第65話 内緒話

「時間的にレイで最後か。まぁ、いっちょもんでやってくれ」


 教師の男はがはは、と笑いながらシアンの肩を叩いた。だが、奴の目は射殺すように僕を見つめたまま微動だにしない。ちなみに、鏡がないからわからないけど、僕も同じような目をしていると思う。


「……レイです。よろしくお願いします」


 僕は全力で重力に逆らおうとする頭を何とか下げ、挨拶をした。みんなが同じようにしている手前、僕だけ何もしないわけにはいかない。あの駄犬に頭を下げるなんて死んだほうが遥かにましだけど、ここは大人にならなければならない。


「ふむ、どれほどの力を持っているのか見てやろう。ほれ、かかってこい」


 あからさまに煽るような態度。やばい、今すぐその顔面に拳を叩きつけたい衝動に駆られる。僕は必死に奥歯を噛みしめ、このやり場のない怒りをぶつけるように、この状況を作った元凶を睨みつける。あろうことかグレイスは微笑みながらこちらに手を振っていた。絶対に許さない。

 近くにいるエステルは相変わらず呆けた顔でシアンを見つめているし、その横にいるクロエはオロオロしながら不安そうな顔で僕達を見ている。クロエのためにも平和的に終わらせなければならない。


「……いきます」


 僕は緩慢な動きでシアンに突っ込んでいった。それを奴はつまらなさそうに受け流す。


「なんだ? やる気がないなら終わりにするぞ?」


 さっさと終わりにしてくれよ、こんな拷問みたいな時間。僕は無心になってがむしゃらに剣を振り続けた。これだけ単調な動きをしていれば、すぐにでもこの駄犬が僕の手から木剣を飛ばしてくれるだろう。


「…………サリバン・ウィンザーを殺したと疑われているぞ、お前ら」


 ガキンッ!!


 一瞬力が入ってしまい、シアンと鍔迫り合いの形になる。だけど、そんなことを気にしている場合ではない。今こいつはなんと言った?


「まぁ、黒い噂が絶えない部隊だからな。とは言え、零騎士でおかしいのは一人だけだというのに……団員が不憫でならない」


 僕だけに聞こえる声でシアンが話を続けた。僕達がサリバンに手をかけたって? 情報収集のためにわざわざ手を下さずに連れて帰ってきたっていうのに? それはとってもな噂話だね。ヴォルフが前に冗談で言ったことは的を射でいたわけだ。


「お前も疑っているのかな?」

「そうだな……しいて言うなら零騎士でトップを気取っている奴は、事実がどうであれぶちのめしてやりたいとは思っているな」


 僕は顔を顰めながらシアンの剣を弾き、再び奴に斬りかかった。それをシアンは素早い剣の操作でやりすごす。


「……僕がこうしてお前と棒遊びに興じていられるのがその答えか。もし、本気で疑っていたら、お前は問答無用であの剣を使うだろうからね」

「残念ながらそういうことだ。……せっかく害をなす鴉を駆除できる口実になると思ったのにな」


 シアンが不機嫌そうに鼻を鳴らしながら僕の喉笛を狙ってきた。僕は器用にそれをいなしながら奴の腹部目掛けて剣を振るう。


「日頃の行いが悪いせいだ。死をもって償え」

「駄犬にだけは言われたくない」

「俺は毎朝、しっかりと女王に忠誠を誓っている」

「忠犬痛み入るよ、ホント」


 剣速を一段階上げる。どうにも剣一本というのはしっくりこない。やっぱり両手に握っていないと本来の力が出せないね。


「サリバンを殺したのが内部の者……騎士の誰かだという事は気づいているだろう」

「……刻命館に収容されていた以上、そう考えるのが妥当だろうね」

「つまり、ドブガラスよりも信用できない裏切り者が騎士のツラして王城を闊歩しているというわけだ。まったく……頭が痛くなる」

「少しくらい頭を痛めた方がまともになるんじゃないかな」


 そのまま不治の病にかかってくれでもすれば言うことないよ。大丈夫、墓には通い詰めるから安心して欲しい。


「信頼できるのは俺の部下数人くらいか……あぁ、貴様の仲間は信用してやってもいいぞ?」

「僕の事を信頼してくれるんだ。優しいところあるね」

「ほざけ。貴様を信用するくらいなら盗人に家を貸した方がまだましだ」


 シアンの剣圧が上がった。まともに受けたらグレイスの二の舞になる。まぁでも、折れたら折れたで二本になるからそれはそれでありかな?


「それにしても、やけにこの辺りは瘴気が濃いな」

「……それは僕も気になっていた」


 シアンの剣に足を合わせ、剣筋を逸らしながら言う。瘴気というのは魔物の素になる物質だ。詳しいことはまったく解明されていないが、瘴気の濃度が高いと色々と厄介なことが起こったりする。どういった理由で瘴気が濃くなるかもわかっていないため、はっきり言って対策の取りようがない。 


「……しっかりと王女を守るんだな。あの人の宝を少しでも傷つけたら、生まれてきたことを後悔させてやる」

「僕の事をマザコンだってバカにするくせに、お前も大概じゃないか」

「王国騎士は女王を守るためにその命を賭す」


 シアンが全力で振りぬいた一撃を、僕は咄嗟に後ろへと跳んで威力を殺しながら受け止めた。そのまま空中で一回転してから着地し、剣を構える。奴も同じように剣を構えていたが、なぜかその口端は僅かに上がっていた。


「……というか、いいのか?」

「なにが?」

「クラスで目立たない平民のレイ君はとっくの昔にいなくなってしまったぞ?」


 …………あっ。


 僕は慌てて周りを見渡す。クラスメートはおろか教師の男まで口をあんぐりと開けてこちらを見ていた。その奥に見える藍髪の美少女はなにやら楽しそうに笑っている。やっぱり許すことはできない。


「隙ありだ」

「ぐっ……!!」


 突然、胸のあたりに衝撃を感じ、僕は思わず地面に倒れた。顔を上げると、駄犬が勝ち誇った顔で僕を見下ろしている。


「中々いい線いっていたな。だが、この優秀なクラスでは並みといったところか。努力すれば騎士団に入ることもできるかもしれないな」


 シアンが晴れやかな笑みを僕に向けてきた。殴りたい、その笑顔。


「……はっ!? よ、よくやったなレイ!! 副団長相手に中々善戦したじゃないか!!」


 我に返った教師の男が労いの言葉をかけてくる。僕はそれに曖昧な笑顔で答えた。


「ただ無我夢中で剣を振っていただけです。あの人も言っていた通り、このクラスでは普通ですよ」

「む……。まぁ、シアンはあぁ言っていたが落ち込むことはないぞ。優秀なクラスの中で普通という事はレイも優秀という事だ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 僕はわざとらしく元気に答え、いそいそと後ろに下がっていく。クラスメート達はシアンの言葉を信じたのか、特に疑惑の目を向けてくる者はいなかった。


「やるじゃねぇかレイ! 驚いたぜ!」

「てっきり君は僕と一緒で動けないグループだと思っていたけど、そんな事はなかったみたいだね」


 ニックとジェラールがニコニコ笑いながら近づいてくる。二人ともそこまで不思議には思っていないようだ。やれやれ……危うく大惨事になるところだったけど、とりあえず疑われずに済んでよかったのかな。


 ……だけどこの恨み、晴らさずにはいられないよね。

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