第115話 熊と美少女

 ヴォルフとの激戦を繰り広げたレイは彼を見送った後、少しだけ身体を休め、山賊のアジト兼旧ファシールの村へと向かう。一度しか訪れたことのない場所に慣れない山道のせいで多少迷いつつも、何とか目的地にたどり着いたレイの目に映ったのは茶色いショートカットの少女がごつい身体をした男と話をしている、なんともアンバランスな光景だった。


「そうなんすか……ヴォルフの兄貴とあの男が……」

「そうなの……本当は止めたかったんだけど、二人とも本気だったから……」

「止められないっすよね……男二人が命を懸けて戦おうとしてるんすから」

「もう……男ってホント馬鹿っ!!」


 悲痛な表情を浮かべるファルを見てレイはため息を吐く。あの大柄な男はうっすらではあるが、レイの記憶にあった。五年前、山賊潰しの山賊を討伐に来た時に刃を交わした男だ。あの顔に刻まれている刀傷がその証拠。何を隠そう、あれは自分の刀がつけたものだった。

 そんな敵とも知れない相手とファルが話している。しかも、自分の心内をさらけ出すくらい親密に。誰とでもすぐに仲良くなる彼女の性格は良い時も悪い時もあるので、レイの悩みの種だった。


「ファル」


 レイが小さな声で話しかけると、ファルがビクッと肩を震わせ、恐る恐るこちらに振り向いた。そして、ズタボロになっている彼の姿と、その隣にヴォルフがいないことを確認し、零れそうになる涙を必死に堪えるよう、ギュッと唇を噛みしめる。クマもレイに気が付き、その姿を捉えるとブルブルと震え始めた。


「ボス……」

「どうしたの? そんな顔をしちゃって」

「だって……!!」


 それより先の言葉が出てこない。レイが一人でここに来たという事は、二人の戦いに決着がつき、勝者が彼だったという事だ。恐らく身を切るような悲しみが彼女の身体を襲っているのだろう。そんなファルの気持ちを察したレイは、柔和に微笑みかける。


「……あれかな? ファルに内緒で悪者退治をヴォルフに依頼しちゃったからかな?」

「…………え?」

「ごめんね。仲間外れにするつもりはなかったんだよ」


 レイの言葉を聞いたファルがその場で固まった。徐々に意味を理解したファルが顔をくしゃくしゃにしながら、レイに飛びつく。


「ボスッ!! ありがとう……!! 本当にありがとうっ!!」

「お礼を言われることなんて、何一つしてないさ」


 そう言いながら、レイは彼女の身体を優しく抱きとめた。しばらく背中をさすりながら慰めていると、少し落ち着いたのかファルは目を赤くしながらレイの身体から離れる。


「あっ、そうだ!」


 ファルは何かを思い出したかのようにポンっと手を打ち、この状況下でどうしたらいいのかわからないという顔をしているクマの方を見た。


「この人はボスが前に話してくれたクマっちだよ! なんか村に来たら山賊に襲われていたから、あたしが助けてあげたの!」

「知って……襲われていた?」


 訝しげな顔をファルに向ける。クロの見立てでは、昔ヴォルフと共に山賊をやっていた者達が結託して彼を騙し、賢者の石を手に入れようとしているというものだった。当然、その姿を目にした時、クマもその仲間だと思ったのだが、それでは襲われる理由がわからない。宝を手にし、仲間割れでも起きたのだろうか?


「……説明を」


 レイが硬質な声でクマに尋ねる。それだけで、クマはその巨体をこれでもかというくらい小さくした。


「……俺はハリマオの旦那に誘われて、ヴォルフ兄貴のために賢者の石を探していたんだ。だけど、違った。旦那は兄貴のために賢者の石を探していたわけじゃなかった……!!」


 クマは話しながら悔しそうに奥歯をギリッと噛みしめる。クマの言葉を頭ごなしに信じるのは危険だが、ヴォルフから聞いた話ではこの男は嘘がつけないタイプらしい。それはレイも同じように感じたので、おそらく本当のことを言っているのだろう。つまり、彼もヴォルフ同様、利用されて用済みになったため、始末されかけていたという事になる。


 だが、そんな事はレイには関係ない。


「なるほどね。……ところで、僕との約束は憶えているかな?」

「……あぁ」


 レイの問いかけに、クマがゆっくりと肯く。


「一応、僕も女王様にお願いした身の上だからね。どんな理由があろうと、約束を破られてお咎めなしっていうわけにはいかない」

「覚悟はできてる」


 言葉だけでなく、声からも覚悟の色が見てとれた。ヴォルフのために山賊に戻る、と決めた時から腹をくくっていたのだろう。それならば、これ以上の言葉は無用だ。

 レイは素早い動きで干将かんしょうを抜くと、一気にクマとの距離を詰めた。そして、容赦なくその刃を彼に突き立てる。


 ガキンッ!!


