第62話 明かされる真実



「レイ。そのことについてだが……まぁ、ざっくり言うと……レックスはカーラの弟だ」

「お、弟……?」


 そう言われて、俺は思い出していた。


 確か部長の名前は、レックス=ヘイル。そしてカーラさんの名前は、カーラ=ヘイル。確かに同じだが……似ていないと言うのもあるし、弟にしては年齢が離れすぎているが……。


「ま、こいつらの家庭環境は察してくれ。それで、だ。今は宿舎に一室借りていてな、詳細はそこで話そう。アビーとキャロルもすでにいる。元々大会の前から話はしようと思っていたが、色々とあってな。遅くなってすまないが、少し付き合ってくれ」

「……了解しました」


 そして、その部屋に向かうことになるのだが……俺は部長の隣を歩きながら、話を聞いてみることにした。


「部長……」

「どうした?」

「もしかして俺のこと、知っていましたか?」

「冰剣の魔術師のことか」

「やっぱり……知ってたのですか」

「あぁ。お前のことは、リディアさんから頼まれていたからな。力になってほしい、と」

「そうでしたか……」

「ま、そのことも含めてあとで話そう。そしてこの大会で何が起きているのかもな」


 部長は確かに今まで俺に助力してくれていたが、この人の正体は一体……そんなことを考えながら、俺は歩みを進める。


「さて、レイ。入ってくれ」

「……失礼します」


 宿舎の最上階にある一番広い部屋へと通される。なんでもこの宿舎の中でも一番高価な部屋であり、かつVIP待遇される人物でないと予約できないらしい。


 中に入ると、そこにはアビーさんとキャロルがソファーに座ってワインをたしなんでいた。いやよく見ると、奥の方には部長の家族の方も控えていた。


 七大魔術師が三人、それに先代の冰剣である師匠も含めてこの部屋に揃っているのは、まさに魔術界最高峰の魔術師たち。


 また先ほどの話を聞くと、カーラさんは部長と家族であるということは、ここにいるのは部長の家族と七大魔術師になるのだろうか。ということはやはり、部長たちは只者ではないのだろう。


「座っていいぞ」

「はい。失礼します」


 俺が空いているソファーに腰掛ける一方で、カーラさんと部長はその場に直立。座る様子はないようだ。


 そうして師匠が口を開く。


「まずはそうだな……ヘイル一族について話そう。端的に言えば、王国の諜報機関を担っている一族だ。実は極東戦役時代から私は個人的な繋がりがあってな。それで今はカーラに世話をしてもらっている」

「そうでしたか……しかし、部長は……」

「あぁ。レックスの件は偶然だな。と言っても、お前が入学する先にいるのは知っていたからな。もちろん、レイを宜しく頼むと言ってあったさ」

「そうなのですか、部長?」


 視線の先にいる部長に話しかけると、彼はフッと微笑んで会話に参加する。


「そうだ。リディアさんは昔からの知り合いでな。俺も昔はエインズワース式ブートキャンプで世話になったことがある。しかし、レイのことは話にしか聞いたことはなかった。まだ十代の少年が、リディアさんの後を継いで、冰剣の魔術師になるとは思いもしなかったが……それは、実際に会ってみて納得したな」

「あの時の、環境調査部での出会いは……」

「偶然だ。しかし俺は、リディアさんに頼まれていなくとも、レイが冰剣の魔術師でなくとも、きっと今までと同じように力になっていたさ。俺はお前のことは気に入っているからな。先輩として、俺は純粋にレイとこれからも交流していきたいと思っている。それだけさ」

「ぶ、部長……」


 そうだったのか。

 

 思えば、気になるところはたくさんあった。部長は入部初日に、何かあればなんでも相談しろと言ってくれた。その言葉に甘えて色々と相談してきたが……そういう背景があったのか。


 それにたとえ頼まれていなくとも、先輩として部長は変わりなく接してくれていたと……そう言ってくれた。その言葉は純粋にとても嬉しいものだった。


 師匠の心配性にも、部長のなんでもこなせる器用さには驚くばかりだが、俺は本当に恵まれていると……そう思った。


「そして俺が毎年、運営委員に立候補していることや毎年行っている出店もまた、治安維持を兼ねたものだ。日中はそちらで活動をし、夜は独自に動いている。ここから先の話は、リディアさんたちに聞くといいだろう」


 部長はそう告げると、恭しく一礼をしてそのまま下がっていく。


「師匠、詳しく聞いても?」

「ここはアビーから聞いたほうがいいだろう。アビー、頼む」

「あぁ」


 次はアビーさんが話し始める。現在はいつものようにスーツを着ているが、それを着崩している上に、いつも後ろで一つに結んでいる髪をほどいている。顔も少し赤くなっていて、アルコールが回っているのが伺えた。


