第97話 山賊潰しの山賊

 栄えているとはお世辞にも呼ぶことができないような田舎町、そこから更に山奥へと入り、木々をかき分けて進んだその先にある名も忘れられた小さな村で男達が盛大に酒盛りをしていた。

 時刻は真夜中を過ぎようとしている。周囲の森は静けさを帯びているにもかかわらず、その一帯だけは祭りのように賑わっていた。そこにいるのは身なりになど一切気を遣わず、髭も髪もぼさぼさに生やした屈強な荒くれども。おおよそ、山奥の村でせせこましく暮らしているような風貌には見えない。

 それもそのはず、彼らはこの村とは無縁の者達。ここにいた先住者がこの場所をくれたため、こうやってどんちゃん騒ぎをしているというわけだ。先住者と言っても、村人達ではなく、その村人達を襲った山賊達の事なのだが。


 '山賊潰しの山賊'。それこそが彼らの異名。


 そんな、村のあちこちでたき火を囲みながら木のジョッキで乾杯しているガサツな山賊達の中に、金色の髪をした美青年が一人静かに酒を飲んでいた。

 まさに異色。おおよそ女性とは縁がなさそうな集団で、ただ一人、惚れ惚れするような容姿をしている男がつまらなさそうに座っている。愁いを帯びた表情で酒を飲む姿など、同性であっても思わずドキリと胸が高鳴るほどだった。女性がいればすぐさま声をかけただろうに、残念ながらこの場にはむさ苦しい男しかいない。


「ヴォルフの兄貴……全然楽しそうじゃないっすね。どうしたんすか?」


 そんな眉目秀麗の青年に、クマの様に巨大なスキンヘッドの男が話しかけた。ヴォルフは寄ってきた男をチラ見して、盛大にため息を吐く。


「そら面白くねぇだろ。こんな野郎どもに囲まれて酒なんて飲んでもよ」

「あーそういうことっすね。いつもは助けた村のかわい子ちゃんをつまみ食いしてますもんね」


 でへへ、とだらしなく笑ったクマの脳天に、ヴォルフが手刀を叩き下ろす。


いてぇ!! な、なにするんすか兄貴!?」

「てめぇが適当なことぬかしてっからだよ。それだとかわい子ちゃんと仲良くなりたいがために、俺が山賊潰してるみてぇじゃねぇか」

「違うんすか?」


 ヴォルフの顔が険しくなり、その手が動いたのが見えたクマは慌てて自分の頭を庇う。だが、ヴォルフの狙いは手刀にあらず。目にもとまらぬ速さで、クマのおでこを中指で弾いた。


「ぐへぇ!!」

「俺は別に女の子目的で山賊を潰しているわけじゃねぇ。気に入らねぇから潰してるだけだ。その過程で知り合った女の子と仲を深めているに過ぎない」


 涙目でおでこをさすっている強面を見て、ヴォルフは小さく息を吐く。


「いいか、クマ。女の子が目的だったら今日みたいに山賊が占領し終わっている村を襲ったりはしないだろ? だって、もう村娘はいないんだからさ」

「い、いや……ここを襲撃する前に『山賊達に若い娘が囚われているかもしれない!』って、ノリノリで言ってたじゃないっすか……」

「あぁ?」

「ひぃぃ!!」


 ヴォルフがドスの利いた声を上げると、クマはその巨体を無様に縮こませた。厳つい顔をした筋骨隆々の男と息を呑むほどに顔立ちが整った男。傍目から見れば力関係が逆に見えるだろうが、これで正しい。それはヴォルフの手の甲に刻まれた『Ⅴ』の文字が如実に表していた。


「とりあえず俺はもう寝る。お前らもほどほどにしておけよ? アジトに持って帰る酒が少ないと、ハリマオの奴がいじけるからな」

「へい!」

「合点承知の助!」


 ヴォルフが立ち上がりながら言うと、周りで飲んでいた者達が酒を掲げて応える。そして、そのまま持っていたジョッキを一気飲みして笑い声をあげた。それを見てヴォルフは呆れた笑みを浮かべたが、何も言わずに村の奥にある家の方へ向かった。


