46. 二手に分かれましょう

「でも、数は多いほうがいいでしょう? 何か力になりたいの」


 もうひと押しだ。畳み掛けるように言うと、フローリアがうろたえた。ラミカと視線を交わしてから、イザベルに向き直る。


「実は……会場の飾り付けの備品をいくつか調達しないといけなくて。下町なら顔が利くので、これから行こうと思っているんですけど、荷物が多いので男手もあると助かります……」

「そういえば、クラウドは?」

「一般生徒のミゲルと一緒に、学生議会の会議に出ています。ミゲルは外部入学生なのですが、楽団との交友が広くて。決められた予算の中で、劇団や楽団と交渉しなければなりませんから、その段取りで協議している最中かと」


 クラウドが一緒ではなかった理由はそれか。納得したイザベルは、決定事項というように立ち上がり、この場を取り仕切った。


「じゃあ、二手に分かれましょう。フローリア様の馴染みの店には、フローリア様とラミカさんが行ってくださる? そのほかのお店は、わたくしとリシャールが回ってくるわ」

「……本当にお願いしてもよいのでしょうか?」


 ラミカが不安そうに尋ねる。

 確かに、星祭り実行委員でもないイザベルが手伝う理由はない。しかもエルライン伯爵家の権威を借りて、そこそこの地位にいる伯爵令嬢が自ら動く必要もない。

 しかしながら、状況は思ったより深刻だ。

 白薔薇ルートなのに、実行委員に選ばれたのはクラウド。買い物イベントに攻略対象が同行しないなんて事態、ゲームでは起こらなかった。

 イレギュラーの連続に頭が痛くなるばかりだが、その原因が自分にある以上、フローリアの手助けをしたい。

 現実として、彼女が困っているのも事実なのだから。


「大丈夫よ。わたくしも星祭りは楽しみにしているの。あまり役に立たないかもしれないけど、準備を手伝わせてほしいの」

「……わかりました。では、こちらが買い出しのリストです。よろしくお願いいたします」


 ラミカから受け取ったメモを大事に抱え、恐縮しっぱなしの二人を笑顔で見届ける。


「……リシャール」

「はい」

「何か言うことはあって?」


 今まで無言を貫いていた執事は目を細め、ひとつだけ、と前置きしてから述べた。


「イザベル様にとって、フローリア様はどういう方なのですか?」

「かけがえのない友人よ。婚約者に色目をつかう恋敵だと思っていた?」


 冷ややかに問うと、リシャールは感情を押し殺すように目を伏せた。


「……いえ、薄々そんな気はしていました。彼女を害することはイザベル様を敵に回すということですね」

「ふふ、そのとおりよ。彼女に何かしたら、たとえリシャールであっても許さないわよ?」

「肝に銘じます」


 翡翠の瞳を見据え、イザベルは牽制を込めて微笑んだ。

 その意味をすぐさま察したらしい彼は神妙に頷き、イザベルからリストを受け取る。


「これは……女性二人ではきつい量ですね。時間ももったいないですし、早速行きましょうか」

「ええ、そうしましょう」


 普通であれば、買い物は執事に任せて、主人はお茶でも飲んで待っているのが正しい主従関係だろう。だが、イザベルはただ待つだけのタイプではない。

 リシャールが先導する背中に続き、いざ買い物ミッションスタートである。


      *


 広場で時間つぶしをしていたイザベルは唇を尖らす。


「……おかしいわ。遅すぎる」


 彼女の後ろには、布やリボンなどが詰め込められた箱が積み重なっている。すべてリシャールに運ばせたものだ。


「そうですね。まさか迷子になることもないでしょうし……」

「一体、どうしたのかしら」


 フローリアにとって、城下町は庭のようなもの。なかなか自由に外出できないイザベルと違って、裏道も熟知しているはずだ。彼女たちに任せた買い出し先は、フローリアの知己の店。可能性はゼロではないが、店主と問題が起こるとも考えにくい。

 空は橙色と茜色が混在し、太陽の位置もだいぶ下に移動している。


「もうじき日が暮れるから、探すなら早くしないと」


 しびれを切らしたイザベルが立ち上がると、長く伸びた影が壁伝いにこっちに向かってくるのが見えた。

 反射的にリシャールが前方をふさぐ。

 濃い影は、陽炎のようにゆらりと、じれるような速度で忍び寄る。

 イザベルが逆光を手でひさしを作って目を凝らしていると、ふと人影が狙いを定めたように駆け出す。

 細い路地から飛び出してきた影は女性のもので、リシャールが目の前に立ちふさがると、その腕にすがりつく。

 何事かとイザベルが背中から顔を出すと、顔面蒼白の女と目が合う。


「イザベル様!」

「……ラミカさん!? 一体、どうしたの……」


 漆黒のロングストレートは振り乱れ、縁なし眼鏡の下には、灰色の瞳が切なげに揺れている。


「ねえ、何があったの。フローリア様は一緒ではないの?」

「……っ」


 彼女の後ろを見やるが、桃色の髪は一向に見えない。

 無言で追求する二人の視線に耐えかねたのか、ラミカがうつむく。リシャールにしがみついていた力も抜け落ち、だらりと腕が下がる。

 彼女は視線を地面に縫い止めたまま一言、ぽつりと告げた。


「フローリアさんが誘拐されました」

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