1回戦Aブロック 上杉謙信 VS アイザック・ニュートン

第2話 ドン引きの攻守

 トゥガルから用意された私室で、賢治はひとり手のひらを見つめていた。


 荒地を耕し、種を植え、水にさらした手だ。ずいぶんゴツゴツとしている。

 ペンを握り、原稿用紙に添えた手だ。生きているうちに刊行した作品は少なかったが、「偉人」と称してばれたということは死後多くの人々の手に届いたのだろうか。


「しごき合いか……」


 誰に言うでもなく、賢治はつぶやいた。


「他の方法でとし子に会いたかった……」


 やんぬるかな。



 ※ ※ ※



「先に召喚されたAブロックのふたりから試合を行うそうだ。賢治、キミも敵情視察として見に来てくれ」


 試合会場へ続く廊下を、トゥガルの後ろについて歩く。絹糸のような美しい長髪が、筋骨隆々の背中を行ったり来たりしているのを見ながら、賢治は尋ねた。


「誰が戦うんだ」

「上杉謙信、そしてアイザック・ニュートン」

「ええ……」


 他所の世界ひとんちの伝説的偉人に何てことさせてんの。


「できればアイザック・ニュートンには1回戦敗退してもらいたいものだ……キミと同じ『不射ださずの技』の使い手と聞く。勝ち残られると非常に厳しいぞ」



「敗退ィ!? それはありえねェなァ!!」

「!?」



 そのとき、張りのある男の声が廊下に響いた。


 賢治が飛び上がって振り向く。

 ズカズカと大股でやってきたのは、髪を短く刈り上げた屈強な男だった。賢治に見向きもせずトゥガルに詰め寄ると、鼻先が触れそうなほどに顔を近づけてめつけた。


「ふざけたこと抜かしてくれるじゃねえか、トゥガルさんよォ」

「……ハチェロ、また貴様か」


 面倒くささを隠しもせず、トゥガルが顔を背ける。ハチェロと呼ばれた男は歯を剥いてえた。


「あァそうだ! オレだよ!! テメェに勝つためなら何度だって噛み付いてやるさ!! オレのアイザックは攻守揃えた最強の偉人だ……敗退なんて絶対ゼッテェありえねェ」


 と、ハチェロが初めて賢治のほうを向いた。


「なんだァ、コイツ? もしかしてテメェんとこの偉人かァ?」

「そうだ。彼もまた『不射ださずの技』の使い手だ」

「……ヒャァハハハハハ!! おもしれェ!!」


 ゲラゲラと至近距離で嘲笑われ、さすがの賢治も眉をひそめる。狭い廊下に哄笑こうしょうを響き渡らせながら、ハチェロは二人を追い越した。


「上杉だかイキ過ぎだか知らねェが、シュシュッのピュピュッでジ・エンドだ。オレの敵はテメェだけだ……」


 そして、顔だけ振り向くと、ドスの効いた声で唸った。


「テメェこそ敗退なんて萎える真似すんなよ、トゥガル」




 荒々しい歩みで試合会場へと消えていくハチェロを呆然と見送りながら、賢治は思った。



 いや自分らでやれよ、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます