第41話 Ⅹ
「さて、と。この施設を潰してさっさとあの人達を家に帰さないと。そろそろ保護者達が騒ぎ始める頃合いだろうしね」
上級、中級貴族の子供がチラホラいたからね。早く無事であることを知らせないと騒ぎが大きくなって面倒くさいことになり兼ねない。
「潰すっていうのは具体的にはどうするつもりなの?」
グレイスがそう尋ねてきたので、何を今更と思いながら口を開こうとした時、初めて自分の落ち度に気が付いた。そうだった……あまりにも自然にいるから完全に失念していたけど、グレイスは第零騎士団じゃなかった。そうなるといつもの掃除方法は使えない。いや、それどころか双子を助けるためとはいえ、色々と彼女に見せすぎた。あの時の僕は冷静さを失っていたせいで正常な判断ができなかったと見える。だからこそ、今更になって彼女の対処をどうしたらいいのかまるで分らなくなってしまった。
「……ここまで知られちゃったんなら、別にいいんじゃないっすか?」
閉口した僕にヴォルフがさらっと言う。多分僕が悩み始めたのを察したのだろう。いつの間にか泣き止んでいたファルとファラも僕の顔を見ながら同時に頷いた。
「どうせボスの力も見られちゃってるんでしょ? なら、もう気にしてもしょうがないよ!」
「そうですね……見せつけておかないと気が済みませんし」
うん、一番秘密にしなきゃいけない僕の能力を知られたからファルの言う通りではあるんだけど……ファラの言い分はなんだかおかしくない? どうしてグレイスに対してこんなにも対抗意識を燃やしているんだ?
僕は諦めたように息を吐くと、グレイスに向き直る。
「……念のため言っておくけど、ここで見たことは」
「他言無用なんでしょ? さっきも聞いたわ」
グレイスがあっさり言い放つ。僕は再びため息を吐いた。
「……このあと少し時間ある?」
「あら? あなたもデートのお誘い?」
こんな心境でデートに誘うわけなんてないだろ。それが分かっているのか、からかうような目で僕を見てくる。はぁ……本当に勘弁してくれ。
「冗談……女王陛下に会ってもらいたいんだよ」
「思ったよりも大物が飛び出してきたわね。……断っても連れて行くんでしょ?」
「そうだね。首に縄を巻いてでも来てもらうつもり」
「なら、私に選択肢はないわね」
グレイスが軽く肩を竦める。なんだかすごく憂鬱になってきた。今まできっちりと秘密を守ってきたというのに、僕はどんな顔をして女王に会えばいいんだ。
「じゃあ後はうちの破壊担当に任せるとしようか。はいよ」
なぜか楽しそうに笑いながら、ヴォルフは双子に何かを渡す。それは僕とヴォルフがしているものと同じ材質で作られた顔の上半分を隠すように作られたマスクだった。どちらも蝶をモチーフにしているものだが、片方は炎のように赤く、もう片方は氷のように青い。それを見て、少し驚いた様子の双子だったが、軽くはにかむとファルは赤、ファラは青のマスクをそれぞれ手に取り、顔に装着した。そして、忌まわしい研究所に身体を向けると、二人同時に僕の方へ視線を向けてくる。
「ボス?」
「許可を」
マスク越しに見える二人の目がギラギラと光っていた。僕はしっかりとその目を見つめながら、ゆっくりと頷く。
「……塵一つ残すな」
「「了解!!」」
威勢よく声をそろえて返事をすると、二人はギュッと固く手をつないだ。その瞬間、二人の身体から凄まじい量の魔力が迸る。
「なっ……!?」
グレイスが驚きに目を見開いた。レベルⅤである彼女を動揺させる圧倒的な魔力量。
「……僕達は欠陥品の集まりなのさ」
そんな彼女に僕は静かな声で話しかけた。
「ヴォルフも言ってたでしょ? アブノーマルだ、って。それは僕もあの子達も同じことなんだ」
双子を凝視していたグレイスがゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
「僕の場合は生まれつき魔力が零なんだ。自分の魔力は一切持っていない。その代わり相手の魔力を自分の中に取り込み、それを利用することができるんだ」
ヴォルフが意外そうな顔で僕を見てきた。自分でも驚いているよ。第零騎士団でもなんでもない人に僕の能力を明かすなんて。今日の僕は本当にどうかしている。
「彼女達の場合は双子として生まれてきたときに、魔力の器官が見事に二つに分断されてしまったみたいなんだ」
