第108話 急遽、師匠のもとへ
師匠なら何か知っているかもしれない。
そんな思いから、俺はすぐに師匠の家へと向かっていた。いつもはアポイントメントを取ってからいくのだが、今回ばかりはそうも言ってられなかった。
今は
馬車が動いている時間は既に終了しているため、俺は魔術を使用して大地を駆けていく。
そして時間はそれなりに経過したと思うが、あっという間に師匠の自宅へとたどり着いた。
「ふぅ……着いたか」
少しだけ深呼吸をして、状態を整える。割と急いで来たので、まだ体から
「よし……」
コンコンコンと三回ほど扉をノックすると、カーラさんがいつものようにメイド服姿で扉を開けるが……その顔は少しだけ驚いているようだった。
「レイ様? 本日はお越しなられるご予定でしたか?」
「いえ。ただ師匠と話したいことがありまして」
「承りました。主人に伝えてきます」
カーラさんは家の中に戻っていく。
一方で俺は、この綺麗な星空を見上げていた。
今日は少しだけ曇っているが、月明かりが相変わらず綺麗な夜だった。
ただ慌てて来てしまったが、やはり迷惑だっただろうか。ふとそんなことを考える。と、そうしていると再びカーラさんが扉を開ける。
「レイ様」
「はい」
「応接室にてお待ちください」
「分かりました」
「少し準備がありますので」
「準備?」
「はい。女性はいつだって、綺麗に見られたいものですから」
口元に人差し指を持っていくと、少しだけ妖艶に微笑むカーラさん。今までは無表情で無感情な人だと思っていたが、夏の一件以来、距離が僅かに縮まった気がするのは気のせいではないのかもしれない。
俺は応接室に案内されると、そこで一人ソファーに座って待っていた。すると、十分くらいした後に師匠が入って来た。後ろではカーラさんが車椅子を押しながら。
師匠は前髪を軽く手で整えながら、俺と向かう会う。
「それでは私はお茶の準備をして来ますので」
カーラさんが下がると、早速本題に入る。
「師匠。夜分遅くに失礼します」
「いや別にいいさ。でもまぁ……急にレイが来るのは珍しいな。何かあったのか?」
「実は──」
そして俺は話をすることにした。
レベッカ先輩の様子が、あの夏の終わりからどうにもおかしいと。さらにはディーナ先輩の証言も話しておいた。
師匠は口元に右手を持っていくと、しばらく思案する体勢に入る。
「紅茶になります」
「ありがとうございます」
カーラさんが俺と師匠の分の紅茶をテーブルに置いてくれると、彼女は師匠の後ろに回ってその場で静止する。
「ブラッドリィ家の婚約にエヴァン=ベルンシュタインの裏の顔、か……私も早い婚約程度にしか考えていなかったな。だがエヴァン=ベルンシュタインは会ったことがある」
「師匠の印象はどうでしたか」
「ま、いかにも貴族の魔術師って感じだな。それも悪い意味ではなく、良い意味でだ。優秀だと聞いている」
「なるほど。ではレベッカ先輩との婚約は不自然ではないと」
「まぁ……ベルンシュタイン家は上流貴族だ。貴族的な地位としても、本人の魔術師的な資質からしても釣り合いは取れているだろうな。でも確かに、些か早い。そう思うのは当然だな……カーラ、何か知らないか?」
師匠が後ろにいるカーラさんにそう言うと、彼女は淡々と事実を述べる。
「今の所は私も悪い噂は聞きません」
「そうか……調べてもらうことはできるか?」
「一週間ほどあれば十分かと」
「なるほど。ではよろしく頼む」
「承りました」
ロングスカートを軽く摘んで広げると、その場で頭を下げる。諜報機関を担っている一族とは聞いているが、実際のところ師匠が雇っているくらいなのだから……かなり有能なのだろう。
俺は黙って情報が提供されるのを待つことにした。
