第138話 対抗戦、二日目
対抗戦二日目。午前中に一二年、午後に三年の試合と、昨日と同じ流れで進行していく。しかし、試合の様子は余り変わり映えするものでもなかった。相変わらず一年生の試合の殆どが戦いと呼べるものではなく、二年生は派手さに欠けるものだった。強いて昨日と違う点を挙げれば、昨日観客の度肝を抜いた双子が、今日は揃って大人しかった事だろう。なにやらファルもファラもとても疲れた顔をしていたね。少しハッスルしすぎたかな?
結果は昨日に引き続き、ファルとファラのクラスである二組と、ソフィアのクラスである一組が勝利した。明日の対抗戦最終日の勝敗によって、彼女達のクラスが決まる。……いや、殆ど決まっているような気がしないでもないが。
お昼を挟み、僕達三年生の二戦目が始まる。今回はキング組とナイト組が先に戦うので、クラス代表である僕達も途中まで観客席で観戦していた。先鋒、次鋒ともにニックやエステルよりは格下に見える。と言っても、学生の中じゃかなりの実力者だ。僕が勝利してもいいのか甚だ疑問だね。昨日の試合を見た限り、イザベルは別にしても残り二人も優秀だった。特にグレイアム・シャロンなんて、御三家じゃなければすぐにでも騎士団からスカウトがくるレベルだった。実力的にも身分的にも絶対に勝ってはいけない相手だ。絶対に当たりたくない。
中堅戦の途中で僕は席を離れ、控室へと向かう。次が僕達の試合だからのんびりもしていられない。まぁ、最後まで見なくても戦力は大体把握できた。やはり、イザベルと当たって他の人の黒星を自分が担うのがクラスにとって一番な気がする。問題はどうやってそういう流れに持っていくかだ。
キング組の並びは昨日と全く一緒だった。であるならば、必然的に大将はイザベルということになる。当然といえば当然なのだが、それがなかなかに厄介だった。なぜならば、イザベルと戦うためには僕も大将にならなければならないからだ。そんなことを、平民嫌いのあのガルダン・ドルーが許すわけもない。さて、どうしたものか。
…………ん?
控室の扉に手をかけようとした時、誰かの話し声が聞こえた。おかしいな。全校生徒は観客席にいるはずだし、声が聞こえたのは闘技場へと続く廊下だ。
不審に思った僕は気配を消しつつ、声のした方へと移動する。そこにいた二人の学生の姿を見て、思わず大きく目を見開いてしまった。一人は青髪の貴公子ことグレイアム・シャロン。キング組は試合中だというのに、どうしてこんなところにいるのか。だが、僕を驚かせたのはもう一人の生徒だった。
「……言いたいことはそれだけかしら?」
この全てを凍り付かせるような声。間違いない、グレイスだ。
「あぁ、そうさ。では、僕は試合に戻るとしよう。もうすぐ僕の出番だろうしね」
グレイアムはにこやかにそう言うと、グレイスの肩に気安く手を乗せる。だが、彼女は振り払ったりせず、ずっとグレイアムのいない方を見ていた。
「期待しているよ。……僕と君の仲じゃないか」
グレイスの耳元でグレイアムが優しく告げる。そして、そのまま闘技場の方へと歩いて行った。しばらくそっちを見つめていたグレイスが不意にため息を吐く。
「……これで二回目ね。覗き見趣味もいいけど、大概にしないと嫌われるわよ」
苛立ちの混じった声音。彼女にしては珍しい。
「そういうつもりはなかったんだけどね。たまたま通りかかっただけさ」
「たまたまにしては完璧に気配を消していたようだけど?」
「職業柄、癖になってるのさ」
「治した方がいいわね、その癖。じゃないと、聞きたくない事を聞いてしまうかもしれない」
「ご忠告どうも。まぁ、今回に関しては聞きたい事も聞きたくない事も何も聞けなかったんだけどね」
僕が肩をすくめながら言うと、グレイスがその美しい青色の目でまっすぐに僕の目を覗き込んできた。
「……どうやら嘘はついていないみたいね」
「わかるの? それで?」
「さぁ、どうかしら?」
いつものように少し揶揄うような口調でグレイスが言った。だが、いつもとは少し違う。何が違うのか聞かれると答える事はできないが、違うということだけは自信を持って言う事ができた。
なんとなくモヤモヤした気持ちのまま二日目の試合が始まる。相手は一つ下のルーク組。そして、僕は昨日と同じく先鋒だ。