「そうだな。まずは魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエは世界的な大会だ。その認識はいいな?」

「はい」

「ということは、世界的に注目が集まるということだ。そしてこれを悪用する輩もいる。数年前は生徒の勝敗で賭け事をしているアホがいてな。そいつらが勝敗を意図的に操作しようとしたこともあった。それに、貴族のアホなメンツで相手の選手を妨害しようとしたり、毎年この手のものは枚挙に暇がない。そこで、表舞台では魔術協会が派遣した魔術師によって対応をして、裏では王国随一の諜報機関に所属しているヘイル一族が対応をしてくれている。だが、今年は少し様子が違ってな」

「というと……?」


 アビーさんはもう一杯だけワインをあおると、さらに話を続ける。


「以前、帝国の密偵が潜入していると話したな」

「確か……入学直後の話でしたか」

「あぁ。あれは優生機関ユーゼニクスのことかと思っていたが、それはどうやらエイウェル帝国の暗殺組織……死神グリムリーパー魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエに侵入しているらしい」

死神グリムリーパー、そんな大物が……来ているのですか……?」

「あぁ。間違いない情報だ。それに既に、貴族の生徒が何人か行方不明になっていると届け出が出ている。おそらく、奴らの仕業だろう。こちらとしても、警備は完全にしているが……流石に奴らが相手だと、少々手こずっていてな」


 エイウェル帝国。


 そこは世界最高峰の軍事力を持つ大国である。この世界の中で、アーノルド王国とエイウェル帝国がその力を二分している。そしてその国は、極東戦役の被害を拡大させた過去がある。


 元々極東戦役は、小さな国の些細な争いから始まったものだ。それが次々と広がっていき、アーノルド王国も参加せざるを得なかった。


 何故ならそれは、初めての魔術を用いた本格的な戦争だったからだ。だからこそ、鎮圧できるのは世界的な魔術大国であるアーノルド王国しかなかった。


 帝国といえば、表向きは沈黙していたが戦争に参加した者なら裏にその存在があったのは分かっている。魔術技術を悪意を込めて流出し、戦争を長引かせているのは自明だった。


 そして、極東戦役はアーノルド王国の勝利で幕を閉じたが……かの帝国はあの時と同様に、再びあのような地獄を生み出すつもりなのか……。


 そう考えると、心に暗い感情が灯りそうになるがそれをぐっと飲み込む。


 今は、死神グリムリーパーのことを考える必要がある。


「実は先ほど接敵したのですが、赤黒い模様が走った仮面をつけ、全身をローブで覆ってしました。また、武器は短刀。それには毒物が塗ってありました。おそらく暗器の類はまだまだ有していると思います。そして自分と戦闘をするとすぐに逃げて行きました」


 死神グリムリーパー。それは帝国に存在している暗殺を専門とした組織の名前だ。裏の世界でもそうだが、表の世界でも畏怖の象徴として名前が通っている。


 暗殺技術は世界最高峰。そして殺人という技術に関していえば、七大魔術師に匹敵する者もいると噂されている。何も世界七大魔術師は、実戦能力が高いという観点で選ばれるわけでもない。


 俺や他の魔術師のように、確かに実戦能力が著しく高い者もいるにはいるが、研究者としての功績から七大魔術師になっている者もいる。キャロルはどちらかと言えば、そちらの方だ。


 つまりは、魔術による戦闘技術という観点で言えば、世界最強は七大魔術師に限らない。その中でも死神グリムリーパーは魔術を組み合わせた殺人技術は世界最高と評されている。


「……なるほどな。レイの実力を把握して引いてのだろうが……今回は三大貴族か、上流貴族狙いだろうな。この大会は貴族が一度に集まる。それに今回は運が良いのか、悪いのか、三大貴族がちょうど全員出場している。タイミングとしては最高だな」

「やはり……貴族の人間を狙って?」

「あぁ。暗殺、または誘拐かもしれないが、王国のこれから有望となる魔術師を削りたいのかもしれない。そこでだ、レイ」


 アビーさんがじっと俺の双眸を見据えてくる。


 そして彼女はこう告げた。


「お前にも、警戒していてほしい。もちろんこれは私たち大人の出る領分だ。しかし学生を狙っているのなら、その近くにいるレイの方が接敵する可能性が高いかもしれない。一応、胸に留めてほしい」

