理に抗う隠者(ハーミット)①

「あんたらさぁ、わかりやすすぎんだよね」

 カードをテーブルにばら撒いた青年は、タバコを灰皿に押し付けて火を消し、卓の中央に集められた金を掻き集めた。


 5枚のカードは、ロイヤルストレートフラッシュ。青年はそのまま立ち上がろうとするが、髭面の男が青年の腕を掴む。


「くそッ! 待てよ!勝ち逃げかよ!?」

 髭面の男は全力で青年の腕を掴んでいるが、青年は顔色ひとつ変えず、男を見下ろしている。


「……ああ。そうさせてくれ。子どもが待ってる」


「そうはさせるか! そもそもてめぇ、何か魔法でも使っ……」

 髭面の男が青年を倒そうとしたその瞬間──


「おじさん、エルをいじめてるの?」


 ──幼い少女が、髭面の男の裾を掴んだ。


「あ?」

 男は少女を見下ろした。


「ああ、そうなんだ。このおじさんが俺をいじめるんだよ」

 エルと呼ばれた青年は悲しげな表情を作るが、その目は笑っていた。


 髭面の男は青年に向き直り、舌打ちをする。


「おい、クソ野郎。ガキを使って同情引く気か?」

同じ卓についていた別の男が青年を睨みつける。


「うわぁ、こわーい、みんなにいじめられてるよ俺」


「おじさんたち、ひどい」

 少女は髭面の男の裾を掴んだまま、泣きそうな表情になっていく。


「ガキは黙ってろ!」


「ひっ……ふぇ、え、えええええん!」

 少女は男に凄まれ、泣き出した。それと同時に、青年は鼻をつまむ。


 泣き止まぬ少女。その様子を面倒くさそうに見下ろす髭面の男の目からも、涙が溢れ出した。


「な、なんだ……?」

 髭面の男は青年から手を離し、自分の頰に触れる。涙が止まらない。


「ふええええええん!」

 少女は泣き止まない。


「う……うぉ……うわぁあああああ!」

 髭面の男も号泣し出した。コントロール不能な感情が男を襲い、困惑と悲しみに心を支配された男はひたすら泣きじゃくる。


 その様子を見た周囲の人々も、男たちのテーブルに集まり始める。


「おいどうした、ケンカならよそで……うぁ、ぁ、ああああ……うっ……えぐっ……」

 仲裁に入ろうとした男が、髭面の男と同じ様に涙を流し始めた。


「えええええん!」


 そして、青年を除く、テーブル周辺の全員がそれぞれに涙を流し始めた。


 悲しみは次第に広がってゆき、やがてパブ全体が号泣しはじめた。

 その場に座り込む者、テーブルに突っ伏して涙を流す者、持っていたグラスを落として静かに泣き続ける者……嗚咽と叫び声が店内に響き渡る。その様子を、青年は鼻をつまんだまま、無表情で見回す。

 そして、青年は少女を連れて店を出た。


「うぅ……ひっく……う、うう……」


「ほら、これをお食べ」

 鼻をつまんだまま、青年は少女にキャンディを手渡す。


「……わぁい!」

 少女はぱっと明るい表情になり、機嫌を直した。


「……ふぅ。やれやれ。怖いおじさんたちにいじめられずに済んだよ」

 青年は鼻から手を離し、少女の頭を撫でる。


「まだいじめられてなかったの?」

 少女は青年を見上げて首をひねった。


「いや、いじめられ……始めてた、かな」


「ふーん……」

 少女は興味なさげにキャンディをコロコロと口の中で転がしている。


「さて……そろそろ金も貯まってきたし、別の国に行くか」

 青年は背伸びして、天を仰ぐ。


「でんしゃ?」


「……ごめんなぁ、モエ。前も言ったけど……ここにはデンシャとかいう乗り物は無いんだよ。でも、何か乗り物には乗ろうな」

 青年は少女に微笑みかけ、彼女と手を繋ぐ。


「しょうがないなー」

 少女は青年を見上げて微笑んだ。


「……なあ、モエ」


「なぁに?」


「お前もいつか、その……パパとママのところに、帰るんだよな」

 青年は悲しげな表情を少女に向ける。今度は、その目も悲しげだった。


「エルも帰ろうね」

 少女は満面の笑みを青年に向けた。


「ああ、そうだな……一緒に……行こうな」


「エルも一緒に暮らそうね!」

 少女はそう言うと、青年から手を離して駆け出した。


 少女の無邪気な後姿を見遣り、青年は呟く。


「……世界がそれを許してくれるのなら、本当は俺もそうしたいよ。モエ」

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