第126話 試験勉強

 翌日、女王様の許可(命令)もいただいたという事で、早速冒険者になる旨をグレイスに伝えた。その反応はというと……。


「……よかった。嬉しい」


 そんな短い言葉とともに向けられたのはとても無邪気な笑顔だった。それはいつもの大人びた彼女の笑みとは違い、少女がクマのぬぐるみをもらった時のようなものだった。普段とのギャップに完全に面食らってしまった。

 まぁでも、素直に喜んでもらえたのならよかった。彼女には迷惑をかけっぱなしだ。少しくらい彼女の望みに応えないとバチが当たってしまう。

 というわけで、ヴォルフの一件に関する報酬について無事に解決したお昼休み、困り顔のファラとがっくりと肩を落としたファルが僕達の教室にやってきた。ここのところ、お昼はクラスメート達と取っていたというのに珍しい。まぁ、あの態度を見る限り何か問題が発生したんだろうね。


「あれ? どうしたの二人とも?」


 クロエがいち早く双子に気がつき声をかける。ちなみにここにいるのはニックとジェラールと僕、そして、クロエとエステルとグレイスの六人だ。彼女はいつも昼休みになると人知れずいなくなって、一人鍛錬に励んでいたんだけど、ヴォルフの件で僕がいなくなった間はクロエを護衛するためにお昼を一緒に食べるようにしてくれて、その流れが今でも続いているってわけさ。


「あの、実は……」

「ボスー……お助けをー……」


 そう言いながらしおしおのファルが僕達の机に突っ伏した。全然話が見えてこないんだけど。


「いつもの元気はどうしたファルちゃん?」

「ニックちーん……やばいよぉ……やばやばだよぉ……」

「……ファルがこんなに弱るなんて余程のことがあったのね」


 箸を咥えながらエステルが真剣な表情を浮かべる。いや、ファラのかおをみるかぎりそれはないと言い切れる。


「困ってる事があるならちゃんと説明してくれないとわからないわ。もしかしたら力になれるかもしれないわよ?」

「グレイっち!」


 神の助けでも見つけたかのように瞳をキラキラさせながらグレイスの手を握って顔を近づけたファルだったが、すぐにその表情を真面目なものにさせた。


「……ファル?」

「……っべーわ。まじやっべー。間近で見たら美人具合がエグすぎる」

「馬鹿なことしてないでください」


 ファラが呆れた顔で妹の頭をはたく。そして、ちらりとグレイスに視線を向けた。


「……この間はありがとうございます。助かりました」

「……ふふっ、どういたしまして。ファラがお礼を言ってくれるのなら、引き受けた甲斐があるってものね」

「まぁ、今後はあなたに依頼することなどあり得ないと思いますけどね」

「あら、それは残念」


 そっけない態度で突き放すファラを、グレイスが優しく見つめる。どうにもこの二人は折り合いが悪い。というか、ファラが一方的に嫌っている節がある。何とかならないかとは思うが、こればっかりは僕じゃどうすることもできない。


「さて……そろそろファル嬢が絶望している理由を知りたいところなんだけど?」

「そうだよ! どうしたのファル?」


 成り行きを伺っていたジェラールが脱線しかけていた話題を戻し、クロエが心配そうな顔でファルに問いかけた。クロエ、心配する必要はないよ。どうせ大した事じゃないから。


「実は……」


 ファルが神妙な面持ちで重々しく口を開いた。はいはい、どうせお弁当を家に忘れてきたとかでしょ。


「次の期末試験で成績が悪かったら退学だって先生に言われちゃった」


 ……想像以上に重大な問題だった。



 セントガルゴ学院。アルトロワ王国の王都に設立され、数多くの貴族が通う名門校。とうぜん、設備は超一流なものばかりが集まる。王立図書館も真っ青なほどの蔵書を誇る図書室、完全に隔離される事により極限の集中力を持って勉学にあたる事ができる自習室。勉強ができる環境はこれ以上ないほどに整っている。にも関わらず、ファルの退学問題を抱え。急遽勉強会を開く事になった僕達が選んだ場所は、いろいろな生徒がダラダラと過ごしている食堂だった。それはなぜかって?


「見て見てファラ! この人、ノーじいに似てない!?」


 五月蝿くてすぐに追い出されるからだ。歴史の教科書に載っている偉人の写真を見て騒いでいるファルを見て僕は深々とため息をついた。


「ファル……誰のために勉強会を開いてもらったと思っているんですか?」

「わ、わかってるよ! ちょっと疲れたから息抜きしてただけじゃん!」

「息抜きって勉強始めて三十分ですよ? 少しは進んだんですか?」

「もちろん! この本に載ってる偉そうな連中の鼻にもれなく鼻毛を描いてやったよ!!」

「……はぁ」


 あまりにも残念な答えにファラが頭を抱える。僕も同じ気持ちだ。危機感がまるでない上に発想が幼児レベル。流石にこのレベル生徒はこの学院にはいないよ。


「鼻毛なんて甘いぜファルちゃん! こいつら顔だけで可哀想だろ? だから、俺は体を描いてやった!」

「ぷー! なんで全員もれなくマッチョなのさ!」

「だって、全員頭でっかちっぽいからよ! 少しは鍛えた方がいいだろ!」


 訂正。どうやら一人いるみたいだ。


「……ニック氏? 君も崖っぷちであることは自覚した方がいいと思うよ?」

「うっ……わ、わかってんよ!」


 ジェラールに白けた視線を向けられニックが慌てて勉強を再開させた。脳筋二人、実技試験は全く問題ないにしろ、座学が不安すぎる。


「……ここに法則があるでしょ? だから、これはこういう数列になって」

「あぁ、なるほど! ……でもこれに気がつかないと絶対解けないわよね」


 クロエがマンツーマンで数学を教えているエステルも苦戦しているようだ。彼女もどちらかというと脳筋組寄りで勉強はあまり得意ではない。


「……それに対して君は優秀だよね」

「別に優秀じゃないわよ。授業を聞いてればこれくらい誰にでもできるわ」


 僕の隣で応用問題をスラスラ解いているグレイスに言うと、彼女はさも当然とばかりに言ってのけた。


「それは、偉人に落書きをしている困ったさんと、目の前で教科書と睨めっこしている君の親友にも同じ事が言える?」

「……誰にも向き不向きというものがあるのよ」

「なるほど。便利な言い回しだ」


 僕がニヤリと笑いかけると、彼女は少し不満顔を浮かべた。それを見て楽しんでいたら、ファラがこちらをジーっと見ていることに気がつく。


「ん? わからない問題でもあった?」

「いえ、何でもありません」


 突き放すような口調でそう言い、プイッとそっぽを向く。なぜだ。

 そんなこんなで勉強会は続く。どうやらファルもニックも集中し始めたようだ。集中モードに入ると、他のことは一切耳に入らない。本当に二人は同じタイプの人間だな。だからこそ、二人は気が合うのかもしれない。

 さて、と。僕も人の事ばかり気にしちゃいられないな。復習はとても大事。この学院で習った事はもっと十歳前半でノーチェに叩き込まれたことが殆どだとしても、だ。間違っても落第点なんて取るわけにはいかない。


「――これはこれは。中々羨ましい状況だね」


 ようやく勉強会が軌道に乗り始めた時、一人の男子生徒が僕達に話しかけてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る