「なるほど。そういう事情でしたら、自分も全力で協力させていただきます」

「いつもすまないな。本当に助かる。一応、学生の方はレックスに任せているからな。あとは二人で協力してほしい。もちろん、私たちがメインで担当するからサポート程度で構わない」

「了解しました」


 部長の方をちらりと見ると、軽く頷いてくれる。部長がいるのなら俺としても心強い。


 そうして話も終わり、雰囲気も完全に弛緩していたので、俺はそろそろ戻ろうかと動き始めると……アビーさんが思い掛けないことを口にする。


「あ、そうだ。レイ」

「? なんでしょうか」

「お前今、女装で売り子をしているだろ?」

「はい」

「あれ、来年から禁止な。店はいいが、あの女装は自重しろ」

「は!?」


 な!? 何を言っている……!? どういうことだ。これからという時に、一体何が!?


 縋るようにして部長の方を向くも、部長はその首を横に振った。まるで全てが終わったかのように、俺から目を逸らしてしまう。


 あまりにも驚いて思わず立ち上がってしまうが、俺はそのまま話を聞く。


「お前たち、やりすぎだ。売り上げがお前たちの店に集中しすぎて、他の店からのクレームが尋常ではない。まぁ……今年の大会では継続してもいいが……来年からは少し考えてもらおう。それに販売しているメニューも色々とギリギリだしな……そこのアホピンクも絡んでいるんだろう?」


 と、扉からそーっと逃げ出そうとしているキャロルがビクッと体を震わせる。


「あ、あはは〜☆ あ、アビーちゃん……違うんだよ? キャロキャロは、レイちゃんたちのためを思って……」

「いいや。お前はいつもそうだ。人の助言も聞かずに好き勝手ばかり……レイはまだ子どもだからいいが、お前はもう十分な大人だろう。いい加減、分別を覚えろ。さて、今日も説教だな……っ!」

「い、いやあああああああ!! た、助けてみんなああああああっ!」


 アビーさんにいつの間にか簀巻きにされ、彼女の脇に抱えられたキャロルが俺たちに向かって手を伸ばすが……それぞれ全員、無視をして扉に向かっていた。


 実はアビーさん。説教をするとかなり長い。それに酔っているのも相まって、きっと夜を明かす勢いだろう。俺、師匠、キャロルはよく昔は怒られたものだが……今回の矛先はどうやらアホピンクに向かっているので、俺と師匠はそそくさと退散する。


 こればかりは長年で培った師弟の阿吽あうんの呼吸が発動。師匠が俺の目を射抜くと、その意図を理解してすぐに車椅子を押して出て行く。


 そしてヘイル家の方々もまた、会釈をしながら颯爽と去っていく。


 キャロル、お前の犠牲は無駄にはしない……いや別に何かするわけでもないが、人柱に出来るならそうすべきだろう。


 ドンマイ、キャロル。


 ま、日頃の行いの差だろう。素直に諦めてくれ。と心の中で俺はそう告げる。もちろん口に出すと後々面倒なので、言葉にはしないのだが。



「キャロル。大丈夫だ。例の約束は守る……が、その件はお前に任せる。ではまた!」

「レイちゃんの薄情者おおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 キャロルは最後までジタバタと暴れて、こちらに腕を伸ばしていたが、それを無視してそのまま扉を無情にもバタンと閉じる。


 すると、隣にいる師匠が大きな声で笑い始める。


「クククク……アハハハハ! ククク……あのアホピンクは懲りないなぁ……いやぁ……実に面白い……クク……」

「昔はいつも三人で、アビーさんに怒られていましたね。でもまぁ、アレは二度とゴメンですね……本当に長いですから……」

「あぁ。懐かしいものだ……」


 ひとしきり笑った後、師匠は真面目な声の調子で語りかける。


「さてレイよ。先ほど言った通りだが、くれぐれも気をつけろよ。死神グリムリーパーの能力は私もよく知らない。お前なら大丈夫だとは思うが……立ち会うことになれば、油断はしないことだ。それに奴らは恐らく暗闇での戦闘を得意としている。使うならアレも準備しておけ」

「了解しました。肝に命じておきます」


 この大会に想いをかけている選手が多いことは知っている。だからこそ、この大会に介入させるわけにはいかない。


 それと同時にアメリアのことを考える。


 彼女がここまでくるのに、どれほど努力をし、自分自身と戦ってきたと思っている。アメリアにとってこの大会はきっと特別なものになる。それだけは間違いない。


 彼女がさらに飛躍できると信じて、俺たちはこうして応援に来ている。


 だからこそ、俺は誓う。


 絶対に邪魔などさせない。この大会は無事に終了させてみせる。


 ──冰剣の魔術師の名にかけて。

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