 亀裂模様が刻まれた刀身を止めたのは、柄の長いファルのミョルニルだった。


「姉御……?」


 クマがか細い声で呼ぶもファルは答えない。真剣な顔で無表情なレイを見つめていた。


「どいて、ファル。僕は」

「山賊に戻ったら殺すって約束でしょ? ちゃんと覚えてる」


 レイの言葉を遮ってファルが言う。ここに来るまでの道中、ヴォルフの過去話をしているので、ファルも山賊達と結んだ約束については把握していた。


「なら、尚更どいてくれ。彼のせいでこんな事態になっていると言っても過言じゃないんだよ?」

「それもちゃんと理解してる……でも、どかない。確かにクマっちはボスとの約束を破った。でも、それはヴォルにいを思っての事でしょ? それならあたしは無碍むげにはできない」

「…………」


 ミョルニル越しに力強い言葉を投げかけてくるファルの顔を、レイは無言で見つめる。そして、盛大にため息を吐くと、干将を腰に戻した。


「……女王の判断にゆだねる、それで文句ないね」

「うん!」


 元気よく頷くファルを見てレイは再びため息を吐く。ファルはポカンとしているクマに嬉しそうに笑いかけた。


「よかったね! クマっち!」

「え? あぁ……ありがとうございます」


 おずおずと頭を下げてくるクマに、レイは適当に手を挙げて応える。


「さて、と。あんまりのんびりもしていられないよね。クマさんを襲った連中っていうのはどこにいるの?」

「それならあそこだよ!」


 ファルが指さした先にはロープでぐるぐる巻きにされた山賊達がいた。ファルのストレス発散に一役買ってくれたのだろう、一人一人が縛り付ける必要などないほどに打ちのめされている。


「あれなら放置しておけば駄犬達が連れて行ってくれるね。じゃあ、ヴォルフの所へ行こうか」

「あの……兄貴はどこにいるんです?」

「なんでも、山賊の首領から待ってるって言ってどっかに行っちゃったんだよね。多分だけど……」

「オリビア嬢の墓ですか……」


 その名前にファルがピクリと反応する。だが、今はそれに答えている暇はない。


「早速そこへ向かおう。クマさん、最短経路で道案内してもらってもいい?」

「へい! まかせてください!」


 威勢よく答えると、クマは地面に置いていたバトルアックスを担ぎ上げ走り出した。その後ろにレイとファルがついていく。


 木が生い茂る森を結構進んだところで大勢の人間の気配を感じ、三人はその場で立ち止まる。慎重に様子を探ると、ヴォルフと山賊達が向かい合って話をしていた。

 そこで明かされる真実。ハリマオが山賊に戻ったのはヴォルフを殺すためであるという事。そして、ヴォルフの最愛の女性を殺したのがハリマオであるという事だった。

 我慢できず飛び出していったファルとクマに頭を痛めていたレイだったが、そんな彼らに大量の魔法が放たれたという事で、やむなく木の陰から姿を現す。


「"削減リデュース"」


 そのまま向かって来る魔法を一つ残らず消し去った。そして、レイの登場に全く驚いていないヴォルフの隣に立つ。


「あれ? 魔法が……」

「失敗しちまったのか?」


 山賊達は自分達の魔法が突然消えたことに首を傾げていた。だが、レイを知っているハリマオだけが、驚愕に目を見開かせながら彼を見ていた。


「て、てめぇは……!!」

「五年ぶりかな? お久しぶりって挨拶する間柄でもないよね?」

「……相変わらず愛想のねぇ野郎だ。おまけに今回は前と違って随分ボロボロじゃねぇか。野良のらおおかみにでもやられたか?」

「いやいや、行儀の悪いペットをしつけただけだよ」


 レイはどうでもよさそうにそう言うと、さっさとハリマオから視線を外し、ヴォルフの方へと顔を向ける。


「……家族っていうのはペットって意味だったのかよ。そりゃねぇぜ、かしら

「さながら万年発情期のワンちゃんってところかな?」

「なにそれー! 全然可愛くなーい!」


 不服そうな顔をしているヴォルフにレイがさらりと告げると、ファルは嬉しそうにニヤニヤしながら、ミョルニルの柄の先端に自分の顎を乗せた。


「暢気に会話している場合じゃないでしょ? 尻ぬぐいはしないって言ったし、手を貸すつもりはないからね」

「おーおー、本当にかしらは厳しいぜ。……辛い現実を前に絶望の淵に立たされている同僚に優しく接しようとかはないもんかね」

「僕が優しくない事くらい知ってるでしょ?」


 ヴォルフが苦笑しながら小さく肩をすくめる。そんな彼を尻目に、レイは腰に据えた干将・莫邪を手にした。


「……でも、手を貸さないのはあくまで昔の約束に関係する相手だけだけどね。市民を脅かす山賊が目の前に現れたのであれば、第零騎士団としてきっちり捕らえないといけない」


 レイは言っている……周りの雑魚ざこはこちらで始末するから、お前がボスをやれ、と。そんな風に場を整えてもらってしまえば、踊らないわけにはいかない。


「……予定外の男が現れたが、所詮は死に体」


 レイの登場に動揺していたハリマオだったが、ヴォルフと同じく傷だらけの身体を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。これならば、数で勝る自分達がやられることはない。


「野郎共っ!! 相手は死にかけの男が二人にガキが一人だ!! 遠慮なくたたんじまえっ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ハリマオの怒号を合図に、山賊達がレイ達の方へと走り出した。それを冷静に眺めながら、レイが静かに口を開く。


「一切の容赦はするな。自分をコケにした男に目にもの見せてやれ」

「……はっ。言われるまでもねぇよ」


 そう答えると、ヴォルフは一直線にハリマオの下へと向かって行った。

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