苦渋味わう皇帝(エンペラー)①
鬱蒼たる森の中。
「しっかし、いつ見ても……富士の樹海みたいだな……」
庵野は森の中を、アキバ街を目指して歩いていた。
異世界人たちを匿う巨大都市、アキバ街。市長である
彼の異能が発覚した際誰にも気づかれない様にするため、庵野はグリンデル国という、鎖国国家の中にある大森林に侵入して縹ヶ谷の能力を解放させたのだが……彼の異能は、グリンデル大森林の実に6割を、近代的な日本の街並みに変容させてしまった。
庵野は街が生成されたその時は驚き、その先の対処に困ったものだが……森の中に隠れた巨大な都市、それも日本にそっくりな街があるというのは、庵野にとっては……いや、異世界人達にとっては最高の環境だった。
庵野は隠し立てすることをやめてグリンデルと正々堂々交渉を行い、グリンデルの中にできた街を独立した国家とすることに成功した。
それが、もう15年前の出来事だ。
庵野とグリンデル王家間が和解した理由。それは……グリンデルに危機が訪れた際は、アキバ街の戦闘要員達がグリンデルを防衛するという、内約にあった。最初は庵野自身が戦いに赴いていたが、10年も経つと戦闘員も増え、アキバ街は「独り立ち」した。そして、庵野たちレジスタンスは本部を別の場所に移した。
幸いなことに、大した資源も無い状態で鎖国を続けるグリンデルに興味を持つ国は少なく、加えて2年前に現れた少女の異能によって、アキバ街は外部から完全遮断された要塞となった。それ以降、アキバ街は異世界人たちの安住の都市となっていた。
「庵野さん!」
アキバ街の便利屋、有江田が庵野のもとに走ってやってきた。
「有江田さんじゃねぇか。どうした? 街まで5キロはあるぞ」
「はぁ……はぁ……大変なんだよ!」
有江田は肩で息をしながら、庵野の両肩を掴んだ。
「……何があった」
「結界が、花ちゃんの結界が消えてるんだ!」
「何ィ!?
庵野は有江田から緊急事態を聞くやいなや、軽い屈伸運動をした後、剣を抜き、しゃがみこんでから一気に飛び上がった。
およそ人間のジャンプ力とは思えぬ、異様な跳躍力で飛び上がった庵野は、高く伸びた広葉樹の枝葉を剣で切り落としながら、ぐんぐん高度を上げ、森の木々の上の、さらにその上まで到達した。
庵野が森を飛び出した能力……それは飛行魔法などではない。庵野の異能は「跳躍と着地」ただそれだけなのだ。しかし、庵野は「跳躍して無事に着地する」という、この2つを極限まで磨き上げることで、ほかの異能者や魔導士にも勝る戦闘力と機動力を手にしていた。
「本当だ……街が、見えちまってる。よし、花代ちゃんの小屋は……あっちだな」
庵野はアキバ街の外にある、花代の住む小屋めがけて落下する。
ドン……と、鈍い音を立てて地面に着地した庵野は、すぐさま花代の住む小屋の扉を開けた。
「花代ちゃん!」
「えっ?」
そこには、上半身裸の少女……山田花代がいた。
「きゃああああああ!」
「すまん!」
庵野は慌てて扉を閉め、表に出た。
「いや、違う、花代ちゃん! 大変なんだ!」
再び庵野が扉を開けると、そこには誰もいなかった。しかし庵野は慌てず、虚空を見据えながら口を開く。
「花代ちゃん。すまなかった。急いでいたもんでさ。実は、アキバ街の結界が消えているんだ。それを確かめに来た。着替え中に突然扉を開けてしまって申し訳なかった」
庵野は頭を掻きながら、さきほどまで少女が居たほうを見ながらつぶやいた。
「私の結界が……消えてる?」
着替えを済ませた少女が、結界の影から姿を現す。
「ああ。有江田さんが走ってきてそう言ったんだ」
「そんなはずないです。いまだってきちんと結界を発動したんですから」
