第125話 不機嫌なファラ
「よかったじゃねぇっすか。これで何も迷う必要がなくなったんだから」
くくっ、と愉快そうに笑いながらヴォルフがビールの入ったグラスを一気に傾ける。
「……そうだね。むしろ今まで悩んでいたのが馬鹿だったと思えてくるよ」
「ちげぇねぇ。さっさとあの女王様に話してればよかったんだよ」
その場合でもノーチェからの伝言を聞く限り、二つ返事でOKが貰えそうだったね。嬉しいかは別として。
「まーあれだ。頭が冒険者になるのは結構だが、その事は双子ちゃんには言わない方がいいだろうな」
「そう? 確かにファルは興味本位で一緒に冒険者になる、とか言い出しそうだけど、ファラには別に言ってもいいんじゃないかな?」
「いやー……どっちかってーとファラの方に言わない方がいいと思うだよな、俺は」
ファラに冒険者になることを言わない方がいい? なぜだ。彼女の場合「そうですか」とあっさり流されるだけで終わりそうな気がするが。
「ヴォルフ様のおっしゃる通りかもしれませんね。とりあえず、レイ様が冒険者になることで弊害が出るまではお話しない方がいいように思われます」
「ノーチェさんもそう思うんですか?」
「はい。今言ったところで色々と荒れるだけでしょうから」
……正直、ヴォルフもノーチェも何を警戒いるのかわからない。だが、零騎士の御意見番であるノーチェが言うのならそれに従っておくことに越した事はないだろう。
「わかりました。別に話す理由もないので、二人には黙っておくことにします」
「そうそう。知らぬが仏ってことさ。理由が理由なんだし、双子ちゃんには秘密に」
「何が秘密なんですか?」
男三人が同時に声のした方へと顔を向ける。そこにはボロボロの双子の姿があった。なんてタイミングで戻ってくるんだ、この二人は
「なになに? 何の話?」
「……あちゃー、聞かれちゃったか」
鋭い視線を向けてくるファラの隣で興味津々な様子のファルが顔を覗かせると、ヴォルフが天を仰ぎながら頭に手を乗せる。
「いやさぁ、俺が
「……それをなぜ私達に秘密にする必要があるんですか?」
「この話を聞かれて万が一お前らが興味を持って酒を飲みにでもいってみろ。まじで頭に殺されちまうって」
ヴォルフが軽くため息をつきながら言った。よくもまぁ、そんなにもスラスラと出鱈目な話が出てくるもんだ。僕だって内心の動揺を完璧に隠すことはできているが、ここまで役者になりきる事はできない。流石はヴォルフといったところか。
「つーわけで、お前らには絶対教えないからな」
「むむむ……なんかそう言われると知りたくなってくる」
「そうですね。お酒も気になりますが、なによりボスに粛清されるヴォルフ兄さんの姿が見たいです」
「……相変わらずいい性格してんなぁ、ファラは」
いじけた顔でファラを見ながらヴォルフが咥えたタバコに火をつけた。
「随分と鍛錬に精を出してたみたいだね」
「……誰のせいだと思ってるんだかー」
話題を変えた方がいいと思って軽い調子で言ったのになぜかファルにジト目を向けられてしまった。
「ボスじゃないですけど、偶には体を動かさないと鈍ってしまいますから。もうあんな醜態は晒したくないので」
醜態っていうのは奴隷商であるエタンの一件の事だろうね。真面目なファラらしい。
「それはわかるんだけどねー限度ってものがあるでしょ。体動かしすぎてあちこち痛いよー。ヴォル