「……ふぅ」


 村の誰かが使っていたであろう家に入り、一人になったヴォルフは小さく息を漏らす。家の中はところどころ荒らされてはいるが、まだ生活感が残っていた。ヴォルフはゆっくりと歩いていき、ソファに倒れこむようにして横になる。


「なんか面白いことねぇかな……」


 自然と口からこぼれた言葉。それこそヴォルフの本音だった。

 今の生活が嫌だ、というわけではない。少し脳みそが足りない連中ではあるが、一緒につるんでバカ騒ぎをしてそれなりに楽しんではいる。だが、満たされているとは言い難かった。


 遠くで仲間達が騒いでいる声が聞こえた。それを子守歌にヴォルフは手の甲を額に当て、静かに目を閉じる。





 あの日……村を滅ぼしてから全てが一変した。


 何もかもがどうでもよくなっていた俺を拾ってくれたのが、山賊として一旗上げようとしていたハリマオだった。奴は俺の化け物じみた強さに目をつけた。戦っている姿を見たのは村を滅ぼした時の一度だけなのだが、どうにもそれで一目惚れしたらしい。俺自身はよく覚えていない。ただ、後からハリマオに聞いたら獣のように凄まじかったらしい。

 生きる目的もなかった俺は奴の誘いに乗った。それからは森からほとんど出たことがない俺にハリマオが色々なことを教えてくれてた。酒の飲み方、賭博、女遊び……女に関しては慣れてくると奴よりも俺の方がよっぽど上手うわてになったが。

 山賊家業に関しては、ぼちぼちだった。ただ、力を持たない一般人を襲撃することにどうしても抵抗があった。……村を滅ぼしたお前が何を言っているんだ、って自分でも思う。それでもやりたくないものはやりたくない。だから、俺の思いを汲み取って山賊を相手取ろうとハリマオが提案してくれた時は正直救われた。同じ山賊相手なら、罪悪感が少なくて済む。

 そうやってのらりくらりと過ごしていたら、いつのまにかバカな仲間達も集まった。'山賊潰しの山賊'なんて大層な呼ばれ方をされ、周囲から恐れられるようになった。別に周りからどう思われようと関係ない。今は気の置けないこいつらと楽しく生きていければそれでいい。美味い酒を飲んで、アホみたいに騒いで、いい女を抱いて──。


 ──どれだけ美味い酒を飲もうと、どれだけアホみたいに騒ごうと、どれだけいい女を抱こうと、俺の心は満たされることなどないのだけれど。


 これから一生満たされることはないだろう。器はあれど、水を入れてくれる物がない。俺の愛する水差しは……空へと昇って行ってしまった。


 オリビアがもう一度目の前に現れるまで、俺はこの渇きに苦しみ続けるに違いない。つまり、俺は干からびて死んでいく未来が決まっている、ということだ。


 それが……自分らしい最期と思わないでもない。





 バタンッ!!


 勢いよく開けられた扉の音で、ヴォルフの意識が覚醒する。気怠そうに身体を起こし目を向けると、焦りの色を隠すことが出来ない仲間の姿があった。それだけで、異常事態が起こったことを把握する。


「どうした?」

「アニキィ! て、敵襲だ!!」

「敵襲? 山賊の残党でもいたか?」


 ヴォルフの言葉に、仲間の男が必死に首を左右に振る。


「あ、あれは山賊なんかじゃねぇ! と、とにかく来てくれ! まじでやべぇんだ!!」


 それだけ言うと、男は踵を返し、急いで来た道を戻っていった。あの慌てよう、どうやら普通の相手ではなさそうだな。

 ヴォルフは首をコキコキとならし、指を組んで大きく伸びをしながらソファから立ち上がり、男の後を追って家を後にした。

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