花代は自分の横にある虚空をノックする。
山田花代の結界は〝自分の外側に、自分を囲わない、ステルス能力を持った結界を生成する〟というもので、彼女は今、自分と庵野の間に結界を張って、自分の姿をドア方向から見えないようにしたのだ。
「確かに、使えているが……さっき、ここにジャンプで来たんだよ。そうしたら、街が目視できる状態になっていた」
「本当ですか!? 行かなきゃ!」
二人は小屋を出た。
「アキバ街まで1キロくらいあるな……よし……急ごう。ほら」
庵野はそう言って花代に背中を向けてしゃがんだ。
「おんぶですか……」
「飛んだほうが早いからな。嫌か?」
「べつに……」
花代は庵野の背中に身体を預けた。
「しっかり摑まってろよ」
庵野は再びしゃがみこんで跳躍する。
「ほんとだ! 街が見えちゃってる! どうして!?」
花代は庵野の背中の上で彼の肩越しに街を指差した。
「あぶねえから両手で摑まってろ! すぐ落ちるぞ!」
その言葉通り、二人はアキバ街の前まで急速に落下していった。
「もう、今から結界張っちゃうね!」
「待て! どうなってるか確かめてからにする」
その数秒のやり取りの直後、二人は街の前に着地した。
「花代ちゃん、結界は、いつ〝更新〟した?」
庵野が花代をおろして、彼女にたずねる。
「3日前。私の結界は1週間はもつはず。だから……何か、おかしいね」
花代は結界があるはずの場所を見ながら顎に指を添えた。
「ああ。攻撃されたとか、そういうのはわからねえか」
「そんな便利なチカラじゃないの……でも、私がいちばん最初に結界を破られた時に、ちょっと似てるかも」
花代は結界を張りなおした。庵野と花代の眼前から日本の街並みが消滅し、森しか見えなくなった。
「破られたことがあったのか」
「うん。あの、闇魔法? とかいうやつで」
花代は人差し指をくるくると動かしながら庵野に説明する。
「またあいつか……」
庵野は頭を手で押さえながらうなだれた。
「あいつ?」
「いいや、気にすんな。そんで、花代ちゃんの結界は闇魔法を食らったらすぐに消えちまうのかい?」
庵野は眉間にしわを寄せながら、花代に尋ねる。本来、街の防衛の要を年端も行かぬ少女に任せるのは心苦しかったこともあり、庵野は彼女の事をあまり聞かずにこの大役を任せてしまっていた。それが、今回の失敗の元となってしまった。
「そんなことないわ。闇魔法を受けようがドラゴンの炎だろうが、食らっても傷ひとつつかないんだけど……結界が疲れちゃうっていうか。期限が早まるの」
「なるほど、な……よし、今後結界が消えちまった時のために、花代ちゃんの家の場所を知る人間をあと2人ほど増やそう」
「……じゅんこお姉ちゃんと、いっくんが良い」
「海市はスカウト組だからだめだ。いっくん……野上か。あいつも今この街にいないじゃねぇか」
「でも、すぐに帰って来るって言ったもん」
花代は頬を膨らませて庵野を見上げた。
「うーん……あっ、ウグさんならいいだろ、お前ウグさんのパン、好きだし」
「
「ああ。とりあえず、ウグさんに任せてもいいか?」
「うん」
「よっし、じゃあ、とりあえず後でウグさんには花代ちゃんの家の事を話しておくよ。で、今回の出入り口はどうした?」
「目の前」
「オーケー。じゃあ、まずは家に帰ろうか」
庵野はまたしゃがんで背中を向けた。
「……歩いて帰るからいい!」
少女は庵野の背中を平手で叩いて小走りに家の方向へ駆けて行った。
「200年もオッサンやってると、思春期の事なんてもう、わかんねぇや……」
庵野は少女の背中を見守りながら、頭を掻いた。
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