1回戦Bブロック 宮沢賢治 VS ルイス・キャロル

第4話 異世界、ふたりの便器

 その日の夜、宮沢賢治は共用の便所で用を足していた。


 見慣れない形の便器へ向かって、黄金色のアーチが描かれる。異世界の神々も男は立って小便をするのだなあと妙な感慨に浸っていると、背後からひたひたと足音が聞こえた。


 賢治が振り向くと、そこにいたのは思いもよらない人物であった。


(アイザック・ニュートン……!?)


 身体中に緊張が走り、思わず照準が狂う。当のニュートンはゆらゆらと賢治の隣に立ち、昼間のことなど何もなかったかのように下履きを下ろし始めた。


 しょろしょろと、ふたり分の放尿の音だけが響く。


 と、ニュートンが口を開いた。


「私は負けるのが嫌いでね」


 賢治はニュートンを見た。ニュートンは己の黄金水が引力に従って泉を作るさまを眺めている。


「特に自分の専門分野に関して、他人に負けることなど全く我慢ならない。私に挑もうなどという不届き者は完膚なきまでに潰す。それが私だ」



 一方的に話しかけられ、賢治は何も返す言葉が浮かばぬままだ。ただただ、夜の薄明かりの中に独白が溶けていくのを受け入れるしかできない。


「『不射ださずの技』も同じだ。これは私だけの技、私だけの伝説だ。ケンジ、君の話をハチェロから聞いたとき、私は怒りに震えた。この次元に私と同じく『一度も射精さずに死んだ男』がいるなど到底許すことは出来ない」



 ゆらり、と眼光がこちらに向けられた。



「ケンジ、必ず勝ち上がって来い。必ずだ。貴様は私が、私の手で必ず潰す。そうでなければ私はこの身体にくすぶる炎を消すことが出来ない」



 そこまで言い残すと、ニュートンは己の分身を軽く振るい、手を洗って便所をあとにした。

 面と向かって宣戦布告を受け、あ然として立ち尽くす賢治であったが、そこで初めてつま先に誤射したことに気が付き大きくため息をつくのであった。



 ※ ※ ※



 そのころ。



此度こたびの勝負、ご苦労さまでした」


 女神ダーテの労いに、四人の神々の二柱であるザーオとハチェロは静々と頭を垂れた。


 さすがは愛を司る女神とあって、その姿は全てのものを虜にする美貌を備えている。跪いた先に見える輝くばかりの白いふくらはぎに、ザーオは心臓が高鳴るのを感じていた。


「ご期待に添えず申し訳ございません、ダーテ様」

「このくらいのことは想定内です。頭をあげなさい」

「……ありがたき幸せ」


 目線を上げると、眼鏡の向こうにあったのはたわわに実ったふたつの罪の果実であった。白絹で描かれたゆるやかなテントではっきりとした輪郭はわからないものの、顔をうずめれば神でさえも昇天してしまうだろう。


「さて、残るは三人……トゥガル、ヴァンダイ」

「ここに」

「はい、ダーテ様」


 トゥガルと共に前へあゆみ出たヴァンダイは、男神たちの中でも一際小柄な神であった。あどけない顔は女神を前にしたプレッシャーで紅潮している。

 それをちらりと見やり、ダーテは優しげに目を細めた。


「次の試合はあなた方ですね。たくさんの神々が今か今かと心待ちにしているようです。もちろん――」


 女神ダーテは甘やかな香りをふわりと漂わせて背中を向けた。そこにいた四人の神々は酔ったかのような心地で、背筋を形作るくぼみに目を奪われる。



「――わたくしも」



 女神の双眸と口元が、三日月型に歪んだ。

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