第109話 彼女との遭遇
師匠の家から寮に戻る途中。
すでに門限は過ぎているので、折檻を受ける覚悟はしている。そのため俺は特に急ぐことはなく、今までの情報を整理するためにゆっくりと歩きながら寮へと向かっていた。
西区を抜けて、現在いるのは中央区。もう少し歩けば北区へ通じる坂が見えてくる頃だ。それを登り切れば、アーノルド魔術学院にたどり着く。
時間は九時を回っており、暗闇が支配する時間帯だ。わずかに街灯は灯っているものの、やはり薄暗い雰囲気はどこか不気味さを感じる。
そんな中、一人の少女が前を進んでいるのが視界に入る。
セミロングの綺麗な銀色の髪を微かに靡かせながら、どこか跳ねるようにして上機嫌に歩みを進めている。
見覚えがある……というか、あの人にしか思えない。
しかしアーノルド魔術学院の制服を着ているし、そんなことはないだろう。
他人の空似。
ただ俺が勝手にそう思っているだけ。きっとそうに違いないと思っていると、目の前の女子生徒が俺の足音に気がついたのか、チラッと後ろを見てくる。
視線が交差する。
そしてそれは、まさかの予想していた人だった。
「え! レイじゃないか! どうしてここに!? もしかしてボクのこと追いかけてっ!? これって……運命?」
「え……は……?」
それは間違いなく、オリヴィア王女その人だった。
ニコニコと笑いながら俺の元に近寄ってくると、いつものように思い切り抱きついてくる。顔を俺の胸に
「ど、どうしてこんな時間にこのような場所に?」
「だって明日は休日でしょ!」
「はぁ……そうですが?」
「だから手紙を書くんじゃなくて、ボクが遊びに行けばいいかなって!」
「……」
まじか……まじなのか。
というよりも仮にもこの人は王女なのだ。こんな無用心に外に出ていい人ではない。護衛の人はいないのか、と周りを軽く見渡すと確かに何人かの護衛の人がいた。
「お一人できたのですか?」
「そうだよっ! ふっふっふっ。何とかあの護衛たちを
「……」
いや、完全に撒けてはいないが。というよりも、思い切りその後に着いて来ているが。
そう言ってもよかったが、どうやら視線を軽く合わせると頭を下げる護衛の一人の女性。
どうやら今回は王女の好きにさせてあげている……ということだろうか。
俺はとりあえず何となくその背景を悟ると、今後の予定を考える。
「ちなみに、オリヴィア王女のご予定は?」
「レイの部屋に泊まろうかなって」
「……自分は相部屋で、もう一人いますが」
「なら今日はボクに譲ってもらうってことでっ!」
ふん、と鼻から息を出して胸を張るオリヴィア王女。エヴィに説明すべきか? いやしかし……とそこで俺はあることを思い出した。
そういえば、アメリアは寮で一人部屋だったはず。それに部屋の広さもそれなりの規模のものだったはず。
ここは彼女に頼むべきか……。
「アメリアの部屋に泊まるべきでは? 一応、その方が安全かと」
「え。何でよ。ボクはレイと同じ部屋がいいんだけどっ!」
「しかし……」
「ねぇ……お願いだよぉ……ボクだって、無茶を言っているのは分かっているんだよ? でもレイがずっと手紙無視するし……夏以降は返してくれるけど、やっぱり会えないのは寂しいよぉ……」
「う……」
俺の体に寄りかかって、上目使いで見上げてくるオリヴィア王女。そんな風に頼まれると、妹のステラを思い出して何でも言うことを聞いてしまいたくなる。
くそ……俺は年下の頼み事には弱いのだ。まさかそれを知っていての行動なのか? 読めない。ステラと違って、ある種の賢さを備えているこの人は本当によく分からない。
まぁとりあえずは、部屋に向かうべきか……。
「とりあえず、行きましょうか」
「うんっ!」
本当は真正面から戻って、遅刻したことを報告しようと思ったのだがそういうわけにもいかなくなった。
俺は窓から寮の自室に戻ることにした。と言っても、俺たちの部屋は三階にある。普通ならば、そこから戻ることなど不可能だ。
「レイ、どうするの?」
「こうしましょう」
軽く小さな石を窓に当て続けると、しばらくしてエヴィが窓を開けて顔を覗かせる。
俺はジェスチャーで下がるように促すと、その場にいるオリヴィア王女を横抱きにして抱えると……一気に
「うわっ……!」
