第22話 調査開始

「ふぅ……いきなり話しかけられたから緊張したぜ」


 ニックが額の汗を拭きながら自分の席に着いた。そんな彼を見ながらジェラールは楽しげに笑っている。


「よかったじゃないか、愛しのエステル嬢と会話ができて。その機会を与えた僕に感謝して欲しいくらいだよ」

「くっ……こいつのおかげでエステルさんと楽しく会話をすることができたのは事実だが……素直にお礼を言う気分になれない」


 楽しく会話ねぇ……僕にはものすごい速さで目を左右に泳がせてしどろもどろになりながら、ごにょごにょと口の中で何か言ってただけのように見えたんだけど。まぁ、本人が楽しくって思っているなら、あえてそれを指摘する必要はないよね。ただ、純情すぎるよニック。

 さて……ニックの恋愛模様は置いといて、早速情報収集を始めようか。丁度情報の宝庫と言ってもいいジェラールがいるわけだし。ただし、彼は非常に勘が鋭く、頭が回る男であり、僕はただの落ちこぼれな学生。迂闊に質問しようものなら、変な疑いをもたれる危険性がある。


「あー、なんかモヤモヤする! こう……スカッ! とするようなことねぇかなぁ」

「それならいつものように冒険者ギルドに行ってクエストをこなしたらいい。君みたいな男は身体を動かすことこそが、悩みを吹き飛ばす特効薬だろう?」


 ニックがすっきりしない顔をしていると、ジェラールが机の中から本を取り出しながら言った。そういえば、ニックは冒険者登録をしているんだった。そもそも冒険者として名を馳せていたから、お声がかかったんだよね。学園に入学してからも冒険者としての活動を続けていたのか。多少免除されてはいるものの、それでもここの学費は他と比べて高いから仕方ないのかもしれない。


「それに最近は魔物のコアが高騰しているからね。稼ぎ時といえる」

「まじかよ! じゃあ今日の放課後、魔物狩りに繰り出してみっかな!」


 途端に奮起し始めたニックの横で、僕はちらりとジェラールに視線を向ける。


「魔物のコアが高騰なんて珍しいね」

「需要と供給のバランスが崩れれば、物の価値なんて秋の空模様のようにころころ変わるものなのさ。魔物のコアそんなものを好き好んで収集するが現れれば、そうなるのも必然ってことだね」

「へー……」


 この世界に蔓延るありとあらゆる魔物が持っているコア。エネルギーを豊富に含んだそれは、魔道具や武器、その他いろいろな物に利用されていた。もはや、人間の生活になくてはならない素材であることは間違いないのだが、魔物を倒せば例外なく手に入るので、高ランクのモンスターのコアでなければ、それほど価値があるものではない。それが高騰しているということは、よほど必死にかき集めている者がいるんだろう。物好きな人もいたもんだ。僕が探しているのはコアを集める変人じゃなくて、奴隷を集める悪人だ。どうやらこの情報は僕が求めているものではないみたいだね。


「他にお得な情報ってないかな?」


 だが、この話は使える。一見関係のないような経済の流れが、意外なところで事件と繋がっていることはままあることだ。


「ふむ……魔物のコア以外にはこれといってないな。そのコアもレイにはお勧めできない」

「え? なんで?」

「ニックのように自衛の手段を持っているなら問題ないけど、普通の人は日が沈んだらあまり外をうろつかない方が賢明だと思うよ? ……近頃物騒だからね」


 ジェラールが真面目な顔僕を見ながら言った。最後の方は少しだけトーンを抑えて。


「そうなんだ。なにかあったの?」

「詳しいことはなにも知らないし、僕も噂で聞いた程度なんだけどね。最近、反女王勢力が動きを見せ始めたらしいんだ。……先日、先走って自滅したおバカさんがいたんだけど、それをきっかけにね」


 それを聞いて、僅かに眉をひそめる。おそらく、ジェラールはバート・クレイマンの話をしているのだろう。だけど、騒ぎが大きくなる前に僕があの男は始末したはずだ。にも拘らず、この男はその話を知っている。やはり、一度彼の情報源を探ってみた方がいいかもしれない。


「自滅したバカ? なんだよそれ?」

「さぁ、僕にもよくわからない」


 ニックに合わせる形で、僕は肩を竦めた。そんな僕達にジェラールが意味ありげな笑みを向けてくる。


「情報っていうのはとても貴重なものでね。でも、それだけに取り扱い注意な危険物でもあるんだよ。多分、今僕が話したことは詳しく知ろうとしてはいけない類の話……命が惜しければね。だから、僕も深くは聞かなかったんだ」


 なるほど……この嗅覚こそが、商人界で麒麟児と呼ばれる所以なのかもしれない。


「おいおい、そんな物騒な話俺らにするんじゃねぇよ」

「そうだよ。ニックはともかく僕は普通の人なんだから」

「ごめんごめん。僕が言いたかったのは夜遊びはほどほどにって事さ」


 僕達がジト目を向けると、ジェラールは笑いながら本を読み始めた。反女王勢力の胎動か。思わぬところで思いもよらない情報を得てしまった。これは闇奴隷商と合わせてそっちの方も探ってみないといけないかもしれない。あの人は本当に敵が多いからなぁ……。


「……確かに注意しないといけないかもね。最近は人攫いも出てきているみたいだし」


 僕が軽い口調で言うと、ジェラールの目が僅かに細くなった。


「……レイ氏は意外と耳が早いんだね」

「小市民はそういう情報に敏いんだよ。じゃないと命にかかわるからね」


 何気ない顔で肩を竦める。……ちょっと大胆すぎたか。この男を前にしてボロを出すわけにはいかないけど、これくらいリスクを負わないと情報も得られないから仕方ない。


「なんだよ! 世情に疎いのは俺だけって事か!?」

「君はもう少しトレーニング以外に興味を向けた方がいい」


 ジェラールがニコニコと笑いながら言い捨てる。なかなかに厳しい物言いだね。


「その件に関しても詳細はわからない……でも、商人が情報を得られないってことは一つはっきりしていることがある」

「はっきりしていること?」

「あぁ……知らぬが仏ってことさ」


 きっぱり告げると、ジェラールは読書に戻った。なるほど……今回の仕事も一筋縄ではいかなそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る