第3話 はだかの腰

「それではこれより、女神ダーテ主催・偉人対抗イキ我慢選手権Aブロックの試合を始める!!」


 目の前に広がるバトルフィールドに、賢治は目を丸くした。


 屋外体操場※現在で言うグラウンドふたつ分ほどのフロアの中心に、椅子がふたつ並べて置いてある。頭上からは目がくらむほど煌々と照らされ、周りにはアナウンスを聞いた大勢の観客が歓声を上げていた。

 地味にシコシコ行われるとばかり思っていた賢治は、思わずトゥガルを二度見した。


「『不埒な催し過ぎて人を呼べない』んじゃなかったのか!?」

「全員この世界の神々なので問題は無い」

「ああ……?」


 人じゃないから恥ずかしくないもん。

 そんなわけあるかい。


「そんなことより、始まるぞ」


 促され、神々に混ざって観客席に座る。

 腑に落ちないままフロアを見やると、ちょうど選手入場が始まるところであった。


「青コーナー、『美少年が好きすぎて童貞で死んだ男』上杉謙信!」

「赤コーナー、『生涯射精さずに死んだ男』アイザック・ニュートン!」


 ひどい紹介である。少しは偉業にフォーカスしてくれ。


 上杉謙信は中性的な眼鏡の男神の、アイザック・ニュートンはハチェロの後ろについてフロアに足を踏み入れた。上杉は堂々とした勇壮な足取りで、ニュートンは周りを警戒しながら落ち着かない様子で椅子へと歩く。


 ただし下は履いていない。


(うわあ)


 のちほど自分もあれをやるのかと思うと、賢治は非常にげっそりしてしまった。どうなってんだここの神々。

 イチモツが右へ左へご機嫌にスイングしているのをまじまじ見る気になれず、横に座ったトゥガルを見ると真剣な顔つきで腕組みしている。


(いかん、僕が正常なのか周りが正常なのかわからなくなってきた)


 正気が揺らいだ賢治は、逃げられない運命を前にして心を無にすることに決めた。



 ※ ※ ※



 武将・上杉謙信には勝算があった。

 相手は見るからに中年男性だ。己の性癖にはかすりもしない。見ろ、股間の短刀も鞘から出てこないではないか。


(この勝負、もらった……!)


 椅子に座り、手を濡らし、互いに股をぱっかんと大きく開く。ニュートンのしなびたりんごの木をむんにりと握り、ニュートンもまた上杉の五虎退をむんにりと握った。


 脈打ったのは鼓動か股動ちんぴくか。


「それでは両者――」





「――始め!!」




 異変はすぐに起こった。


「うっ……!?」


 上杉が身体をよじりうめく。

 快感が、法悦の如き快感が腰骨をどろどろと溶かしかねん勢いで駆け抜けていく。


 シュッシュッシュッシュッ


 ニュートンの手元を見ても特別なことをしているようには見えない。だが――無性に気持ちイイ。性癖の壁を破壊するレベルで押し寄せてくるそれは、股間の五虎退をみるみるうちに姫鶴一文字へ変貌させていく。


 なんだこれは――!!


 一方、ニュートンは時折腰を揺らすものの、未だふにゃふにゃと柔らかさをキープしている。顔色ひとつ変えないさまはまるで何も感じていないかのようだ。


 ニュートンがおもむろにつぶやいた。


「私は物理学者だ」


 シュシュッシュシュッシュシュッシュシュッ


「『しごいて快感を得る』という動きはすなわち摩擦力……摩擦力のことならば私以上の人間はいない!」


 ヌチヌチヌチヌチヌチヌチヌチヌチ


「貴様……ァッ、何……ンッ、を……オフゥッ!」

「相手には最大、自分には最小の刺激が加わるよう計算し、動く。すなわち」


 グチュッ




「"万有ちん力universal erection"」




「ンフゥゥゥゥゥウウウウンンンッッ!!!」


 ビュルルルルーーーーーーー!!!!!




 身体を大きく弓なりに逸らし、上杉謙信はあっけなく絶頂した。

 生涯をかけて溜め込まれた「肉欲」という名のパワーが、天高く仰いだ切っ先から放たれる。

 それは超強力なビーム砲となってバトルフィールド中に栗の花の香を散らし、天井の一角に大きな焦げ跡を創り上げた。


「勝者、アイザック・ニュートンーーー!!」


 わあっ、と会場が歓声に包まれる。

 上杉謙信はしばしビクンビクンと放心状態であったが、己の身体が光の粒子となって消えかけていることに気がつくとひどくうろたえた。


「な、なんだ、おい! ザーオ! 聞いてないぞ!」


 ザーオ――上杉を連れてきた中性的な眼鏡の男神――は、淡々とこたえた。


「さもありなん、というやつですよ上杉。あなたはあくまで『美少年が好きすぎて童貞のまま死んだ』という伝説にすぎない……美少年以外の手の快感に目覚めてしまったら存在を保てないのです」

「なんだ……と……!?」


 辞世の句も告げぬまま、静かに掻き消える上杉謙信。熱狂冷めやらぬ会場の中、賢治はひとつの強い視線に気がついた。


 アイザック・ニュートンだ。


 射るように、真っ直ぐこちらを見ている。それはまるで、次に鳴き声を上げるのはお前だと言わんばかりの攻撃的な視線であった。




 1回戦Aブロック ●上杉謙信 ─ アイザック・ニュートン〇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます