「超可愛い!」

「声出して、声っ!」


 そう言われるので、リクエストに答えることにする。今回はいつものように、男の声を出す。


「これでいいだろうか」


 そして女子たちはさらに湧き上がる。互いに手を取り合って、その場で先ほどのキャロルのように、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「きゃー!」

「本当にホワイトじゃんっ!」

「可愛い! これは可愛い!」

「犯罪的じゃないっ! これは確かに時間制限を設けられるのも納得だわっ!」


 そして全員が盛り上がっている中、アメリアがこんなことを言ってくる。


「レイ。女性の声も出せるのよね? ついでにあれもやってみてよ」


 すでに俺を堪能したアメリアはどこか落ち着いていた。その肌は妙に艶々としていたが……。


 彼女の指示に従い、声を調整チューニング。整ったところで、ポーズ付きでこう告げた。


「いらっしゃいませ〜☆ ご主人様☆」


 キャロルに倣って、少しだけ派手な声を出してみた。すると、さらに教室内は湧き上がる。もはやお祭り状態だった。と言っても、実際に明日からその祭りが開催されるのだが。


「もう俺はいいや……」

「あぁ……間違いないぜ……」

「あれは女性だ。史上最高に可愛いな。うん。もう俺は、諦めた。可愛いなら、性別など些細なことだっ!!」

「ま、待てよ! さっきよりも増えてやがる!」

「きゃー!」

「もうずっとそれでいなよー!」

「可愛い! まじでイケてる!」

 

 その後も、教室内が収まることはなく俺の女装姿は全員の目に焼き付けられることになった。


 すでに内装も完了し、食料の準備、それにメイド服の試着も終了。


 最後はクラスで当日の流れを共有して、解散することになった。


 ついにやってくる文化祭。


 俺はこの心が昂るのを抑えることができなかった。


 こうして様々な思惑が交錯することになる、運命の文化祭が幕を上げる。



 ◇



「ククク……」


 夜の帳が下りた。


 そして一人の女子生徒が、暗い部屋の中でじっとノートを見つめている。


「これでエリサも……ククク……」


 不適な声を漏らす。そこにいるのは、彼女だ。


 ツインテールを愛し、ツインテールに愛された女。


 クラリス=クリーヴランド。


 机の上にはホットミルクとノートが置いてある。そして、ズズズとミルクを啜ると改めてクラリスは計画を確認する。


「……ふふっ」


 自分の計画の素晴らしさに、彼女は感嘆を覚えずにはいられない。クラリスは頭は良くないが、決して馬鹿ではない。それに今回は復讐なのだ。


 今までエリサのことは、一緒にアメリアの犠牲になることもあり、どこか親近感があった。


 言うならば、共に苦楽を乗り越える戦友とも


 それにエリサはとても優しい。聖母のような慈愛に満ちていると……あの時までは、そう思っていた。



「んにゃあああああああああっ! た、助けてみんな! 発作よっ! アメリアの例の発作が始まったわっ!」

『……』

「む、無視!? え、エリサ……! 隣にいるんだから、アメリアを止めてっ!」

「……」

「ぐへへ……クラリスは相変わらず良い体してるわねぇ……小さいのもまた、乙なものね……ぐへへ……」

「ぎゃああああああっ! お、お嫁にいけなくなるううううううううううううっ!!」


 必死に助けを求める。以前に一度だけ、レイとエヴィがクラリスを助けようとしてくれたが、アメリアの必死の抵抗により二人は諦めた。


 そしてエリサと誓ったのだ。二人で助け合っていこうと。エリサはそれに同意してくれた……はずだった。


 だと言うのに、エリサはクラリスのことを見捨てた。


 そのことがクラリスの心に復讐心を芽生えさせたのだ。


 もちろんエリサは後で、ひたすらクラリスに謝った。あの鬼気迫るアメリアをどうにかできるとは思えなかったからだ。


 しかしそれは、彼女には関係ない。表面上はニコニコと笑って許しつつも、内面では絶対に復讐してやる……と誓ったクラリス。



「このお化け屋敷で、エリサをたくさん怖がらせてやるわっ!」



 その復讐は、クラスの出し物でやるお化け屋敷でエリサを集中的に怖がらせるというものだった。そして入念に計画を立て、今に至る。


 だが実際のところ……復讐というよりは、みんなに楽しんで欲しいと。そう思っているクラリス。クラスが違うからこそ、みんなに楽しんでもらいたい。そして自分は、メイド喫茶を楽しもうと。寂しい気持ちはあるが、それは仕方がない。


 だから、そうしようと実際は思っているが……素直になれないのは、生まれつきなのか……。


「……ククク。アハハハハハッ!」


 その後、あまりにうるさいため、隣から壁をドンッと叩かれてしまいシュンとなるクラリス。高ぶるツインテールは、一気に枝垂柳のように垂れてしまう。


「よし。もう、寝よ」


 午後十時。いつもの寝る時間になったので、クラリスは就寝する。


 文化祭を楽しみに待ちながら──。



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