第133話 休み前のビッグイベント

 試験も無事に終わり、誰もが楽しみにしている夏季休暇までのカウントダウンが始まったのだが、その前に一学期最後にして最大のイベントが残っていた。


「ついに来たわよみんな!」


 教室の前に立つエステル・ノルトハイムが両手を教壇に乗せ、猛々しい笑みを浮かべた。さながら戦地へ向かう部下達に檄を飛ばす隊長のようだ。凄い気合の入りようだね。


「明日から三日間、待ちに待ったクラス対抗戦が始まるわ!!」


 エステルの言葉にクラス全員が歓声をあげる。いや、全員というのは語弊があるね。クロエはエステルの張り切りように少し戸惑ったように笑ってるし、ジェラールはクラスの熱気を他人事のように楽しんでるし、後ろにいる彼女の親友は頬杖をつきながら興味なさげに窓の外を見ていた。ちなみに、ニックは自分の椅子に片足を乗っけて雄叫びを上げてるよ。


「当然、みんなルールを知ってるとは思うけど、今一度確認するわよ!」


 そう言ってエステルは勢いよく黒板に文字を書き始めた。

 クラス対抗戦、そのルールは至ってシンプル。一学年に四つあるクラスが総当たりで対戦する。対戦形式は代表で選ばれた五人が一対一で戦い、勝ち星が多いクラスの勝利だ。総当たりという形式上、チームとしての勝利数が同じ場合、勝ち星の合計で勝敗を決する。武器は学校が支給されるものの中から自分に合ったものを選び、魔法は自由に使用可能。相手が降参を選択するか、相手を場外に落とすか、若しくは審判の教師の判断で勝者となる。


「……とまぁ、こんな具合ね。何か質問はあるかしら?」

「対戦のスケジュールはどうなってるんだ?」

「それはついさっき発表されたわ。初日がナイト組、二日目がルーク組。そして、最終日がキング組よ!」


 『キング』というワードを聞いただけでクラスメート達のボルテージが上がった。まぁ、みんなが鼻息を荒げる理由もわからなくはない。このクラス対抗戦、いわば試験の成績よりも重要なのだ。対抗戦に勝利したクラスからキング組、クイーン組、ルーク組、ナイト組となり、それがここを卒業してからのステータスとなる。トップの学校のトップのクラスにいれば、その人物は優秀だ、って事になるわけだ。実際は代表の五人が優秀なだけだと思うけど、その人達と共に学んだって事実が重要視されるんだろうね。外面を気にする貴族達には最重要項目であり、僕にとってはこれほどまでにどうでもいい行事もない。

 ちなみに、僕達はクイーン組だ。入学してこのクラスになって初めて挑んだ対抗戦からずっとクラスは変わっていない。


「私達がキング組に勝つためには初日と二日目を絶対に落とす事はできない! なぜなら、キング組は確実に二つのクラスに勝利を収めるから!」


 これまでの対抗戦でキング組がクラスとして一敗もしていない事実を考えると、エステルの予想はおそらく正しいだろう。


「いつもいつもキング組には苦渋を舐めさせられ続けてきたけど、今回は違うわ! なんたってグレイスが参加してくれるんですから!」


 エステルが期待に満ちた視線を向ける。当の本人は頬杖をついたまま、軽く手を上げて応えただけだ。


「それに私もたくさんの冒険者の依頼をこなして自分を鍛えてるし、ニックだってCランク冒険者になったわ!」

「おうよ! やってやるぜ!」

「ガルダンも魔法の扱いがどんどん上手くなってる!」

「へっ! 俺に任せておけばキング組なんか目じゃねぇよ!」


 エステルと同じ上級貴族であるガルダン・ドルーが自慢の筋肉を見せつけながら言った。


「それに! 実技試験で見事一位を取ったレイもいる!」

「ははは……」


 愛想笑いこそ最強の処世術。というか、その対応しか思いつかない。なんともいえない表情を浮かべる僕を見てクロエが薬と笑った。


「このガルダン様率いる最強軍団の中で唯一の汚点だな」

「何言ってんのよ! レイはグレイスにもイザベル生徒会長にも勝ったのよ!?」

「教師のいう事に大人しく従っただけだろ? 実戦ともなればこんな平民、即お陀仏だ」


 そう言いながら、カルダンが自分の首の前で親指を横に滑らせる。最近あまり元気のなかったガルダンだったが、今日はとても元気みたいだ。少しだけ安心した。


「あたしは信じてるからね、レイ。実技試験一位の実力をみんなに見せてやってよ!」

「あー……うん。なんとか頑張るよ」


 僕は内心でエステルに謝りながら引き攣った笑みを浮かべる。実技試験の時とは違って対抗戦は全校生徒が見てる前で行うのだ。間違っても下手を打つことなんてできるわけがない。


「というわけで、今回はこれまでにない最強の布陣で対抗戦に臨める! 初戦のナイト戦は先鋒をレイに任せるわ! 素晴らしいスタートダッシュを切ってちょうだい!」


 先鋒か……これは悪くないな。大将なんて任された日には胃から出血しそうになる。


「次鋒はグレイス。ここで確実に勝ちをもぎ取る!」

「はいはい。期待に応えられるよう努力するわ」

「中堅はあたし! ここでクラスの勝利を確定させられれば良いけど、万が一の時は副将のニックがいる!」

「俺は副将か……責任重大だな!」


 ニックが力強く握り拳を見せる。ナイト組の実力を考えると、ニックまでで勝負がつきそうだ。あのクラスで一番強い生徒はガルダンレベルだったと記憶しているから。


「そして、最後の砦は」

「当然、大将は俺様だな。お前らに圧倒的な勝利を届けてやるぜ!」


 ガルダンが得意げにクラスを見渡しながら言った。なるほど、いい順番だ。プライドの高いガルダンを勝てる可能性の高いナイト組で大将として使う。これなら、キング組とやるときは違う人を大将に置きやすい。


「やるわよ、みんな! 今回こそはあのキング組の鼻を明かしてやるんだから!!」


 エステルの目がメラメラと燃えている。彼女だけではない、クラス全体が激しく燃え上がってた。


「打倒キング組!!」

「おー!!」


 クラスが一つにまとまる。そういう意味じゃ、クラス対抗戦はいい催しなのかもしれない。……大多数の生徒にとっては。

 士気が最高潮になっているクラスの後ろで小さく欠伸をしているグレイスを見ながら僕はそう思った。

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