「魔力の器官が分断?」
「うん。一人だと碌な魔法が使えない。魔力を充填、構築、放出しようにも未完成の器官だからね。だから、二人共揃ってレベルⅠなんだ」
僕が見つめる方にグレイスが視線を向けると、魔力位階を表す『Ⅰ』の魔力紋が刻まれたファラの手があった。だが、それは本当の姿ではない。
「二人が繋がった時、本来の力を見ることができるのさ」
「本来の力……それは」
グレイスの言葉が終わらぬうちに、二人の魔力紋が目も眩むような閃光を放った。次第に光が弱まっていくにつれ、はっきりと見えるようになる。二人の手の甲に浮かび上がる『Ⅹ』の魔力紋が。
「レベルⅩ……!?」
信じられないものを見るような目でグレイスが二人を見る。
「さぁ、それはわからないな。二人の魔力紋が重なってそう見えているだけかもしれない……でも、その威力は保証するよ」
まぁ、このバカげた魔力を肌で感じれば、疑いようもないか。
「行くよっ!! ファラ!!」
「わかりましたっ!! ファル!!」
二人は手をつないでいない方の手を前に突き出した。そして、ありったけの魔力を身体から絞り出す。ちょっと待って。気合入りすぎじゃないか? この施設を破壊するだけならそこまで強い魔法は……。
「「"
まさかの火属性最強魔法とはね。これはまずいかもしれない。
二人の手から出てきたのは最高密度に圧縮された火属性の魔力の塊。あれが爆発すれば、僕達もただでは済まない。慌てて二人の所まで飛んでいき、両脇に担いで後ろに下がった僕の前に、施設を取り囲んでいるものと同じ氷の壁が現れた。ちらっと横目で見ると、グレイスが冷や汗を垂らしながらその辺に転がっている研究員達も守るように氷を展開している。ありがたい。
次の瞬間、凄まじいほどの爆音が辺りに轟いた。グレイスが作り出した氷壁がその爆風でビリビリと震えている。
「さんきゅーグレイスちゃん! ……それにしても相変わらず半端ない威力だな、おい」
氷の壁に隠れながら爆発の様を見ていたヴォルフが興奮半分呆れ半分といった具合で言った。確かにヴォルフの言う通りだよ。
「ボスー! 早く下ろしてよー!」
「……下ろしてください」
片や唇を尖らせ不満いっぱい、片やなぜか耳まで赤くしている双子を僕は地面に下ろした。
「まったく! ボスは心配性なんだからー! ちゃんと被害が出ないようにしたよー!」
「爆発を上下に広がるように調整しました」
確かにそうみたいだ。研究所のあった範囲以外の場所は瓦礫が飛んでいるだけでそこまで変わりはない。ただ、研究所があったところはなかった。文字通り何もない。
「……信じがたい威力の魔法ね」
「これくらいどうってことないです」
二人が作り出したまったく底が見えない巨大な穴を見ながらグレイスが呟くと、なぜか得意げな様子でファラが答える。謙虚な彼女らしからぬ発言。グレイスとの間で何かあったとしか思えない。
「わ、私の研究所が……!!」
必死にもがいて起き上がったサリバンが震える声を上げながらその場で立ちすくむ。呆然と研究所跡地を眺めていると思ったら、急に鬼の形相でこちらを睨んできた。
「貴様らぁ……!! よくも……よくもやってくれたな!!」
そんなに怖い顔で怒鳴られても、縛られている姿ではあまり威厳を感じられない。
「私はサリバン・ウィンザーだぞ!? この私に手を出すということがどういうことなのかわかっているのか!?」
全員が冷たい視線を向ける中、サリバンは唾をまき散らしながら吠えまくる。
「偉大な計画のために作られたこの建物を……!! よりにもよって下賤な小娘共に……!! 女の分際で分をわきまえろ!!」
この口ぶり……この男、男尊派か? もしかしたら反女王勢力に繋がる何か持っているかもしれない。
「そもそも男よりも遥かに劣る女がしゃしゃり出てくるでないわ!! 貴様ら女は黙って男の言うことを聞いていればそれでいいんだ!!」
隣から清々しいほどの殺気を感じる。そりゃ、怒るよね。男の僕ですらイラ立ちを覚えてるし。でも、そんな事には全く気付かないサリバンは血走った目で双子を睨みつけた。
「エタンが言っておったぞ! 貴様ら二人は元奴隷だったと!! ふんっ!! それならば一生奴隷のまま生きていればよかったのだ!! むしろ奴隷のまま死んでおけ!!」
……そろそろ黙ってくれないかな?
「女で奴隷など、生きる価値もないわ!! それなのに私の前に立つなどと……恥を知れ!!」
…………。
「そこですまし顔をして立っている貴様もだ!! 貴様がこ奴らの手引きをしたのであろう!! 一度、研究所に来たからその顔をよく覚えておるわ!!」
…………はぁ。
「貴様は平民だろ!! 高ランクの冒険者だか何だか知らないが、貴族でもない女がでしゃばるな!! 生まれからして負け犬風情が!!」
限界だね。
僕はすかさず右腕を横に伸ばした。そこにヴォルフの体がぶつかる。
「……止めんなよ」
顔を向けなくても、声だけで激しい怒りを感じているのがわかった。でも、だめだ。
「手を出すな、って言ったでしょ?」
「……それは大事な身内が貶められてもか?」
ヴォルフが語調を荒くしながら鋭い視線を向けてくる。だが、僕は一歩も退かずにその目を見返した。しばらく睨み合っていた僕達だったけど、ヴォルフは諦めたようにため息をついて後ろに下がる。僕は彼から視線を外し、サリバンの方へと歩いていった。
「一つだけよろしいですか?」
「な、なんだ!?」
僕が近づいてきたことでサリバンが警戒心をあらわにする。僕は彼を安心させるように穏やかな微笑を浮かべた。
「男が女よりも優れている……素晴らしいお考えですね」
「そ、そうだろう!? 貴様は話が分かるな!」
同志を見つけて何となく嬉しそうな顔をしているサリバンに、僕はこれでもかっていうくらいの晴れやかな笑みをぶつけてやった。
「えぇ。素晴らしく低俗でくだらない考えだと存じます」
「なっ……!?」
驚くサリバンに僕は絶対零度の視線を浴びせる。
「男だ女だ、とこだわっている時点で器が知れますね。ファルやファラ、彼女のように優秀な女性もたくさんいますし、あなたのような取るに足らない男もいる。それは貴族かどうか、という事も同じです。偶々貴族に生まれたからって粋がらないでいただきたいですね」
「き、貴様ぁ……!!」
「それと」
僕は怒りで顔を真っ赤にしているサリバンの目の前に立ち、思いっきり頭を後ろにひいた。そして、容赦なくその顔面にパチキを叩き込む。
「がっ……!!」
「汚い声で僕の家族を語るな」
盛大に鼻血を吹き出しながら地面に倒れたサリバンに冷たく言い放った。全然すっきりしないけど、なにかしら情報を持っていそうだし、仕方がないからこれぐらいで勘弁してあげる。
何事もなかったかのように戻ってきた僕に、ヴォルフがニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「手を出さないんじゃなかったのか?」
「出したのは頭だよ」
事もなげに告げる僕を見て、ククッとヴォルフが笑う。僕はヴォルフから視線を外し、だらしなく気絶しているサリバンを見た。
「それに、悪だくみで忙しそうだったからゆっくり眠らせてあげただけさ」
「流石は
「もう四、五発お見舞いするぐらいがちょうどいいんじゃな~い?」
「そうですね。なんなら永遠に眠らせてもよかったです」
うちの女性陣は中々過激だね。やっぱり僕がやってよかったよ。完全に気絶しているサリバンを蹴ったり踏んだりして遊んでいるうちの面々を眺めていると、ふと視線を感じた。振り返ると、グレイスが真剣な顔で僕を見ている。
「なに?」
「……あなたはそんな風に考えるのね?」
「え?」
そんな風って何の話だ? いまいち意味が分からず眉を顰める僕を見て、グレイスは小さく笑いながら優雅に髪を耳にかけた。
「なんでもないわ。……さぁ、行きましょうか? 女王陛下に会わせてくれるんでしょ?」
「あっ……」
完全に忘れていた。この後、とびっきり楽しいイベントが僕を待っているんだった。僕はがっくりと肩を落とし盛大にため息を吐くと、トボトボと歩き始めた。
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