「っと。よし、上手くいきましたね」
窓に向かって一気に跳躍すると、俺たちは無事に室内に侵入することに成功。それと同時に、俺は後ろから何か投擲されるのを感じ取る。振り向くことなく、それを指の間に挟むようにして受け取る。
「……? これは」
それは折り畳まれた一枚の紙だった。広げてみると、そこに書いてあったのはオリヴィア王女についてだった。
『明日のお昼頃にはお迎えにあがりますので、オリヴィア王女のことをよろしくお願い致します。謝礼は後日お送りしますので』
そう書いてあった。
護衛の人も色々とあるようだ。
そんな風に考えていると、エヴィが驚いた様子で恐る恐る尋ねてくる。
「レイ。中々帰って来ねぇと思っていたが、どうしたんだ? しかも窓からって……女の子を抱えているしよぉ」
「実は、彼女と途中で出会ってな……」
「どうも、オリヴィアです!」
「……オリヴィア第二王女だ」
「はぁ!? 第二王女!?」
「静かに……これはバレてはまずい」
「まぁ。そりゃあそうだが……」
と、エヴィと二人で話しているとオリヴィア王女は勝手に室内を見て回っていた。
「おぉ……ここがレイの暮らしているところかぁ」
感慨深そうにそう言いながら、部屋を見ている彼女はどこか嬉しそうだった。
「なるほど。レイ、もしかして厄介ごとだな。しかし……いや、
と早口で何かを語り始めるエヴィ。一体何を言っているのだろうか……。
「エヴィ──」
「じゃ、俺はこれで! レイ。うまくやれよっ!」
何か勘違いをした彼はそのまま颯爽と姿を消してしまった。
「あれ? レイの友達は?」
「気を利かせたのか、別の友人の部屋に泊まると」
「おぉ! それはある意味好都合というか……ふふふ。二人きりだね?」
「まぁそうですが」
「何だよもう〜。もう少し恥じらいとかないの? このボクの魅力にドキドキするとかさぁ〜」
「いえ。特には」
「はぁ……まぁいいけどさ……」
オリヴィア王女はため息をつくと、近くにあるソファーに倒れ込むようにしてダイブする。
「それで、本当の目的は何でしょうか?」
俺は真剣な声色でそう尋ねる。
まさか本当にただ遊びに来たいという動機で来たわけではあるまい。きっと何か重要な案件があると思っていたが……どうやらそれは俺の考え過ぎだったようだ。
「え。別に。本当にレイの顔が見たいだけ。それに学生してるレイに興味があってさぁ〜。えへへ……」
頬を掻きながら、照れているのか少しだけその顔には朱色が差していた。
なるほど……本当に今日来たのは偶然だあったのか。
まぁいいだろう。明日の昼まで相手をすればいい。それに、以前から手紙でずっと会いたいと言われていたのだ。無碍にするわけにもいくまい。
「そう言えば、オリヴィア王女はレベッカ先輩の婚約の件は知っていますか?」「む……他の女の話?」
「少し気になることがありまして。ご容赦ください。婚約相手であるエヴァン=ベルンシュタインのことはご存知ですか?」
「レベッカもエヴァンも知ってるよ。まぁ……お似合いなんじゃない? でもそうだなぁ……ちょっと早いよね。最近は学生の時に婚約なんてしないのにねぇ〜。そこはボクも気になってたかも」
「やはりそうですか……」
「もしかして、レベッカの婚約が気に入らないとか? 嫉妬なの? ジェラシーなの?」
「いえ。自分は普通に祝福していますが……」
「何かあるの?」
「実は──」
という事で俺は、その内情に詳しそうなオリヴィア王女に軽く聞いてみることにした。もちろん、レベッカ先輩が夏休みの最後の日に助けを求めていたことなどは言及しなかった。
ただ、エヴァン=ベルンシュタインという人間に関して興味があるということを話した。
「あ、そう言えば……」
「何か?」
「エヴァンだけど、ちょっとした噂があって」
「噂?」
「うん。何でも魔眼に興味があるというか、大学でも専攻はそれ系統だとか」
「なるほど……」
その後、俺はさらにオリヴィア王女と話を続ける。
彼女は「どうしてそんなこと聞くの?」と言っていたが、適当にはぐらかしておいた。
こうして俺は少しずつ真実に近づいていくことになる。
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