第24話 みんなでお弁当

 異色のメンツで開始された昼ご飯。僕の予想と反してかなり会話は弾んでいた。とは言っても……


「なんだよ! レイが孤児院暮らしだなんて知らなかったぞ! そんでもって、ファルちゃん達も一緒の孤児院なんだろ?」

「そーだよー! ボスはうちで一番偉いんだ!」

「偉いっていうのはあれか? 一番年上ってことか?」


 専ら話しているのはニックとファルの二人だけなんだけどね。普段中心になって話をしてくれるエステルはジェラールを警戒してか、全然しゃべろうとしないし、そのジェラールもニックの様子を観察するのに余念がないみたい。クロエはクロエで最適解を求めて、脳内のラビリンスに迷い込んでしまったようだし、ファラはファルがまずい発言をしたときにすぐフォローに入れるよう、素知らぬ顔で必死に耳を傾けている。なんていうか……カオスだなぁ……。


「それにしてもレイ……お前、年下にボスって呼ばせるだなんて子供っぽいところもあるんだな!」

「あー……うん。一応年長者としてまとめ役を買って出たら、自然とそう呼ばれるようになってたんだ」


 ニックににやりと笑いかけられ、僕は乾いた笑みを浮かべる。


「まぁ、でも確かにレイは面倒見がよさそうだからな、慕われても不思議じゃないぜ!」

「そうだよっ! ボスはしっかりしているからとても頼りになるんだー」

「頼りになるって言ったらファルちゃんの方だろ! 見たぞ? 昨日の大暴れ!」

「あれ? ニックちんもあそこにいたんだ?」

「いたともさ! あれだけ騒ぎになってたら流石にな!」


 確かにちょっとしたお祭り騒ぎではあったね。僕もまさか自分の仲間がその渦中の人物だとは思わなかったけど。


「体捌きが他の野郎とは全然違ったからな! 二人を見てただもんじゃねぇって思ったよ!」


 ニックがファルだけを見ながら言った。ちなみに、しどろもどろになりながら自己紹介をしてから、彼はファラに一度たりとも目を向けていない。もちろんエステルにも。昼ご飯が始まってから、ニックはずっとファルと話しっぱなしなのだ。おそらく、これが彼なりの自己防衛なのだろう。初心うぶすぎてファラやエステルと面と向かって会話しようものなら、彼の精神が崩壊しかねない。でも、ジェラールじゃなくてニックと話している限り、ファルもボロを出しそうにないし、僕としては嬉しいかな?


「あれでも随分余裕そうだったもんな。ファルちゃん、相当強いだろ?」

「私なんてまだまだだよー! ボスには遠く及ばないもん!」

「えっ?」


 油断し始めたくらいにやらかすのがこの子だったね、すっかり忘れていたよ。僕がなんとかごまかそうと口を開く前に、ファラが穏やかな笑みを浮かべながら話に参加する。


「ボスには小さい時からお世話になっていますからね。一生頭が上がる気がしないです」

「え……あっ……そ、そういう……こと……ですか……」


 顔を真っ赤にさせながら尻すぼみに声が小さくなっていくニック。なんかもう、純情すぎて見ているのがつらいよ。

 それにしても、流石はファラだ。話の流れがすごくスムーズで違和感がない。彼女に話しかけられた時点で頭の中が真っ白になったニックはどうでもいいとして、その内容であればニコニコ笑いながら貪欲にネタをかき集めているジェラールにも不信感を与えなかっただろう。


「いやいや、レイが羨ましいよ。こんなに魅力的な娘さん達と一つ屋根の下で暮らしていることを黙ってたなんて、本当隅に置けないね」

「そ、そうだぞ!! レイ!! 教えてくれておいてもよかったじゃねぇか!」


 おっ、ニックが僕を逃げ場にしてきたね。ジェラールじゃないけど、もう少しファラと話している姿を見てみたかったな。


「悪いとは思ってるけど、隠していたのにはちゃんと理由があるんだ」

「理由?」


 ニックが首をかしげる。この流れは予測していたから答えはちゃんと用意してあるよ。


「うん。ただでさえ僕は落ちこぼれだというのに、その上孤児院で暮らしているってことが知られたら、今以上にからかってくる連中が増えちゃうでしょ? それは勘弁願いたかったんだよね」

「あー……なるほど……」


 ニックもジェラールもエステルもこのクラスにおける僕の扱いは知っている。いじめの対象とまではいかないけど、誰にでも軽んじられる存在。だからこそ、納得してもらえたはずだ。


