第89話 実家へ帰ろう!
「ふぅ……」
馬車に揺られながら、外の景色を見つめていた。しかし馬車と言っても、今は車輪が自動で動くようになっている。これは魔術によって、車輪をほぼ永続的に作動させる術式がかかっているからだ。
あくまで馬は補助に過ぎない。
もしかすると将来は、車輪だけでよくなる時が来るのかもしれない。
ということで、ついに夏休みも終盤に突入。俺はこれまでみんなと一緒にこの夏休みを満喫してきた。それは今までの人生では考えることもできなかった程の楽しさだった。
俺もまた、学生らしい生活を送れているようで嬉しい限りだ。
あの戦争の傷跡はずっと残っている。いや、きっとそれは永遠に残り続けるのだろう。だがそれでも、それを背負って俺は前に進むことができる。かけがえのない、友人と共に。
しかし友人だけではない。今の俺には、家族がいる。
それは三年前に出会った人たちで、その人たちもまた俺にとって掛け替えのない人である。
「よし。歩くか」
馬車から降りて、俺は田舎道を進んでいく。
このアーノルド王国は、世界でも最大規模の国である。都会であることは間違いないが、それは中央区付近などに限られる。つまりは、東の方は比較的田舎なのだ。その中でも、俺の実家は東の果ての果て。
この王国の一番東に位置している。
周りは森と山が多く、移動するのも大変だ。しかし自然の風景はこの王国の中でも屈指だろう。俺はそんな実家が大好きだった。
森に囲まれ、自然に囲まれ、そして大切な人に囲まれる。そんな家に帰るのが楽しみでたまらない。
「……ふぅ。暑いな」
汗が滴る。
背中にバックパックを背負って、俺は歩みを進める。すでに景色は自然だけになった。左右には
真っ青な空に、照りつける太陽。左右一面に広がる、天にその身を伸ばす色鮮やかな
その景色はとても美しい。
都会は確かに便利で住みやすいのは間違い無いだろう。だがやはりどうしてだろうか、この自然に触れ合うことはとても落ち着く。
そして一人で黙々と歩いていると、見えた。
視線の先にある、大きな屋敷。白を基調とした建物で、二階建てだ。
──懐かしいな。
そう思って、俺は再びその歩みを進めるが……瞬間、隣にある向日葵畑の一部がガサガサと動く。
「まさか?」
そういうと、中から出てきたのは人だった。
でもその人は、よく見覚えがある。
「どーんっ!!」
そう言葉にしながら、俺の体に抱きついてくるのは……妹のステラだった。
「お兄ちゃん! お帰りなさいっ!」
「あぁ、ただいま。ステラ」
「えへへ〜。お兄ちゃんの匂いだぁ〜」
グリグリとその頭を俺に押し付けてくるステラ。そしてそんなステラの頭を優しく撫でる。幾度となくした所作だが、本当に懐かしいと感じる。
ステラ=ホワイト。
栗色をした綺麗な茶色の髪をポニーテールにまとめている。その表情はニコニコと笑みでいっぱいなようで、本当に嬉しそうだった。
そんなステラは俺の妹である。
と言っても、義理の妹なのだが今となっては本当の妹のように接している。
三年前に俺はホワイト家に引き取られた。そこは師匠の姉の家庭であり、養子として暮らすことになったのだ。
当時は、極東戦役の傷……それは肉体的にも、精神的にもかなり辛いものがあったが今の家族が支えてくれた。
もちろん師匠も他の方々も、お見舞いに来てくれたりはしたが……一番お世話になったのは、この家族だった。
その中でもステラはずっと俺のことをお兄ちゃんと言って慕ってくれている。
出会った当初はどう接して良いのか分からなかったが、今は仲睦まじい兄妹である。
「ねね、お兄ちゃん」
「どうした?」
「学校楽しい?」
「あぁ。友人もたくさんできたぞ」
「おぉ! やっぱりお兄ちゃんはすごいね!」
「ふ。それほどでも無いさ」
「ククク、私も来年は乗り込んでやるのです。ククク……首を洗って待っていな、お兄ちゃんっ!」
「ふふ、そうだな。俺はステラのことを待っている、あの学院でな」
「うんっ! やっぱりお兄ちゃん大好きーっ!」
二人で歩みを進めながら、俺たちはそんな会話をする。
