被害者に吊るされた男(ハングドマン)②

「へへ……アーノルドはなんだか俺に似ててさ、安心するんだよ」

 トンブライ国城下町のパブの一角で、青年は照れ臭そうにはにかみながら、阿房を見た。


「……ああ、弱そうなところ?ラムダもなんだか〝被害者〟って感じだもんなぁ」

 阿房はふっと微笑み、ラムダを見た。阿房この国で、アーノルド・ボウと名乗っている。



「……うーん、まあ、近いかな……俺っていっつも〝小動物〟なんてバカにされてるしさ」


 ラムダは阿房に、売り物の干し肉を差し出す。


「今日は、こいつで一杯やろうよ」


「それ、売り物じゃないか。いいの?」

 そう言いつつ、阿房は干し肉を受け取る。


「いいんだよ。羊の干し肉は失敗だった。ちょっと臭くってさ。味は良いんだけどね」


「なるほどね」


 阿房がトンブライ国に潜入し、異世界人レジスタンスの情報収集担当として活動し始めて3ヶ月。

 トンブライの情勢を探っている最中に出会った商人の青年、ラムダと友好な関係を築く事に成功した阿房は、彼から様々な情報を引き出していた。


 トンブライ国は100年前まで〝支配者会談〟に陪席することすら叶わぬ小国だったが、現王のダモアが即位した後、徐々に国力が上がり、繁栄を始めた。

 ダモア王は侵略を望まず、統合した国の文化や法を尊重する王であったため、トンブライに敗戦した国はその庇護を受けるため容易く統合を受け入れていった。

 そして10年前。ヴィトン・プインダムが将軍となり、トンブライは戦闘国家の色が濃くなった。それを見て焦った五大国中最小国であるミネルウェルは、トンブライに戦争を仕掛けた。


 結果は今のトンブライを見れば一目瞭然。ミネルウェルは滅び、トンブライが5大国の仲間入りを果たしたのだ。


 しかし、そんな歴史的な戦いの記録はなぜか少なく、トンブライ国内でもあまり語られる事は無い。

 ただ、プインダム、そして参謀で魔導士のオーに加え、ダモア王本人も、その戦いに出ていたらしいと言うことは知られている。


「おい、聞いてるか?」

 ラムダが阿房の肩を小突き、阿房は我に返った。思考が回り出すと人の話が聞こえなくなるクセが、阿房にはあった。


「あ、ああ。ごめん。ちょっと考え事してた」


「しょうがないなぁ。もう一回言うよ。お前が気にしてた、ミネルウェルとの戦争の話……あれは英雄プインダム将軍の手柄じゃなくて……ダモア王一人の戦果らしい。王一人で、敵国を潰したらしいんだ」

 ラムダは嘘のような話を、大真面目な顔で始める。


「そんなバカな……ダモア王はいつも寝不足で、法整備の書類に追われる、政治家タイプの王だと……」

 資料には書いてあった、と言いかけて阿房は言葉に詰まった。


「誰かに聞いたのか? まあ、城下町に暮らす人間でもそう思うんだ、田舎から来たアーノルドがそう思うのも当然だよ。でもさ……ダモア王は……本当はめちゃくちゃ強いらしい」

 ラムダは声を潜めながら話を続ける。


「ダモア王は、剣も魔法も一切通用しない、特異体質らしいんだよ」

 ラムダは剣を振る動きをしておどけて見せる。


「へぇ……」


「おい、邪魔だ」

 2人の背後から低い声がした。


「え?」

 2人の後ろに、大男が立っていた。


「そこは俺様の特等席だ」

 大男は阿房とラムダの座席を無理矢理引きぬき、2人は床に尻餅をついた。


「痛いなぁ……」

 阿房は大男を軽く睨む。


「なんだ、文句あんのか!? ああ?」

 大男は両手に椅子を持って凄む。


「ひえっ……あ、アーノルド、行こう」

 ラムダは阿房の顔を見た。阿房はうつむいている。


「アーノルド?」

 ラムダは阿房の顔を覗き込んだ──


 ──彼は、ラムダが出会ってからの3ヶ月の中で、最も嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 まるで、理不尽な暴力を受けるのを心待ちにしていたかの様な、怪しい微笑み。


「おい、下向いてねぇでさっさとどけろ!」


「あ、アーノルド! 早く行こう!」

 ラムダは阿房の腕を掴んで、カウンターに代金を置いてそそくさと店を出た。


「ふぅ……危なかった……なあ、アーノルド。さっき笑ってなかったか?」

 ラムダは阿房の顔を見るが、阿房は疲れた表情をしており、先程までの怪しい笑顔はどこにも見当たらない。


「笑うわけ、ないじゃないか」

 阿房が微笑んだその瞬間、バーから悲鳴と大きな音が聞こえてきた。


「あの大男、結局暴れやがったな……アーノルド、残念だけど、早く離れよう……うぅ、ビビりすぎて漏れそう。俺、そこでトイレ借りて来るわ!」


「ああ……」


 ラムダは別の店に駆け込んで行った。


「本当に残念だよ。あの大男が死ぬところを、見られないなんてさ」

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