第33話 失踪
ウィンザー家の調査は僕が帰って来てから一緒に行くことにしたので、ヴォルフには家に待機してもらうことにした。城門で一人待っていると、城からやって来たクロエが僕を見て不思議そうに首をかしげる。
「おはよう……って、レイ兄様一人?」
「あぁ、そうなんだ。ファルもファラも昨日は家に帰ってこなくてね」
「二人が?」
僕の言葉を聞いて、益々クロエが怪訝な顔になった。そんな顔になるのも無理はない。二人が任務以外で外泊したことなど、今まで一度もないのだ。
「……なにかあったのかな?」
「あったとしても、あの二人ならなんとかできると思うんだよね。それこそ、ドラゴンでも攻めてこない限り」
「それもそっか!」
少し心配そうな顔をしていたクロエも、双子の強さを思い出し、気を取り直したようだ。僕もあの二人の強さは知っている。一人で歩いていてもその辺のごろつきじゃかすり傷一つ負わせられないぐらいには鍛えているし、二人揃えば人間兵器と化すんだ。大抵のことはなんとかできるはず。
口ではそう言っているけど、この時なぜか僕の心には言いようのない不安が渦巻いていた。
クロエを学校に送り届け、少し時間を潰してから校門をくぐる。ほぼ顔パスはいつものことで、ここから教室に向かうまでの道で誰かに会ったのは例のグレイスの一件だけだ。最近は話しかけられることはなくなったが、まだ視線はいくらか感じる。油断しないようにしないといけない。
誰かに話しかけられることもなく教室へと入っていくと、僕に気が付いたニックとジェラールが早足でこちらに向かってきた。……いやいや、おかしいでしょ。
「なんでニックがいるの? 昨日入院していたよね?」
僕は呆気にとられながらニックの体に目をやった。見たところ、いたるところに湿布やらなにやらが貼られている。
「あんな傷、一日で治っちまうっての!」
あんな傷って……ミイラ男にされていたじゃないか。あれを一日で治すとか人間じゃないよ。
「って、んなことはどうでもいいんだよっ!!」
ニックがじれったそうに首を左右に振ると、真剣な顔でこっちを見てきた。隣にいるジェラールも同じような顔をしている。
いつもと明らかに違う空気の二人……いや二人だけじゃない、教室全体がなにやら妙な雰囲気に包まれている。僕は咄嗟に教室へと視線を走らせ、グレイスとエステルと話しているクロエに目を向けた。僕の視線に気づいた彼女が、こちらを不安げな目で見つめる。これはただ事ではなさそうだ。
「……なにかあったの?」
僕が尋ねると、少し興奮気味のニックが口を開こうとしたが、それを制してジェラールが少し前に出た。
「昨日、孤児院にファラ嬢とファル嬢は帰ってきた?」
突拍子のない質問に僕は大きく目を見開いた。この質問は双子が帰ってきていない可能性があることを知っていないとできないものだ。
「その反応を見る限り帰ってきていないみたいだね」
ジェラールが小さい声で呟くと、隣にいるニックが顔を歪めながら舌打ちをした。
「ごめん、話が全然見えない」
「あぁ、そうだったね。……実は社会科見学に行った第一学年の中で、あるクラスが教師を含め誰も帰ってきていないらしいんだ」
「クラスの誰も帰ってきていない……?」
僕が眉をひそめて聞くと、ジェラールは神妙な顔で頷く。それが事実で、僕に双子が帰ってきていないか聞いたってことは……。
「ファルとファラのクラスが集団失踪したって解釈でいいのかな?」
「おそらくは」
なるほど、それでクラス全体がこんな感じになっているのか。自分達の後輩がいきなり消えてしまえば、不安にもなるってもんだ。これであの二人は何かの事件に巻き込まれたのは確定ってわけだね。
「そっか」
その話を聞いても僕はあまり心配にならなかった。むしろ二人が帰って来ない理由がわかってすっきりしたくらいだ。何に巻き込まれたか知らないけど、あの双子が一緒なら他のクラスメートも平気でしょ。時間がかかっているのが少し気になるけど、本当にやばかったら何らかの信号を出すはず。あの二人は素人じゃない。
「まぁ、大丈夫なんじゃないかな?」
「……随分と淡白なんだな」
僕の態度が気に入らなかったのか、ニックが顔を顰めながら非難めいた視線をこちらに向けてくる。そんな目で見られても、二人の力を信頼しているから仕方がないじゃないか。失踪と聞いて僕の調べている事件と関連してるかもって一瞬だけ思ったけど、こんな派手なことは絶対にしないから多分関係ないだろうしね。
「ファルもファラも強いのはニックも知っているでしょ? そんな二人を、二人よりも弱い僕が心配してもしょうがないって」
「それはそうなんだけどよ……」
ニックが自分の髪をかきむしる。この一月くらいでニックは双子とかなり仲良くなっていたから心配なんだろうな。
「……レイの言う通りかもしれないね。少なくとも、ここでやきもきしたところで何も始まらないし、こういうのは騎士団の仕事だからね。僕達、学生の出る幕じゃないってことさ」
そう言うと、ジェラールは軽く笑いながら肩を竦めた。騎士団の仕事ってことは僕の仕事でもあるような気がするけど、ジェラールの言っているのは
話がまとまったところで、僕とジェラールが自分の席に歩いていく。まだ何か言いたそうだったニックも、ため息を吐くとその後についてきた。
「お前らドライすぎるだろ……知っている奴が行方不明になったんだぞ? 普通はもっと心配すんだろ?」
「あの二人と家族に等しいレイがこんなに落ち着いているからね。それよりも君は自分の心配をするべきなんじゃないのかな?」
「うっ……」
ニコニコと笑いながらジェラールが言うと、ニックがバツの悪い顔で口ごもる。
「入院費が払えなくて退院させられたとか、正直笑えないよ?」
そういうことか。早すぎると思った。怪我が治ったわけじゃなくて追い出されたのね。
「うるせぇ! ……新学年になって教科書とか色々と買ってたら金がなくなったんだよ!」
ここは貴族や王族が通う超一流の学校。当然、使用する教材も値段を含めて一級品。
「だから、僕が前に教えてあげたじゃないか。魔物のコアを高値で買い取ってくれる貴族がいるって」
「あー……なんかそんなこと言ってた白衣の奴がギルドにいたな……。集めたコアを譲ってくれれば大金だすって。話からして胡散臭かったんだよなぁ、そいつ。なんとなく悪だくみをしてそうな気がしてよ」
ニックの話を聞いたジェラールが少しだけ訝しげな表情を浮かべる。
「それは意外だね。コアを集めるような変人ではあるけど、謀を企むような野心家じゃないんだけどな」
「そうなのか? でも、白衣の奴は信用できなかったぞ?」
「使用人だからじゃないかな? その主人はそんなことないと思うけど……目立たないように生きることで有名だからね、ウィンザー家は」
…………えっ?
「ふーん……で、その目立たない貴族様はなんだって魔物のコアを集めてんだよ?」
「さぁ? 意外なことをして目立ちたかったんじゃない?」
二人の会話は続いているが、僕の耳には入って来ない。その前の発言が衝撃的過ぎて、思考が凍り付いていた。
ウィンザー家が魔物のコアを集めている? 集めているのは奴隷じゃないのか?
いや、ちょっと待って。魔物のコアを集めているということはサリバン・ウィンザーが魔物の実験を行っているということになる。いくら目立たない男とはいえ、ここまで秘密裏に事を運ぶことができるだろうか? 魔物の実験にはトラブルがつきものだ。最近になってそういう魔物が発見されたようだけど、それ以前にはそんな話は全くと言っていいほど聞いていない。実験中に魔物が暴れ出さないなんてことがあるのか?
……そうか、隷属魔法を使ったのか。
確かヴォルフが「サリバンは闇奴隷商と手を組んだ」って言っていた。人間を従わせる隷属魔法は魔物にも有効だ。とは言え、契約という儀式を経なければならないので、動けないように拘束した状態でなければ効果はないけど、それくらいであれば冒険者に依頼することもできる。
だが、分からないことがある。魔物の実験をしている理由もそうなのだが、それはどうせ禄でもないものだからこの際無視するとして、どうして奴隷も集めているのか、ということだ。
魔物の実験で資金繰りが厳しくなり、人間を売って金を捻出しているのか? いや、ヴォルフの話じゃ、人攫いにかなりの額を支払っていたらしい。高額で買い取った奴隷をより高額で取引してる? そんな無駄なことをしているというのか? 違法な奴隷を集めて売る意味が全く……。
──売ることが目的であれば、確かに危険極まりない愚かな行為ですね
頭の中で必死に考えを巡らせていた僕だったが、不意にノーチェの言葉がよみがえる。奴隷を集めているのは別の目的がある? 隷属魔法によって従わせた人間を魔物の実験のために集める理由……そんなのは一つぐらいしか思いつかない。
餌、だ。
ヴォルフも言っていた、魔物の餌は普通じゃないって。だが、人間ならば問題ないはず。なぜなら、魔物が人間を襲うのは、その肉にありつくためだからだ。
まだ多少の疑問は残るものの、すべてが一本につながった。そして、恐らくファルとファラを任務に巻き込んでしまったようだ。研究所に社会科見学へ行くと言っていた彼女達がいなくなった。間違いなく無関係ではないはず。
これは二人の動きを待った方がいいか? 多少強化されていようと、魔物ごときにあの双子が後れを取るなどと……。
バンッ!!
最悪なことを思い出した僕は机を両手で叩きつけながら勢いよく立ち上がる。その瞬間、クラスが静寂に包まれた。全員の視線が集中しているのを感じるが、そんなことはどうでもいい。僕は驚いた顔でこちらを見るニックに詰め寄った。
「そのコアを集めていた男は冒険者ギルドにいるの?」
「はっ? レ、レイ?」
口調が尋問する時のやつになってしまっているが、そんなことを気にしている余裕はない。
「いるの?」
多分、僕は今裏の顔が出てしまっているのだろう。盛大に顔を引きつらせながらコクコクと首を縦に振るニックを見ればわかる。
「そっか、ありがとう」
それがわかればもうここには用がない。僕は早口で礼を言いつつ、そのままそそくさと教室の出口へ向かう。
「お、おい! レイ!」
後ろでニックの僕を呼ぶ声が聞こえた。申し訳ないけど、今は相手をしていられないんだ。
本来、第零騎士団は自分のことは自分で何とかする集団だ。仲間との絆は確かにあるけど、命の危機に瀕しても仲間を当てにすることはしない。学生の馴れ合いとは違うし、その苦境を打破するだけの力は各々養っている。
だけど、それは助けに行かない理由にはならない。
今回の星は闇奴隷商を従える中級貴族。あの二人とは最悪の相性の相手だ。それならば僕は零騎士の筆頭として仲間を、家族を救い出しに行く。
「──そんな怖い顔してどこへ行くの?」
廊下を突き進む僕の足がピタリと止まった。ゆっくりと振り返り、藍髪の美少女がこちらを見ていることを確認して、僕は小さく息を吐き出す。
「悪いけど、今はグレイスさんの相手をしている余裕はないんだ。僕は」
「魔物のコアを欲しがる怪しげな男がいる研究施設でも探しているのかしら?」
おそらく今の僕の瞳孔は開き切っていると思う。それくらい前に立つグレイスを凝視してしまった。
「そんなにきつく睨まないで」
そんな僕を見て、グレイスが困ったような顔で笑う。
「盗み聞きするつもりなんてなかったのだけど、耳に入っちゃったのよ。ごめんなさい」
その表情からは彼女の真意が読み取れない。僕達の会話を聞いたのは別にいい。ただ、なぜ僕に声をかけてきたのかそれがわからない。
「……何が言いたい?」
なるべく平静を装いつつ尋ねた。本当はこんな問答をしている時間なんてないけど、なんとなく話を聞いた方がいいと本能が告げている。
「私ならその場所がわかるわ。これ、見覚えがあるでしょ?」
そう言ってグレイスが懐から取り出したのは、僕の正体を怪しむ元凶となった『カゴ』と呼ばれる魔道具だった。
「魔物のコアを持っていたら一度その研究所に連れていかれたのよ。その時になんとなく嫌な感じがしたから、念のためその施設に『ムシ』を仕掛けておいたの」
「ってことはつまり……」
「えぇ。あなたさえよければ案内するわ」
……まさか僕の立場を危ぶめた魔道具が、僕の仲間を救うかもしれない救いの手になるなんて思ってもみなかった。それを使えば最速で二人の場所に行くことができるだろう。現状、手掛かりは冒険者ギルドにいるらしい怪しい男だけだ。今日もそいつがいるとは限らないし、いたとしても研究所の場所を吐くかどうかも分からない。でも、これを承諾してしまえばもう彼女にはごまかしがきかなくなってしまう。僕自ら第零騎士団の掟を破ってしまうという事だ。
魔道具を取り上げるという手もあるけど、素直に渡すわけもないし、そもそも本人にしか使えないって話だから、それだけ手に入れても何の意味もない。結局、グレイスの『カゴ』を使うには彼女が必要だという事だ。だが、それでは……。
逡巡している僕を見るグレイスの目が真剣なものになる。
「あの子達を救いたいんでしょ?」
「…………」
「助けたいと思える家族がいるなら、なにも迷う必要なんてないじゃない」
その声はとても優しく、そして──
「──私には……もうそんな人いないんだから」
とても寂しげだった。
氷の女王と恐れられている少女の本音を聞いた気がした。だからだろうか、なんとなく彼女の事をもう少し知りたいと思った自分がいる。こんなこと思うなんて、よっぽど切羽詰まっている証拠なのかもしれないな。
僕は彼女の目をしっかりと見つめ返し、覚悟を決める。
「……ついてきて」
そう囁くような声で告げると、僕は彼女に背を向け、学院の出口に向けて歩き始めた。
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