第5話 ロリと修羅

 股間のペンを揺らしながら、賢治は何度目かわからないため息をついた。


 1回戦Bブロック、間もなく試合開始である。先の勝負に同じく下履きは脱がされ、緊張と羞恥と寒さで太ももが震えた。齢三十すぎてなぜ下半身裸を晒さねばならぬのだろう。


「トゥガル、どうしても僕は貴方に聞きたい」

「何だ?」

「どうしてこんなことをするんだ……見るからに下らない催しだって貴方もわかるだろう、その女神様とやらに意見はできなかったのか」


 もはや愚痴でしかない問いであったが、トゥガルは特に気にする様子もなく応えた。


「我々は女神様に逆らえないのだ」

「それは上司だからか」

「まあそんなところだ」


 神々もやはり上下関係で苦労するのか。

 賢治はほんの少しだけこの神々に親しみを覚えたが、トゥガルかほんのりと頬を赤らめたことにはついぞ気が付かなかった。



 ※ ※ ※



「それではこれより、女神ダーテ主催・偉人対抗イキ我慢選手権Bブロックの試合を始める!!」


 歓声とライトの中を、両者の両者がぶらりチン道中しながら進んでいく。


「青コーナー、『生涯射精さずに死んだ男』宮沢賢治!」


 一方はトゥガルが召喚した宮沢賢治。

 そして。


「赤コーナー、『少女が好きすぎて不思議の国あっちから帰ってこない』ルイス・キャロル!」


 少年神ヴァンダイに率いられて入場したのは、神々にも劣らぬ甘いマスクを備えた男だった。しかし何かがおかしい。しきりにぶつぶつと何かを呟いては、幸せそうに微笑んでいる。これは――


「ヴァンダイ、まさか貴様」


 トゥガルが戦慄する。ヴァンダイは愛らしい顔を狂気に歪めて笑った。


「そうだよ、僕はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンじゃなくて『ルイス・キャロル』――現実的な一人の男じゃなくて『少女を愛した変わり者※少女愛好については諸説あります』を喚んだんだ。ちょっとしたオプションつきでね」


 こいつぁやべえ。色んな意味で。

 賢治が顔をひきつらせるのをよそに、ヴァンダイは楽しげにうそぶいた。

 

「さあ、夢の世界に入り込んだ彼をイかせられるかな?」





「それでは両者――始め!!」


 手を濡らしたあと、互いの筆を握り合う。

 試合開始の号に合わせてしごき下ろすがやはり拙さは否めない。


(ひとり遊びもろくにしてこなかったからな……)


 今更ながら、賢治は己の禁欲生活を悔やんだ。

 しかし手技の拙さはキャロルも同様であり、多少こそばゆくはあるが快感につながる動きにはならない。


 シュッシュッシュッシュッ


「アリス……」


 先程より近くに来たせいか、キャロルの独り言が聞き取れた。恍惚とした表情で、その場にいない少女に呼びかけている。


「もっと首を傾げて……そう……目線は真っ直ぐ……」


 目の焦点は合っておらず、完全に自分の世界に入り込んでいるのがわかった。このままではキャロルを達せられないし、賢治の賢治は拙いながらも物理刺激でゆるく勃ち上がりかけている。


(くそっ、らちがあかない……僕はどうしたらいい? どうしたら……)




 そのとき、ふと、Aブロックでのニュートンの様子が脳裏をよぎった。




(彼は何をしていた?)


 彼は物理学者だと言い、己のテリトリーである物理学を試合に応用していた。


(僕は誰だ?)


 僕は童話作家だ。


(童話作家とは何だ?)


 童話作家とは――




「そうだ、僕は童話作家だ――空想を自在に操る者だ!」




 閃きが裏筋から脳髄へと駆け抜けた。




「……目覚めたか」


 顔つきが変わったのに気づき、トゥガルの眼光が鋭くなる。


 賢治はまず、目を閉じると広大な野原を思い浮かべた。

 それは賢治が生前、己の性欲と戦った夜に、ただひたすらに歩いた外山御料牧場の景色であった。干し草の、馬の、風の、懐かしき匂いまでもが鮮明に蘇ってくるようだ。

 それは同時に、肉欲の疼きが掻き消える感覚も思い出させた。みるみるうちに、股間のクラムボンがしゅるしゅるとしぼんでいく。


「これが……これが僕の『不射ださずの技』だ」


 だがこれだけでは勝てない。

 攻めの一手がなければ勝てない。妹に会えない。


(空想の世界に閉じこもっているなら――)


 賢治は尻肉を椅子から浮かせ、キャロルの耳元に唇を寄せた。


(こちらが『空想の世界に乗り込む』!)


「はらり」


 すると、キャロルの身体がぴくりと跳ねた。目が明らかに泳いでいる。


「だ、だめだよアリス……僕はそんなつもりじゃ」

「すりっ……すりっ……」

「あっ……そんなとこ……君の手が汚れ……うっ」


 直接手を触れているわけではないのに、むくむくとキャロルのフラミンゴが首をもたげはじめた。口では嫌がっているが興奮はしているらしい。


 いける!


「ぬちっ……ぷちゅっ……ぐちぐちっ」

「ああっ……だめっ……そこは違う穴で……」


 さすがはルイス・キャロル、同じ作家だけあってたくましい想像力である。言ってないところまで補完し始めた。

 こうかは ばつぐんだ!


 賢治はここぞとばかりに攻め立てた。


「ぶちゅぶちゅぶちゅぶちゅぶちゅぐぢゅぐぢゅぐぢゅぐぢゅぐぢゅ」

「うああああああああぁぁぁっっ!!!」


 キャロルのマッドハッターは硬くそそり立ち――




 ビュルルルルーーーーーーー!!!!!




 ついに果てた。




 わああああああ!!


 放たれるビーム砲。イケメンの絶頂シーンに一部の女神たちが思わず●RECと呟いたという。

 歓声にのまれそうになりながら、賢治はふらふらと席を立った。勝った。なんとか勝った。これは――


「勝ったほうも恥ずかしいぞこれ!!」


 羞恥からは逃れられないことに賢治が打ちひしがれる。

 一方、ルイス・キャロルもよろよろと立ち上がった。あたりをきょろきょろと見回している。


「ここは……どこだ?」


 その様子に、トゥガルとヴァンダイは顔を見合わせて驚いた。


「正気を取り戻した……だと!?」

「まさか、賢者タイムに突入した夢から覚めたのか!?」


 ハッとして、ヴァンダイがバトルフィールドに飛び降りる。身軽に受身を取ると、キャロルのもとへと駆け寄った。


「僕の召喚が甘かったのか……?」


 様子を見に来たヴァンダイを、ルイス・キャロルは初めて視界に捉えた。そこにいたのは美少女とも見間違えてしまいそうな輝くばかりの美少年だった。


 キャロルの心臓が跳ねた。


「君は……」


 途端、さらさらとキャロルの身体が光の粒子となって舞い上がっていく。


「えっうそ! ちょっと待って!? なんで今!?」

「あくまで予想だけど」


 事態についていけないヴァンダイの肩をぽんと叩きながら、賢治は言った。




「僕の手で達したわけではないから消えなかったけど、今ちょうど美少年の君に目覚めたんじゃないだろうか……」

「うそだろーーー!!!?」




 ルイス・キャロル、一瞬の正気シーンであった。





 1回戦Bブロック 〇宮沢賢治 ─ ルイス・キャロル●

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