第116話 アリアーヌの冒険
本日の授業が終了となった。
放課後。
アリアーヌは意気揚々とディオム魔術学院の門から出ていき、たった一人でアーノルド魔術学院に向かっていた。
思えば、レイが女装してやってきたのはつい最近のことのように思える。今回のアリアーヌはもちろん、真正面から入る気でいる。もともと学外の生徒が入っては行けないと言う理由もない。
部活動で交流があったり、または交際をしているものが密かに逢瀬を重ねたりなど、別の学院の生徒がやって来るのは不思議ではない。
と言っても、文化祭の準備期間にやって来るのは些か不思議なタイミングではあるが。
「ふんふんふ〜ん」
アリアーヌは弾むように歩みを進める。
レイを誘いに行くついでに、アメリアたちがどんな出し物をするか興味があったのだ。それに他の学院に行くのはこれが初めてと言うことで、彼女は非常に楽しみにしていた。
「さて。着きましたわね」
そしてしばらくして、アリアーヌはアーノルド魔術学院の正門の前にたどり着いた。受付で学内に入る手続きをしてから、胸を張ってそのまま敷地内に入っていく。
まるでここにずっと通っているかのように、彼女の足取りに迷いはなかった。
するとアリアーヌは、自分の目に映ったものに驚愕する。
「え……? あれは?」
よく見ると、校舎の前で作業をしている男子生徒たちがたくさんいた。それは別に珍しい光景ではない。
では何に驚愕したのか。
それは立てかけてある大きな看板だ。乾かしているのだろうが、そこに描かれているのは「ようこそ、メイド喫茶へ!」とデカデカと書かれた看板。さらには、メイド服を着た女性の姿も描かれていた。
しかしそれは間違いなく、アメリアそのものだった。
一体、アメリアたちは文化祭で何をやらかそうと言うのか。
そう思っていると、アリアーヌはちょうど視界にレイの姿を捉えた。すぐに彼のもとに近づくと、早速話しかける。
「レイ! これはなんですの!」
「ん? アリアーヌか。どうしてここに?」
「……偵察ですわっ!」
他にも生徒がいるので、ここはそう言っておくアリアーヌ。するとレイはフッと軽く微笑む。
「なるほど。以前の俺と同じか。しかし、流石だなアリアーヌ。真正面から堂々と来るとはな」
「ふふ。オルグレン家の長女はいつでも真っ向勝負ですのよ!」
と、話が少し逸れたところでアリアーヌは改めて追及する。
「それで、この看板はなんですの!?」
「メイド喫茶の看板だ。昨日一枚仕上げて、今日ももう少し増やす予定だ」
「アメリアの言った通りやるんですのね……それにしても、些か規模がすごいような気もしますけど」
「アメリア主導のもと、俺たちは動いている。これももともとはアメリアの案だしな」
「そうですの。アメリアが……」
そう言われて、アリアーヌは胸が暖かくなるのを感じた。
ずっと一人で孤独に過ごしていたアメリアがこの文化祭を心から楽しんでいるのは理解できた。でもそれはきっと、彼が一緒にいるからだろうと彼女は思った。
「レイ。あなたは不思議な人ですわね」
「? 何のことだ?」
「いえ。こちらの話です。それで、アメリアは?」
「教室にいると思うぞ」
「分かりましたわ」
ここでは人目に付くので、とりあえずはレイと別れることにしたアリアーヌ。そして彼女は去り際に、レイの耳元で囁いた。
「後でお話がありますの。二人っきりで」
「……なるほど。では、後で裏門の前に来てくれ」
「分かりましたわ」
レイも察しがいいのか、すぐに場所を指定してくれた。そしてアリアーヌはアメリアの元に向かうのだった。
「うわぁ……すごいですわねぇ……」
校舎内を進んでいくアリアーヌ。基本的な構造はどこの魔術学院も同じなため、迷うことはない。そんな中、彼女はクラスで準備している装飾などを見つめる。
それぞれのクラスが協力して、準備をしている姿はどこの学院も同じだ。でもやはり、それぞれの学院ごとに特色があるのか、アーノルド魔術学院はどこか派手な印象があった。
たどり着いた教室。
そこでアリアーヌは扉をノックをした後、思い切り教室の扉を開けた。
「アメリアっ! わたくしが来ましたわよっ!」
バンッ、と高らかにその大きな胸を張りながらそう宣言するアリアーヌ。その声はどこか嬉しそうなものだった。
「え? アリアーヌ?」
ポカンとした表情でそこにいるアメリア。だがその服装は制服ではなかった。
紛れもなく、メイド服を着ていた。それに、それは普通のものではなかった。スカートはやけに短い上に、フリルなどの装飾も多い。明らかにそれは、主人の元に寄り添うメイドではなく、大胆に前に出ていくメイドの姿であった。
「……アメリア。それは?」
「メイド服よっ! 超可愛くないっ!?」