ステラもまた、来年度にアーノルド魔術学院に入学するつもりである。もちろん、入学試験を受けて合格する必要があるのだが俺の妹は聡明だし、魔術の技量も中々のものだ。
決してそれは身内贔屓で言っているのでは無い。
いや……まぁ、少しばかり、ほんの少しだけ身内贔屓になっているのは認めるところだが、それでもきっとステラなら大丈夫だろう。
そして家の前にやってくると、ステラが扉を開けてそのままドタドタと室内へと入っていく。
「おかーさーん! おとーさーん! お兄ちゃん帰ってきたよー!!」
「それは本当かっ!?」
「あなた、早くいきましょう!」
「あぁ!」
俺は玄関にバックパックを下ろして、一息ついていると……やって来たのは父さんと母さんだった。もちろん二人とも血が繋がっているわけでは無い。付き合いもまだ三年程度だ。
それでも、みんなは俺を本当の家族として受け入れてくれている。
心から、感謝しかない。
「レイっ! お帰りなさいっ!」
感極まって抱きついてくるのは母さんだった。母は師匠の姉ということで、金髪碧眼。一方の父さんは茶髪で身長は俺よりも少し低い程度だ。
そして母さんが離れると、次は父さんと抱擁を交わす。
「レイ、元気だったか?」
「父さん。そうだな……色々とあったが、元気だったよ」
「そうか……それはよかった」
家族と約半年ぶりの対面を果たすと、俺は自分の部屋へと向かう。
俺の部屋は二階にあり、それほど広くは無いが、それでも俺はこの場所を気に入っていた。室内にあるのはシンプルに、机と椅子。それにベッドに本棚。
家を出た時と変わらないこの場所は、とても懐かしい。いや、実際は懐かしいと感じるほどの時間は経っていないのだが……どうしてか俺はそう思った。
そして持って来たバックパックを下ろすと、扉の方からステラの声が聞こえた。
「お兄ちゃんっ! 汗いっぱいかいたでしょ? 一緒にお風呂入ろっ!」
「そうだな。久しぶりに入るか」
「うんっ!」
ステラと一緒に風呂に入るのは珍しいことでは無い。父さんと母さんも、仲が良いのねぇと言ってくれる。
でも一度だけ、師匠に目撃された時は色々と言われたのは記憶に新しい。
「は!? ステラと一緒に風呂に入っているのかっ!?」
「はい。兄妹ですし」
「で、でも義理だろう!? それはギリギリだろう!」
「? ダジャレですか?」
「違うわ、ボケっ! まぁ意識していないなら良いが……」
「?」
と、終始よく分からないことを言っていた。
師匠は一体何を言いたかったのだろうか。兄妹で風呂に入るのは、別に普通だと思うが。家族なんだしな。裸の付き合いというのは大切だろう。
「お兄ちゃん、私は先に入ってるね〜」
「あぁ」
ぽいぽいと衣服を脱ぎ去ると、ステラは浴室へと消えていく。俺もまた、すぐに衣服を脱ぎ去って妹の後を追う。浴室はかなり広くて、二人で入るには十分すぎるほどだ。
「お兄ちゃんっ! 背中流してあげるっ!」
「おぉ。それは助かる」
ということで俺はステラに背中を流してもらうことにした。
タオルを石鹸で泡だてて、ゴシゴシとステラに背中を洗ってもらう。
家を出る前は、ほぼ毎日していたことだ。久しぶりに、妹と一緒に風呂に入ることができて、俺は本当に嬉しかった。
「よし! 次はお兄ちゃんがやって!」
「任せろ。誠心誠意、その背中を磨いてやる」
「やったーっ!」
そして俺たちは互いの体を洗うと、二人で一緒に浴槽に入る。俺の上にステラが座る配置で、二人でこの熱いくらいのお湯に浸かって一息つく。
「「ふぅ〜」」
声が重なる。
ここまでの道のりはそれなりに時間がかかった。だからこそ、このささやかなひと時は本当に癒しだ。
「お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「私ね、おっきくなったよ?」
「あぁ。そうみたいだな。半年前とは見違えるほどだ」
「本当っ!?」
「あぁ。もう立派なレディーだな」
「やったー! 私もレディーなんだねっ!」
二人でそんな風に他愛のない話を繰り広げる。
実家に帰って来た俺は、こうしてささやかな時を享受するのだった。
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