「しかしレイ。お前がそこまで気にかけるとは……もしかして、アレなのか? ローズ家のアメリアではなく、ブラッドリィ家のレベッカがいいのか? しかしまぁ……レベッカは良い女だよな。気立てよし、性格良し、何よりも清楚だ。美しさも十分。ぐぬぬ……なんだかムカついて来たな」
「し、師匠? 何の話をしているのですか?」
「ん? あぁ……いや何でもない。で、レイはレベッカを助けたいのか?」
「もし困っているのでしたら、力になりたいと」
「……そうか。いや、レイももうそんな年齢になったのか。会ったときはあんなに小さかったのになぁ……今はもう、誰かを助けたいと思うほどになったのか。人の成長とは早いものだな」
師匠はどこか感慨深そうな声を発しながら、紅茶に手をつける。そう言われて、俺もまた時間が経過するのは本当に早いと思った。
師匠に出会い、みんなと出会い、戦場では数多くの別れを経験した。
あの時はずっと誰かに助けてもらってばかりだった。そんな俺が今こうして、誰かの力になりたいなどと願っているのは本当に不思議なものだと思う。
「で、文化祭は何をするんだ? レイのことだからまたやらかすんだろう?」
ニヤニヤと笑っている師匠。
もちろん俺はあるがままを伝える。
「メイド喫茶です」
「メイド喫茶ぁ?」
「────っ!」
師匠は怪訝な表情をするが、一方のカーラさんの反応は大きなものだった。その目を大きく見開き、びくっと震える。
「メイドが喫茶店をするのか?」
「はい」
「それって何がいいんだ?」
「アメリア曰く、メイドが嫌いな男性はいないと」
「……ほぅ。レイも好きなのか?」
「好きか嫌いかの二択でしたら、きっと好きなのだと思います。カーラさんのメイド服もよく似合っていて自分は好きなので」
「「えっ!!?」」
「どうかしましたか?」
師匠はカーラさんの方をじっと見つめ、当の本人は顔を真っ赤にしていた。あのカーラさんが顔を赤くする日が来るなど、本当に珍しいこともあったものである。
「れ、レイ様お戯れを……」
「いえ。自分はメイド喫茶をすると言われた時は、真っ先にカーラさんのことを思い浮かべました。確かにメイド服には惹かれるものがあると自負しています」
「うっ……!」
「レイ、慌てるなっ! それはまやかしだっ! いや、待てよ……私もメイド服を着ればいいのか?」
「師匠がメイド服? はははは!! 面白い冗談ですねっ!!」
思わず想像すると面白すぎて、腹を抱えて笑ってしまう。
師匠がメイド? ははは、ゴリラにメイドはできないだろうっ! と心の内で思わず考えてしまうが次の瞬間には目の前に氷柱が生成されていた。
「あ? 殺すぞ?」
「……大変申し訳ありませんでした」
素直にその場で土下座を敢行した。
命は大切だ。
どうやら調子に乗ってしまったようだ。師匠の目はマジだった。まじに殺す気がある目だった。と言うことで、俺は素直に例の如く土下座をしておいた。
「しかしメイド喫茶かぁ……お前たち、面白いことを考えるなぁ」
「アメリアの案ですが、自分も良いと思っています」
「アメリアか……マークしているが、まさかそのアプローチに切り替えているのか? それとも純粋な趣味なのか? これは見極める必要があるな……」
師匠は後半は何やらボソボソと言うので何といったのか、よく聞こえなかった。
「師匠。いま何と……?」
「いや何でもない。文化祭当日は私とカーラも行く。楽しみにしてるぞ。それと例の件はこっちでも調べておく」
「ありがとうございます」
その後、俺は晩ご飯をご馳走になり寮に戻ることになった。
一人で帰路に着くと、再びふと空を見上げてみる。
綺麗な空だ。しかしそれは、どこか不気味なような……そんな気がした。
この王国で進んでいる悪意。俺はまだこの時は、全く気がついていなかった。
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