「もう少し体に凹凸ができてから頼め。お子ちゃま体型のお前をマッサージしたところで腕が疲れるだけだ。何にも面白くない」
「ぶー! いけずー!」
そっけない態度のヴォルフにファルが頬を膨らませる。いつもの光景だけど安心する。こんな風に二人が他愛のない絡みができるようになって本当に良かった。
「まークラス対抗戦も近いしねー! 少しくらい鍛えるのも悪くないか!」
「ファルはクラス代表なの?」
「もち! あたしもファラも代表だよ!」
それはなんというか……凄まじく不正を働いている気になる。この二人がいる限り、二勝は約束されているわけだから。
「その前に期末試験があるでしょ。勉強の方は大丈夫なんですか?」
「うっ……その話はしないで欲しい」
「現実から目を逸らさないでください」
クイッとメガネを上げながらファラが言うと、ファルが苦虫を噛み潰した表情になる。確かに、頭脳明晰なファラは心配として、ファルは不安でしょうがない。貴族が通う学校として最高クラスのの学びやであるセントガルゴ学院なだけあって、試験の難易度はかなり高い。頭より体で解決するファルに突破できるかどうかはかなり微妙なところだ。
「ちぃっとばかし話についていけねぇんだが、そのクラス対抗戦っていうのはなんなんだ?」
「んん? ヴォル兄知らないのー? クラス対抗で戦うお祭りだよ!!」
「……ファラ?」
「クラス間の序列を決める催しです。人学年で四つあるクラスがそれぞれ代表として五人を選出し、一対一で模擬戦を行います。その勝敗で上からキング、クイーン、ルーク、ナイトとクラスの順位づけがされるわけです」
ファルに聞いても仕方がないと瞬時に判断したヴォルフが話をふるとファラがスラスラと答えた。
「代表五人……お前さんら以外にクラスで戦えそうなやつはいんのか?」
「んー……みんな同じようなもんだけど、その中じゃクリスっちがましかなー」
「そうですね。彼は学生としてはそこそこ戦えるようです」
「クリスっち?」
「僕も会ったことあるから知ってるよ。フルネームはクリス・ラウザー」
僕が横から口を出すと、ヴォルフがピクリと眉を動かす。そのままチラリとコチラに視線を向けてきたので、僕は肩を軽く肩をすくめて応えた。まぁ、ヴォルフなら気づくよね。その家名が一番隊団長のフリード・ラウザーと同じだってことに。
「……くくっ。なるほど、出来レースってわけか」
灰皿にタバコを押し付けながらヴォルフが笑う。一年生にどんな強者がいるのか知らないけど、僕も大方同じ意見だよ。
「そのクラス対抗戦ってのは頭の学年にもあるんだろ?」
「もちろん」
「はっ! 頭と戦う奴に同情するぜ。……まぁ、頭の事だから双子ちゃんと違って参加はしねぇだろうけどな」
「いや、今回だけは参加するよ」
「え?」
何のこともないって感じで言ったら、全員に驚かれた。そういう反応になるのも理解できなくはない。
「おいおい、マジかよ。どういう風の吹き回しだ?」
「もちろん、僕の本意ではないよ」
「だろうな。何をしくってそうなったんだ?」
「対抗戦で活躍できるであろう人物を推薦したら逆襲にあったってわけ」
「へぇー。頭が推薦するほどの奴がクラスにいるんすか」
「グレイスだよ。最年少Bランク冒険者なんだから当然推薦するでしょ」
さらりと告げるた瞬間、ピシッと空気が凍りついた。待って待って。何でこんな空気になるの?