「"
ある程度剣戟を繰り広げたところで少し距離をとり、事前にクロエからもらっていた初級魔法を放った。威力なんてない。そもそも、そこに期待などしていない。この魔法の効力は相手の視界を遮るところにあるのだ。
相手が僕を見失ったところで、全身全霊の体当たりをぶちかます。不意をつかれた男子生徒がなんの抵抗もなくそのまま吹き飛び、場外へと落ちていった。
「場外! そこまで! 勝者、レイ!!」
剣を地面に突き立て体を支えながら、少し大げさに肩で呼吸をする。どうやら昨日よりはマシな試合が出来たみたいだ。拍手の量の違いが顕著に表れている。
「お疲れ様! レイ!」
昨日とは打って変わって満面の笑みでエステルが僕を迎えてくれた。首尾は上々といったところか。みんなの反応を見る限り、ちゃんと「苦戦しつつの勝利」を演じることができたみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろしながらベンチに座り、試合を観戦する。次鋒のニックも中堅のエステルも危なげなく勝利を収めた。少し心配だったガルダンも、相手が昨日より弱かったのか、いい気分で打ちのめしていた。
そして、今日の最終試合である大将戦を迎える。
「クイーン組、グレイス。ルーク組、フェルナンド・ファブレス。前へ」
教師に名前を呼ばれ、ゆっくりとグレイスが闘技場へと上る。その表情は全くの無。やはり変だ。今日の彼女はどこかおかしい。胸騒ぎを感じる。
「それでは大将戦……始めっ!!」
「“
教師が開始の合図を出したのと同時にグレイスは左手を前に出し、魔法を唱えた。その瞬間、彼女の体から圧倒的な魔力が吹き出し、会場の気温が一気に落ちる。そして、次に目に映ったのは闘技場の最上段の観客席よりもさらに高く咲いた巨大な氷の薔薇と、その中で驚愕と恐怖の表情のまま凍りついたルーク組の生徒であった。
「っ!? しょ、勝者、グレイス! 救護班! 急いで!!」
一瞬何が起こったのかわからなかった様子の審判役の教師が慌てて脇に控えている救護班の教師たちを呼ぶ。その声で我に返ったのか、教師達が飛んできて炎魔法により巨大な氷のモンスターを溶かし始めた。それを一瞥したグレイスはそのまま澄まし顔でリングを降り、控室へと続く廊下の方へと歩いていく。
「……随分と乱暴な演出だね」
そんな彼女の背中に僕は話しかけた。ぴたりと廊下で足を止めた彼女だったが、こちらに振り返る事はない。
「……何か文句でもあるのかしら? 私は大将としての役目を全うしただけよ」
「大将としての役目、ねぇ……それは過剰な力で相手を痛めつけることかな?」
「私は全力を出しただけ。それに対して何もできなかった脆弱な相手が悪いのよ」
グレイスの声に一切の抑揚はなかった。何から何までいつもの彼女ではない。一体、御三家の男から何を吹き込まれたと言うのだろうか。
「強大な力を見せつけて相手に恐怖を与える……君の嫌いな貴族達と同じやり方じゃないか。相手だけじゃない、エステルも口を両手で覆い、怯えていたよ。親友にそんな顔をさせるのが君の本意なのか?」
「…………」
僕の言葉にグレイスはなんの反応も見せない。だが、その両手の拳はぎゅっと握られていた。それでも頑なにこちらを見ようとしないグレイスに、僕は小さくため息を吐く。
「……何があったのか知らないけど、今日の君は少し変だ。全然君らしくない」
「……私らしい?」
ゆっくりとグレイスがこちらに振り返った。その顔には自嘲じみた笑みが張り付いている。
「私らしいって何かしら? あなたに私がわかるっていうの? つい最近、話すようになっただけのあなたが?」
その目には憎しみが込められていた。だが、それは僕に向けられたものではない。もっと違う根深い何かに向けられているようだった。
「……少なくとも、僕が知っている君はあんな事をするような人じゃない」
「だったら、あなたの中にある私の記録を更新しておいてちょうだい。……冒険者グレイスは気丈なふりをしているだけの弱い女だって」
吐き捨てるようにそう言うと、グレイスは踵を返し、僕から逃げるように廊下を歩いていった。
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