「えぇ……まぁ、可愛らしいですけど」
「でしょっ! えへへ」
パタパタと走ってきて、アリアーヌの前でクルクルと回るアメリア。その際にスカートがふわりと浮いて、下着が少しだけ見えてしまう。
「ちょっと! 見えてますわよっ!」
「ありゃ。流石に短いと、危ないね」
「はぁ……全く。また凄いものを作ったものですわね」
「ふふん! クラスのみんなで頑張ったんだからっ!」
アメリアがメイド服姿でそう言うと、どこかおかしな気もするがアリアーヌは優しく微笑みかける。
「そうですの。楽しそうですわね、アメリア」
「うんっ!」
あの
と言っても、レイを誘う約束は忘れていないが。
と、そんな風に満足感に浸っているとアメリアの口からとんでも無いことが提案される。
「そうだ! アリアーヌも試しに着ていきなよっ! 試着、試着っ!」
「……え?」
瞬間、アリアーヌの周りにはクラスの女子たちが現れる。
「うわ〜。可愛い」
「三大貴族のオルグレンさんよねっ! やっぱり胸大っきい〜」
「それに見て、この腰っ!」
「くびれすごい〜っ!」
「脚もすごいっ! あぁ……三大貴族ってどうしてこんなにも綺麗なの〜?」
アリアーヌの体をペタペタと触りながら、感想を述べる女子たち。普通ならば、三大貴族の長女にこんなことはしない。
しかし、アメリアが暴走した一件を経て三大貴族に対するイメージが変わったのか、それともアメリアと同様に可愛いものに対して目覚めたのかは定かでは無いが、とりあえずアリアーヌは完全に逃げることはできなかった。
そしてふと視界に入るのは、机に突っ伏している一人の女子生徒。メイド服をきたまま、まるで意気消沈しているかのように沈んでいる様子。
それはエリサなのだが、実は先ほどアメリアたちに色々と弄り回されてダウンしていた。因果応報とでも言うべきか。最近はクラリスを犠牲にし過ぎたので、エリサはそれ相応の報いを受けることになった。
と言っても、クラリス本人の復讐は文化祭で行われる予定なのでエリサの苦難はまだまだ続くのだが……。
「さぁ、アリアーヌ。おめかし、し〜ましょ?」
「い、いやああああああああああああああああああああっ!!」
アリアーヌのメイド服姿は、それはもう魅力的過ぎたと後にアメリアは語る──。
◇
「アリアーヌ。来たか」
「えぇ……」
「どうした? 元気がなさそうだが」
「なんでも無いんですのよ……」
「そうか?」
「……えぇ。それにしても、アメリア。変わりましたわね」
「あぁなるほど。もしかして、メイド服でも着せられたか?」
「はい……」
「文化祭期間中のアメリアはどこか暴走気味だからな。事前に言っておけばよかったな」
「いえ。いいんですのよ。アメリアも楽しそうでしたし」
「そうか。でも気になっていたんだろ? アメリアのこと。わざわざ会いにきてくれて感謝する。きっと彼女も喜んでいただろう」
「まぁそうですわね。ちょっと暴走してましたけど……」
レイと話しているとなんだかとても落ち着く気がした。と言ってもそれは、先ほどのアメリアが本当に凄かったと言うか、形容し難い状態だったせいなのだが。
「それで、話があるんだろう?」
「はい。時期はいつでもいいですが、うちに来ませんか? お父様が会いたがっているそうです」
「……オルグレン家の当主が?」
「はい」
「何が目的なんだ?」
「レイの筋肉が気になるらしいですわ」
「筋肉?」
「えぇ」
「……なるほど」
ある意味二人とも天然なために、ここで腹の読み合いなどは発生しなかった。レイも三大貴族に対して以前よりも気にかけているが、それよりも彼はオルグレン家そのものよりも、アリアーヌ=オルグレンという人物を信頼していた。
また、アリアーヌも父の言葉を鵜呑みにしているし、レイのことは信頼している。まだ付き合いは短いが、どこまで愚直で真っ直ぐなレイの言動に好感を抱いているのは間違いない。
というよりも実際のところ。
レイ=ホワイトという人間と、オルグレン家の人間は愚直で真っ直ぐという性質において気が合うのは間違いなかった。
「分かった。今は文化祭などもあって忙しいが、近い内にお邪魔させてもらおう。その時はまた、アリアーヌに連絡しよう」
「ありがとうございます。お話を受けてくれて」
「友人の頼みを無碍に断りはしないさ」
「ふふっ……本当にあなたは不思議な人ですわね」
そして二人は別れて、アリアーヌは学生寮へと戻っていった。
とても満足そうに、ニコニコと笑いながらアリアーヌは少しだけスキップを織り混ぜながら帰路へと着く。
レイとの出会いをきっかけに彼女の学生生活もまた、きっと華やかなものになるのは間違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます