第26話 魔法

 最悪だ。


 なんだかんだと頼りにしていた情報屋が消えた。


 嫌々ながら情報屋が根城にしているインキ臭い無法地帯に行ったら、あの一帯を仕切っている連中の幹部であるジャックが僕の前に現れたんだよね。なんでだろうと思いながらも一応顔見知りだし、声をかけようと思って近づいたら「『デカ耳のノックス』の野郎はハチの巣をつついたせいでバカンスにでてますぜ」って言われちゃってさ。詳しい話を聞く前にさっさといなくなっちゃったんだ。

 これは大きな誤算だよ。金さえ払えば信頼のおける情報を売ってくれるあのうさん臭い男がいないとなると、困ったことになる。裏の世界に精通する贔屓の情報屋は奴しかいないというのに……ノックスめ、どんなハチの巣にちょっかいかけたっていうんだよ。ちゃんとバカンスから生きて帰ってくるよね? ……最悪の場合、他の情報屋を探さないといけなくなるな、これは。

 正直、ノックスが逃げ出すほどの情報っていうのも気にかかる。でも、それより先に依頼をこなすことが先決だ。


 仕方ない……頼みの綱、綱といっても腐りきってる綱だけど、が使えない以上、自分で情報をかき集めるしかない。ペットや家畜がいなくなっているってわけじゃないんだ。攫われているのは人間、必死になって嗅ぎまわれば三日くらいで手掛かりが見つかるだろう。


 という甘い考えを抱いていたのが、一月前の僕だった。


「…………であるからして」


 魔法担当の教師が何か言っているが、僕の耳には入ってこない。今日は魔法試射場での青空教室だけど、僕の心はどんより曇ってる。この一ヶ月、なんの進捗もないからだ。もしかしたら、国が誘拐犯探しに乗り出したことに黒幕が感づいたのかもしれない。


「試験前に基本を確認しておこう。エステル・ノルトハイム」

「はい」


 名指しで呼ばれたエステルがその場で立ち上がる。


「魔法を撃つには充填、構築、放出の三つの手順を踏む必要があります。まずは身体の中に眠る魔力を充填し、溜めた魔力を自分の思い描く魔法に構築します。そして、最後に創り出した魔法を外部に放出します」

「素晴らしい。百点満点の答えだ」


 教師が満足げな顔で頷いた。流石は優等生のエステルだね。レベルⅢという優秀な魔力位階を持ちながら、知識もしっかりと蓄えている。同じレベルⅢでも戦うことだけが生きがいのニックとは一味も二味も…………試験?


「第一学年に習う基礎的な事ではあるが、学年が上がるにつれそれを軽んじる者が数多く存在する。だが、この世界で名を馳せる全ての者がその基礎を極めたものであることをしっかりと肝に銘じておくことだ。よし、では順番に魔法の精度を見ていくことにしよう」


 これはまずいことになった。僕が女王の密命で来てるってこの教師が知ってればこんなことにはならないだろうけど、僕の正体は極秘だから知ってるのはここの学園長くらいなんだよね。だから、仕方がないことなんだけど、これはどうしたものか。魔力零の僕は魔法なんてこれっぽっちも撃てない。これだから魔法の授業は一番油断ならないよ。

 普段であれば、試験前にクロエから適当な魔法をもらって試験に臨むんだけど、今回は任務のことで頭がいっぱいだったから完全に失念していた。こうなったらぶっつけ本番でクロエの魔法をもらうしかない。僕がさり気なく目を向けると、クロエは微かに首を縦に振った。


「次、クロエ・アルトロワ!」

「はい!」


 クロエははっきりとした声で返事をすると、魔力を充填する。その瞬間、彼女の手の甲にあるⅡの刻印が光を放ち始めた。


「"火炎乱れ打ちフレイム・ガンズ"!!」


 クロエのかざした手から無数の火の玉が飛び出す。それと同時に、僕は誰にも気づかれないように固有能力を発動する。


「"削減リデュース"」


 その内、一つの火の玉を身体に取り込んだ。そして、周りを確認……いや、とある人物を確認する。よし、グレイスは僕のことを見ていない。


「中々の腕前だ。次っ!」


 教師に目を向けられ、僕は前に出た。狙うは十メートルほど先にある魔力コーティングされている的だ。魔力を充填している素振りを見せながら、僕はすっと右手を上げる。


「"再使用リユース"……"火の玉ファイヤーボール"!!」


 最初にぼそりと呟いた言葉をかき消すように大声で魔法を詠唱するフリをした。これは前に使った"再利用リサイクル"とは少し異なる。あれは"削減リデュース"で蓄えた魔法を違う形にして唱えるものだが、これは吸収した魔法をそのままの形で撃ち出すことができる。三つある僕の特殊能力の最後の一つだ。

 つまり、クロエの魔法の一部をもらった僕の手から出てきたのは何とも言えない小さな火の玉。彼女の場合はそれを連発していたから圧巻だったものの、僕のは単発。もはや愛らしさすら感じるレベル。それを見たクラスの番長ことガルダン・ドルーが腹を抱えて笑い出した。


「おいおい勘弁してくれよ! 笑い死にさせるつもりか!? そんな魔法、子供でも撃てるぞ!?」


 ここぞとばかりに囃し立てる。それに乗る形でお付きの二人も笑い転げ始めた。

 はぁ……こうならないようにいつもそこそこの魔法をクロエからもらっていたというのに……失態だ。凄すぎてもショボすぎても、こういう場合にはよくない。特に最近はガルダンに目をつけられがちなんだ。ファルとファラが僕のクラスに来るようになったせいで、毎日のようにクロエ達と一緒に昼ご飯を食べてるからね。そのせいでガルダンのヘイトを稼いじゃってるんだよ。これは悪目立ちしすぎな感じだね。


「レイ、流石にこの程度の魔法では最高学年として示しがつかないぞ?」

「はい……もっと精進するようにします」


 教師の男が心配そうな顔をこちらに向けてくる。僕は顔を俯けながら、トボトボと後ろに下がった。もちろん本気で気落ちなどしてるわけがない。しいて言えば、ガルダンにからかうネタを提供してしまったことが痛手なくらいだ。だが、そんなことより大事なこと……魔法が使えないという事実を知られなかっただけ、僕は満足している。

 だけど、顔なんてあげられない。落ち込んだふりをしていないと不信感を持たれる。ほとんどの視線が蔑むようなものなのに、その中で一つ針のように鋭いものを感じるんだ。確認しなくたって、誰の視線なのかははっきりしている。

 この試射場一帯を氷結させ、教師の表情まで凍りつかせた'氷の女王アイスクイーン'の視線を僕はこの授業の間中ずっと一身に受け続けたのだった。

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