「でも、ファルとファラの二人と知り合いっていうのは教えてくれてもよかったんじゃないの? ほら、今朝丁度この二人の話題が出たわけだし」


 ジェラールに気を張るのが面倒になったのか、エステルが話しかけてきた。む、そう来るか。実際あの時は僕と双子の関係性を明るみにするつもりはなかったからね。


「こんな可愛い達と一緒に住んでる、って事実はやっかみの理由としては十分だと思うんだよね」

「まぁ……そうかもしれないわね」

「か、可愛い……!?」


 しぶしぶと言った様子で納得したエステルの隣で、ファラがニックに負けないくらいに顔を赤くしている。しっかり者でそつがない子なんだけど、どうにも照れ屋が過ぎる時があるんだよね。僕が褒めたりするといつもこれだ。


「って事はクロエも昔からレイのこと知ってたの?」

「え? あ、う、うん!」


 一瞬、こちらを見たクロエに、僕は僅かに瞼を動かし、返事をする。この方法で意思を伝えられるのはクロエと第零騎士団の面々以外にはいない。あっ、ただしファルは除く。


「だから、本当は学園でももっとお話ししたいんだけどね。レイに……レイ君がそれを嫌がるんだ」

「……理由はさっきと同じ?」

「そういうこと」


 僕がすっぱり答えるとエステルは静かにため息を吐いた。多分、複雑な心境なのだろうな。誰もが彼女のように身分を問わず分け隔てなく接するわけではない。いや、むしろ彼女の方が特殊なのだ。大多数の貴族は平民を自分よりも下に見てくるのだ。それが分かっているからこそ、エステルは僕の言い分にため息を吐くことしかできなかった。彼女が気に病むことではないというのに。


「おいおい……なんで、貧乏くせぇ平民二人と金だけで生きてる偽物の貴族が俺様のテリトリーにいるんだよ?」


 どんなに心を痛めたところで、こんな風に絡んでくる貴族は減りはしないんだから。


「おやおや、ここはガルダン氏の縄張りだったのか。それは知らなかったよ。悪いことをしたねぇ」


 言葉では謝罪をしているが、ジェラールの態度は一切悪いと思っていないようだった。すぐにガルダンから視線を外すと、昼ご飯の続きを食べ始める。


「ジェラール……いい気になるなよ?この金儲けにしか興味がねぇ金の亡者が」

「おい、ガルダン。勝手に使ったのは悪いと思っているが、そんな言い方はねぇだろ?」


 ニックがその場でスッと立ち上がり、ガルダンの方を見た。身体の大きさではガルダンに分があるが、引き締まっているのはニックの方だ。両者一歩も譲らずに睨み合いを始める。


「ガルダン様。さっき聞いた話じゃ、レイの野郎は孤児院で暮らしているみたいですよ!」

「本当か、グルート?」


 いつもガルダンのそばを離れない二人組の片割れであるひょろりとした男が、嬉々としてガルダンに報告をした。グルートっていう名前なのか。初めて知ったよ。もう片方のニキビ面の男はどうしたのかな?


「えぇ、間違いありません! しかも、この双子もそこに住んでいるらしいです」

「なんだと? ……平民にしてはましなツラをしているから、メイドにでもしてやろうと思ったが、そこまで下賤な血では流石にいらんな」

「てめぇ!!」

「ニック!!」


 双子を見てバカにしたように鼻で笑ったガルダンに、堪忍袋の緒が切れたニックが殴りかかろうとするのをエステルが止める。どんなに怒っていても、好きな子に名前を呼ばれれば止まらざるを得ない。ちなみに、ファラとファルは自分の事を言われているというのに、他人事のようにご飯を食べていた。かくいう僕も同じ。ノーチェが作る料理で、今までまずいと感じたことは一度もないんだよね。このお弁当も栄養バランスをしっかり考えつつも味に妥協が一切ない。今度、教えてもらおうかな。


「ガルダン、あんた言いすぎよ! 貴族だったら何を言ってもいいわけ!?」

「お前こそ、上級貴族としての誇りを持て。いつまでもくだらない連中と付き合っていると、ノルトハイム家の血を疑われるぞ?」


 ガルダンが吐き捨てるように言う。その言葉を聞いたクロエが僅かに顔を顰めながら彼の方を向く。


「ガルダン君……流石にそれはあんまりじゃないのかな?」


 思い人に厳しい顔を向けられ、若干たじろぐガルダン。しかし、すぐに気を取り直すと、仏頂面でクロエを見る。


「姫も姫だぜ。あんたみたいな高貴なお方は付き合う相手を慎重に選んだ方がいい。優しいのは分かるが、その優しさのせいで勘違いをする奴らが出てくるからな」


 そう言うと、ガルダンは僕たちの方を睨みつけた。結局はそういうことなんだよね。彼は自分の好きな相手が他の男とご飯を食べているのが気に入らないいってだけなんだ。男の子だから仕方ないよね。