「……またあの女ですか」
重苦しい沈黙を破ったのは苦々しげなファラの声だった。声だけじゃなく表情までそうなっている。
「……汗だくで気持ち悪いので着替えてきます」
「ファ、ファラ!」
ファルの静止も聞かずにファラはスタスタと階段を上って行ってしまった。それを何とも言えない表情で見ていたファルが怖い顔で俺を睨みつけてくる。
「ボースー?」
「え、ちょ、ごめん。本当に何が悪いかわからないんだけど」
混乱の極みにいた僕を見て、ファルは盛大にため息をついた。
「……ヴォル兄。少しはボスに女心ってものを教えてあげて」
「そりゃ無理だ。頭がアホなのはファルもよく知ってるだろ? 俺が教授したところで、理解できずに屁理屈こいて
「はぁ……まぁ、ボスならそうだよね」
ファルが残念な子を見るような目で僕を見る。どうにも納得いかないけど、何もいう事はできない。現にファラの機嫌を損ねているわけだからね。
「……あたしも着替えてくるよ」
「フォローよろしくな」
「わかってるよ。……ボス? もう少しファラの事を考えてあげなよ?」
「あ、う、うん」
それだけ言うと、ファルも階段を上って自分の部屋へと行ってしまった。残されたのは野郎三人。今起きたことを忘れてしまったかのようにビールに舌鼓を打つ色男と、ニコニコといつも通り何を考えているのかわからない感じで笑っている初老の男だけだ。
「安心しろよ、頭。ファルはああ言ってたけど、今のは誰も悪くねぇよ」
「……ヴォルフにそう言われると不安が増幅するから不思議だよ」
「たくっ……可愛くねぇなぁ」
追加のタバコに火をつけながらヴォルフが笑う。どれだけ考えてもファラを怒らせた理由がわからない。
「まぁ、そういうわけだから冒険者になる事は黙っておけよ?」
「どういうわけなのかさっぱりだけど、今回ばかりは大人しくヴォルフに従っておいた方が良さそうだね」
「そういう事。偶には年長者の言う事を聞いてもバチは当たらないって話だ」
そう言いながらヴォルフはグラスに残ったビールをいい気に飲み干した。
「さーて、俺はシャワーを浴びて寝るとすっかな。尊い労働で疲れちまったし」
「あぁ、ちょっとお待ちください」
一つ伸びをしてソファから立ちあがろうとしたヴォルフにノーチェが声をかける。
「どうした、叔父貴? ビールのおかわりならいらねぇぞ?」
「いや、そうではありません。……ちょっと気になる話を聞いたもので」
「気になる話?」
「えぇ。なんでも、一騎打ちでヴォルフ様がレイ様に遅れをとった、と」
ヴォルフの全てが固まる。だが、ノーチェは相変わらず柔和な笑みを浮かべていた。
「私の見立てではヴォルフ様とレイ様の実力は互角でした。にも関わらず敗北を喫してしまうとは、私の鍛え方が足りなかったと後悔せずにはいられません」
「いや、お、叔父貴? ちょ、ちょちょちょちょちょっと落ち着こうか?」
「とうわけど、今からスペシャルメニューを敢行したいと思います」
ヴォルフが盛大に冷や汗を流し始める。その気持ち、わかるよ。だって関係ない僕も若干冷や汗かいてるからね。ノーチェのスペシャルメニュー……果たしてヴォルフは生きて帰って来られるのか。
「それでは、裏庭にまいりましょうか」
「あ、あのぉ……一応聞きたいんですけど……拒否権は?」
「それでは、裏庭にまいりましょうか」
「……ないみたいですね」
聞く耳持たずをアピールするように同じ言葉を投げかけてくるノーチェに、ヴォルフはがっくりと肩を落とす。これは、敵に捕まって激しい拷問を受ける方が楽かもしれない。
「……あー、そうだ。頭」
無事に明日の朝日を拝めるように、と内心祈っていた僕にヴォルフが声をかけてきた。その表情が至極真面目だったため、僕は気持ちを切り替える。
「ハリマオの奴から聞いたんだけどよ、どうやらあの馬鹿は俺を殺すにはあんたとぶつけるのが手っ取り早いって入れ知恵されていたみたいだぜ?」
「……それって」
「あぁ。俺らを目障りに思っている奴がいるって事だろうよ。……それも、俺らをよく知っている奴がな」
それだけ言うと、ヴォルフはノーチェに連れられ裏庭へと消えていった。一人残された僕は思案を巡らせる。山賊であるハリマオに助言をした謎の人物。僕とヴォルフの実力を知っている者。そんなの数えるほどしかいないじゃないか。これは……どうにもきな臭い話になってきたね。
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