第8話 カルファの診療所にて… 上
「…わかったわ。」
アサトの目の前には、よれよれのたばこを口に銜え、丸く分厚いメガネをかけた長い黒髪の女性が、白衣姿で長椅子の背にもたれながら、箱の形をしている物に話しかけているクレアを、何も言わずに見ており、アサトの後方で聞こえて来たクレアの言葉は、独り言に聞こえたが、かすかに誰かの声が箱から漏れていたように感じられていた。
ピっと言う機械音が聞こえると進み出したクレアは、クラウトの隣に立ち、小さな笑みを浮かべた。
「それは?」
クラウトの言葉に、手にしていた箱の形をしているモノを見たクレアは、クラウトへと差し出す。
「イリジウム衛星携帯電話…って言うんだって…、何日か前にデルヘルムから運ばれてきたみたいなの」
クレアはカルファへと視線を移した。
「そうね…。それで…、あなたがクラウト君なのね。エイアイから連絡は来ていたわ」
「来ていたって…」
「そう…、ここに寄ったらよろしくってね…。どうよろしくしたらいいのか、分からないけど…」
カルファは、近くにあった灰皿によれよれのたばこを押し付けて、火を消すと、クラウトからアサトへと視線を移した。
「そして…。あなたが噂の…アサト君ね。」
「はい…と言うか、噂って……」
カルファの視線は分からないが、どうみてもつけているメガネがエイアイにそっくりであり、その奥にある瞳が分からないだけに、エイアイと同じモノなのではないかと、少しばかり思ったが、言葉は、エイアイよりもはっきりとした生気のある言葉だったので、彼女は、生き物であるとは…、失礼だが、そうである事はどこかで思い込んでいたが…。
「なんか…、ヒトを見るような目で無いね…」
アサトの視線の意味が解ったのか、メガネを外した。
メガネを外した先にある瞳は、少しばかり緑が混じっているようであり、綺麗な瞳である。
「これでわかった?わたしは生き者よ…エイアイとは違うわ!そして…、これでも、私は学者の一人…って言うのもなんだけどさ…」
「学者?」
クラウトの言葉に小さな笑みを見せた。
「そう。学者で医者なのよ。学者の専攻は、生体に関わることね…。DNAとか…。まぁ~言っても分からないと思うから省くわ。医者での専門は循環器…。って言っても、これも分からないでしょうね。…動物の器官の分類の1つで、血液やリンパ液などの体液を、体内で輸送し循環させる働きを行う器官の専門医よ。まぁ~心臓外科も専攻をしていたけど…」
「心臓?」
アサトが胸を押さえた。
「…あなたのカルテはもらったわ。そうね…白血病であったのは確かよ。私がセカンドオピニオンの一人で、診断を下したわ…。それにしても…ホンと生きていたなんて驚きよ!」
エイアイが、セカンドオピニオンの話しをしていた事を思い出した。
あの時、『ラッシア』に運ばれてきたアサトを、『ラッシア』に常駐していたエイアイ認定の医師が診察して、この病気ではないかと言う事を報告したようであり、その後、『ファンタスティックシティ』へと移送して、到着後、採血や胸部レントゲン、MRIに骨髄検査などを経て、街にある病理センターで、一次診断をした後、現在2次審査…いわゆるセカンドオピニオンと言う、まったく関係のない医者が診断をしていると言っていた事。
「なら…あなたが…」
「ふふふ、そうよ…でも生きているなんてね…。まぁ~、あとから血を分けて頂戴。研究材料にしては、とても興味深いし、同じような事案に対して、なにかしらの処置ができるかもしれないから」
「あ…、はい…」
カルファの言葉に小さく頷いたアサト。
「それで…、衛星携帯電話とは…」
クレアから受け取った箱の様な物を、隅々まで観察をはじめたクラウト。
長細い箱は、縦に20センチ程で、幅が10センチ程、重量も少しある物で、黒く太い棒が1本出ており、箱の上部と思われる場所に小さな画面があって、そこには文字が映し出されており、画面の下には、上に▲、下に▼の絵が描かれているボタンに、-の記されたボタンが、三角が書かれたボタンの両脇にあり、その右下には、緑の三角、左下には、赤の三角が書かれてあるボタンがあった。
その下には、12個、上部に1・2・3と書かれてあり、2段目には4・5・6、3段目には、7・8・9、そして、4段目には、※・0・♯が記されてある。
「わたしもあんまり使い方は分からないんだけどね…」
小さく呆れた表情を見せているクレアを見たカルファ。
「そうね…とりあえず…」
カルファが白衣のポケットに手を突っ込んで立ち上がり、診療所の入り口ドアへと進むと、ドアにカギを閉めて振り返った。
「それじゃ…。ゆっくりと話しましょうか…。どうしてここに来たのか、そして…、何をするつもりなのか…、ゆっくりとね」
その言葉に息を呑んだアサト……。
アサトらがいた場所は、待合室と言うところで、アサトらが入って来ると、何人かがそこで診療を待っており、全ての診療が終わった後、診療所のスタッフを帰した。
その時に、クレアの衛星電話がなり、クレアが話しているのを手持ち無沙汰に見ていたカルファ、そして、アサトにクラウト、アリッサがいた状況であった。
カルファは、アサトらの先頭を進んで、診察室には入らずに廊下を通って、奥にある2階に続く階段を登った。
2階には、ベッドが10個ほど並べてあり、そのベッドには、誰も横にはなっていなく、乱雑に布団がベッドの上に投げ出されていた。
話によると、ここでクレア達が寝食しているようである。
そして……。
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