「特にそこの何のとりえもない無能なゴミくず野郎は姫と同じ空気を吸う事すらおこがましいんだよ!」


 しかも、いつも見下している僕が一緒だからね。それは腹も立つってもんだ。……でもね、双子の前であんまり僕の悪口を言わない方がいい。


「……無能なゴミくず野郎?」

「……聞き捨てならないねー」


 瞬間、教室が氷河期を迎える。二人の身体からあふれ出た殺気が空間を支配していった。クラスの連中が怯えた目でこっちを見ているくらいだから、それを直接食らったガルダン君は大丈夫かな? ……失禁はしていないようだ、優秀優秀。氷水の風呂に入ったようにガタガタと震えているけど。


「それは……まさかボスの事を言っているわけじゃないですよね?」

「だとしたら、色々と覚悟してもらうことになるよー」


 まったくの無表情のファラに、薄い笑みを浮かべているファル。対照的ではあるものの、纏う空気はほとんど同じ。とりわけ眼鏡の奥に光るファラの眼光は、学生には……いや、素人には少し荷が重い鋭さだね。僕がちらりと目を向けると、ジェラールはもちろん、エステルやニックも顔を引きつらせて双子を見ていた。


「あっ……あっ……」


 ガルダンが声にならない叫びをあげながら後ずさる。あれだけの殺気に当てられたんだ、まともに話すことなんてできない。彼が情けないのではない、ファルとファラが大人げなかっただけだ。


「凄まじい殺気ね。研ぎ澄まされた刃を思わせるわ」


 ねっとりと重苦しい空気に抑えつけられ、誰もが口を開けないでいる中、それをまったく感じさせない凛とした声が教室に響き渡る。そっちに顔を向けると、藍色の髪をうなじでシニヨンにした美少女が双子を興味深げに眺めていた。


「噂では聞いていたけど、これは想像以上かしら?」


 グレイスは殺気が蔓延する教室を平然と歩いてくると、ガルダンの横に立ち、彼に視線を向ける。


「これ以上恥をかかないように、さっさと退散した方がいいんじゃない?」

「……ちっ!!」


 悔し紛れに舌打ちをしてからガルダンは子分のグルートを連れて急ぎ足で教室から出て行った。なんていうか、やられ役が板につかないか心配になってくるね。

 ガルダンがいなくなった事で、ファルはいつも通りの能天気な雰囲気に戻っていく。そして、ファラも……あれ? 何故だ? 未だに殺気を消していないんだけど? っていうか、睨む対象がガルダンからグレイスにシフトしたんだけど、どうして?


「ファラ?」


 僕は仕方なく彼女の名前を呼ぶ。ファラはビクッと肩を震わせると、消え入りそうな声で「ごめんなさい……」と謝罪し、グレイスから視線を外した。一体どうしたっていうのだろう。

 やっと凍てつくような殺気が消え去り、クラスメート達がホッと安堵の息を漏らした。そんな中、グレイスはファラから僕へと視線を移してくる。


「……あなたの知り合いなの?」

「そうだね」

「そう……」


 今更隠してもしょうがないので僕がきっぱり告げると、グレイスは少しだけ考えるそぶりを見せた後、双子に笑いかけた。


「私はグレイス。冒険者をやっているわ。よろしくね」

「あたしはファルだよー! ってか、グレイっちって美人すぎじゃね? こんな綺麗な人、あたし初めて見たよ!」

「ふふふ、あなたのように可愛いらしい子にそう言ってもらえると嬉しいわね。ありがとう」

「……っべーわ。笑顔も似合いすぎ。ファラもそう思うでしょ? ……ファラ?」


 ファルが目を向けると、ファラは顔を下に向けたままひたすらお弁当を食べ続けている。


「えーっと……ファラ? 自己紹介されたんだけど……?」

「……ファラです」


 顔も上げずにそれだけ言うと、彼女はひたすら箸を動かしていた。人懐っこいファルとは少し違うけど、ファラも比較的社交性のある女の子だ。それに、彼女は大人だから気に入らなくても、そこまで態度には出さないはずなのに……僕への悪口は除いて。

 ファルに目を向けると、彼女は困り顔で肩を竦めた。ファルにもわからないんならお手上げだな、こりゃ。


 キーンコーンカーンコーン。


 昼休みの終わりを告げら鐘の音が鳴る。双子はハッとした表情を浮かべると、慌ててお弁当を片付け始めた。


「教室に戻らないとー! みんな! じゃあねー!」

「失礼します!」


 脱兎の如く走っていった二人の背中を、僕達は呆気にとられた表情で見つめる。


「なんていうか……台風みたいな子達ね」


 小さい声で呟かれたグレイスの言葉に、僕達は内心激しく同意を示した。

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