第93話 それはきっと、美しい写真となる


 ノーラさんとの面会を終えた俺は、侍女の方に再び案内されていた。挨拶はすでに交わしており、俺はミアさんと呼んでいる。呼び捨てで構わないと言うが、互いに譲歩した上でそう呼んでいる。


 彼女はこのローズ家の中でも地位が高い侍女らしく、主にアメリアの世話をしているのだとか。


 行先はアメリアの自室。


 そしてノックをした後に、ミアさんが口を開いた。


「お嬢様。お客様をお連れいたしました」

「入ってもらって」


 室内からアメリアの声が聞こえてきた。


「それでは、レイ様。どうぞ」

「はい。ここまで案内していただきありがとうございます」

「いえ。それでは私はここで失礼いたします」


 簡素な会話を交わして後に、俺はアメリアの自室へと入っていく。


「あ……その、いらっしゃい」

「あぁ。失礼する」


 室内はやはり、かなり広かった。俺たちの暮らしている寮の一室の倍はあるだろうか。内装はそこまで派手なものではないが、隅々まで手入れが行き届いている印象だった。


 テーブルと椅子。それに天蓋付きの大きなベッド。あとはクローゼットに家具全般。部屋の隅には大きな本棚が並んでおり、アメリアもまたそれなりに読書をするのだと分かってどこか親近感が湧いた。


「えっとその……す、座ってもいいよ?」

「では、ここに」

「うん」


 そう言って俺は、テーブルの前に置かれている椅子に腰を下ろす。それと時を同じくして、ミアさんが室内に紅茶と茶菓子を持ってきてくれる。


「それでは、ごゆっくり」


 そう言って彼女は下がっていくのだが、妙に顔がにやけているというか……わずかにアメリアの方を向いてからアイコンタクトを送っていたような……まぁ、考えすぎだろうか。


 そして、俺とアメリアは向かい合うようにして座る。


「そういえば、アリアーヌはどうしたんだ?」

「借りてた本を返しにきただけだから、すぐに帰ったわよ」

「そうか。残念だな」

「……」

「ん? どうした?」


 じっと半眼で俺のことを見つめてくるアメリア。


 何か気にでも触ってしまったのだろうか。


「……アリアーヌがいた方が良かったんだ」

「久しぶりに会ったからな。でもそう言う理由なら仕方ないさ。アメリアと二人でも俺は嬉しい」

「そ、そっか……」

「本当はみんなもいれば良かったが……」

「それは仕方ないね。予定がなかなか合わなくて」


 実は今日、アメリアの実家にやってくるという話はいつものメンバーにもしていた。しかしやはり、全員の予定を合わせることは叶わなかった。ということで、ちょうど暇だった俺だけがこのローズ家にお邪魔しているという形だ。


「それでその……お母様との話はどうだったの?」

「それは……」


 少しだけ思案する。


 別に本人に言ってはいけない……と言う話は出ていない。


 しかしここでありのまま話してしまえば、プレッシャーになってしまうかもしれない。だからここは、要約した内容を話すことにした。


「アメリアをよろしくと言われた」

「へ!?」

「どうした?」

「そ、それってどう言う意味で?」


 その真っ白な肌を桜色に染めていくアメリアは、恥ずかしそうに俺のことを見上げてきた。


 なるほど。やはり、自分の親と友人が話すと言うのは恥ずかしいものなのか。これは確か文献でそう言うものだと読んだことがある。


「もちろん、友人としてだ」

「……うん、知ってた。うん……」


 色を失った目で虚空を見つめる彼女は、茫然とそう呟いた。


 最近よく思うのだが、アメリアのことがいまいち掴みきれない時がある。しかしまぁ……乙女心は複雑怪奇であると師匠に教わっている。


 男である俺がここで無遠慮に尋ねるべきではないだろう。


「あ、そういえばさ」

「どうした?」

「噂程度の話なんだけど、実は年末に団体戦が開かれるとかって」

「団体戦? それは魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエに類したものなのか?」

「えっと……まだその、よく分からないけど今年から導入されるかもって聞いたの」


 ──団体戦か。


 しかし魔術師を育成する目的ならば、悪いものでは無いだろうと俺は思っていた。


「なるほど。魔術師育成のためには、確かに団体戦というものは経験しておいて悪いことはないだろうな」

「そうなの?」

魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエは完全な個人戦だろう? だが、やはり集団で魔術戦をするとなると勝手はかなり変わってくる。もしかすると、その一環なのかもな」

「へぇ〜。そうなんだね」


 その後も二人で他愛のない話をしていると、後ろの方でドサっと何かが落ちる音が聞こえた。


「ん? 何か落ちたが?」

「あ、ごめんね。ちょっとアルバムが」

「アルバム?」

「えっとその……見たい?」


 それを拾って胸に抱えるようにして尋ねてくるアメリアは、どこか不安そうと言うか、期待もしていると言うか、そんな印象を抱いた。


「もしかして、幼少期のアメリアが写っているのか?」

「あ、うん。その……恥ずかしいけど、レイになら見せてもいいよ……?」

「おぉ! それは非常に興味がある! 是非とも、見せて欲しい!」

「じゃあ、一緒にみよ?」

「あぁ!」


 互いの体を寄せ合うようにして俺たちは一つのアルバムを見つめるが……その際に、わずかに植物系の香料の香りが鼻腔をくすぐる。


「アメリア、香水をつけているのか?」

「あ? ごめんね。ちょっとキツかったかな……」

「いや大丈夫だ。今日のアメリアはとても魅力的だと思う」

「う……うん。ありがと、頑張った甲斐があったかも。えへへ……」


 あどけない笑顔を浮かべる。


 本当に変わったものだ。きっとこの笑顔を生み出すのに、どれほどの葛藤を乗り越えてきたのだろうか。あの魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエで、俺たちは互いに進んでいくと決めたからこそたどり着いたと思うと、俺はどこか自分のことのように嬉しかった。



「お、アメリア小さいな! これは何歳だ?」

「三歳くらいかな? 私もよく覚えていないけど」

「なるほど。しかし今の面影がしっかりと残っているな」

「そう? 自分だとピンとこないけど」


 そこに写っているアメリアの写真は、この家の庭でニコニコと笑いながらピースをしているものだった。しかし、まだ上手くピースの形が作れていないようで少しばかり歪だ。


「ピース。上手くできていないな」

「こ、この時はそうだけど……! ほら、次からはちゃんとしてるから!」


 そして次のページでは、アメリア、アリアーヌ、レベッカ先輩の三人が写っていた。三人とも笑いながら、写真に写っていた。その中でもアメリアとアリアーヌは寄り添うようにしてピースをしていた。


 この時の写真は、アメリアの言った通りしっかりと指の形は整っていた。


「おぉ。アメリア、アリアーヌ、レベッカ先輩か」

「うん。この時は、まだ仲が良かったから……」


 そう言う彼女の声音はどこか暗いものだった。チラッと横顔を見ると、アメリアは悲しそうな顔をしていた。


 そして黙ってページをめくっていくと、徐々にアメリアの顔からは笑顔がなくなっていく。厳密にいえば、笑顔の写真はあった。しかし、それはやはり作り物。どこか貼り付けたようなものでしかなかった。


 暫しの静寂。


 それを切り裂くようにして、アメリアは口を開いた。


「その、ね。私はずっと悩んできた……でも、その! レイに出会って、もうこの私とは決別したの。だから改めて今日は、お、お礼が言いたくてっ!」

「アメリア……」


 俺は黙ってそんな彼女の手を握りしめた。不安そうにしているからこそ、自発的にそうしたくなったのだ。


「ひゃっ!」

「アメリア。こちらこそ、感謝を伝えよう。あの魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでは俺もまた、人として成長させてもらった。みんなが、アメリアがいなかったら俺は……人の心に触れるのをまだ怖がっていただろう。だから、ありがとう」

「うん。私も、ありがとう」


 と、その瞬間コンコンと部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、準備が整いました」


 その言葉はどう言う意味だろうか。


 そう思っていると、アメリアが俯きがちに説明してくれる。


「あのね。今までの私はずっと暗い顔で写真に映っていたけど、その……今日からもっと笑顔の私でいたい。だから、一緒に映ってくれない? このアルバムの一ページにレイと一緒に、そしてこれからはみんなとの写真もたくさん載せたいなって……」


 その言葉を聞いて、拒否するわけなどなかった。俺は颯爽と立ち上がると、アメリアの手をとって一緒に部屋の隅の方へと移動していく。


「もちろんだ。記念すべき、初めての写真だな。俺たちの」

「う、うん……!」


 ミアさんは恭しく礼をして、大きな脚立付きの写真機を持ち込んでくると、それを俺たちの前に設置して彼女はにこりと微笑む。


「お二人とも、もっと近くに並んでください」

「えぇ……!? もっと近く!?」

「はい。お嬢様はもっとこう、腕に抱かれるような形で。レイ様はそれを受け止めるような形でお願いします」

「分かりました」

「……分かりました!? いいの、レイ!?」

「もちろんいいに決まっているだろう。アメリアは別の構図がいいのか? 俺は合わせるが」

「いや、これでいい……けど」


 そして少しだけ遠慮しながらも、アメリアは俺の体にそっと自分の体を寄せてくる。俺もまたそれを受け入れるようにして、そっと腰に手を回す。


「では撮りますね。はい、チーズ」


 瞬間、眩い光が俺たちを包み込んだ。


 その写真に映っている俺たちは、しっかりと笑っているのだろうか。


 いや、きっと最高の笑顔で映っているに違いない。


 だって俺たちはもう、心から笑い合える最高の友人なのだから──。




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