第20話 賑やか妹達

 翌日、いつものように城門の前でクロエ王女を待っていると、なぜか双子が僕の所にやってきた。


「どうしたの?」

「今日から私達も姫様と一緒に登校します」

「どっかの誰かさんに意地悪されて任務から外されちゃったからねー。姫様の警護くらいはやらないと」


 ファルが僕に向かってべーっと舌を出す。意地悪されてって別にそんなつもりはないんだけど。でも、何を言われてもあの件には関わらせるつもりはないし、否定する必要もないだろう。


「僕がいるのに二人もプラスで護衛なんていらないでしょ」

「……クロエ様から聞きました。ボスは遠くから姫様を見守っているようですね」

「そうだけど?」


 僕があっけらかんと答えると、ファルが険しい顔でこちらを指さした。


「だめだよボス! ちゃんと近くで守ってあげないと! 何があるかわからないんだよ!?」

「ファルの言う通りです。ボスならば大抵の相手は遠くにいても問題なく姫様を守ることができるでしょう。ですが、その枠に嵌らない相手が来たときはどうするのですか?」


 ……なるほど、一理ある。女王の目が光るこの王都において、危険を承知で歴戦の手練れがクロエを襲いに来るなどあり得ない、と高をくくっていたが、果たして百パーセント来ないと言い切ることができるだろうか?

 答えは否だ。どんなことにも絶対はない。もし、第零騎士団僕達と同じ技量を持つ者がいきなり刺客として現れたのであれば、遠くで見張っている僕は間違いなくクロエの身を守ることはできないだろう。それは、王女の護衛を任されている身としてお粗末というほかない。


「世間体というものはわかります。だから、ボスが遠くから見守ること自体は否定しません。ですが、万一のことを考えて、至近距離から姫様を護衛する役目は必要だと思います」

「そうだよ! あたし達が近くで守ってあげるんだ!」

「私達ならば同性なのでそこまで注目を集めることはないです。それに私達がいれば、他に用事があった場合にボスも気兼ねなくいられますよね?」

「んー……まぁ、そうか」


 僕としてもクロエの護衛が増えることは嬉しい。それだけ彼女が危険にさらされる確率が減るということなのだから。行き帰りの護衛が絶対でなくなるのもありがたい。一つ心配事があるとすれば、ファルとファラもクロエと同様かなり顔立ちが整っているので、そんな三人が歩いていたら男性陣が黙っていないということだ……まぁ、それもファラ達がいれば問題ないか。


「わかった。なら、護衛を頼もうかな」

「わかりました」

「まっかせてよっ!!」


 元気よくV字サインを決めるファルを見て若干不安になるが、性格は別として彼女の腕は知っている。悪漢ごときに遅れをとるような子ではない。


「おはよう……あれ? ファルとファラもいるの?」


 そうこうしているうちに、城の方から学生服を着込んだ桃色の髪をした美少女がこちらにやって来た。彼女はこちらに近づくなり、僕たちを見て目を丸くする。


「おはようございます、クロエ様」

「おはよークロエっち! 今日から一緒に学院行くよー!」


 ファラが丁寧に挨拶したにも関わらず、ファルは満面な笑みを浮かべながら親しげに話しかける。それを聞いた門の前にいる騎士の男が顔をしかめてファルの事を睨みつけた。


「ファル……場所を弁えなさい」

「え? なにが?」

「気にしなくていいよ! 普段通りに接してくれた方が私も嬉しいし!」


 ファラが声をひそめて嗜めるも、ファルはいまいちピンと来ていない様子。そんな彼女を見て、クロエはクスクスと楽しげな様子で笑った。


「クロエ様、あまりファルを甘やかさないようにしてください」

「えー! なにそれひどーい!」


 渋い顔でくいっと眼鏡を上にあげたファラは、隣で唇を尖らせるファルを完全に無視する。


「甘やかしているつもりはないんだけどなぁ……普通に接してると思うよ?」

「ならば、もう少し接し方を改めるべきです。城でならともかく、これからは大多数の人間がクロエ様を目にする場に行きます。その際に砕けた調子で話しかけられるわけにはいかないでしょう」

「うわっ……相変わらずファラって超真面目ー」


 ファラは頭の後ろで指を組みながら軽口をたたくファルをギロリと睨んで黙らせた。


「自覚が足りないですよ、ファル。私達は単なる騎士団の隊員、クロエ様は一国の王女。身分の差ぐらいあなたにもわかるでしょう? あなたが失礼な態度をとることによって、クロエ様の顔に泥を塗りかねないのですよ? ……いつまでも友達気分ではいられません」

「うー……そんなこと言われたって……」


 ファラのお小言に耳を傾けるも、ファルは納得のいかない表情を浮かべる。そんな彼女に更なるお説教を、と口を開きかけたファラをクロエが優しく手で制した。


「全然気にすることなんてないよ? 二人は私の大事な友達なんだから」

「っ!? で、ですが……!!」

「ファルとファラが普段通りに私と仲良くするのを見て嫌な顔をする人がいるのなら、私はいくらでも自分の顔に泥を塗るよ。そんな人達の評価よりも二人と友達でいる方が、私にとってずっと大切なことなんだから」


 ニコッと笑いかけられ、ファラの顔が真っ赤になる。そんな彼女の頬を勝ち誇った顔でファルがツンツンとつついた。


「ほらー。クロエっちもこう言ってるんだよー? ファラは気にしすぎなんだって!」

「ファラが私の事を思って言ってくれたのは嬉しい。でも、本当にいつも通りに話しかけてくれていいんだよ? 学院にいる友達もそうしてくれているし、私もそうしてもらいたい。……それに、'クロエ様'っていうのは、少し寂しいかな?」

「うぅ……」


 完全に形勢逆転だね、これは。僕はプルプルと肩を震わすファラの頭を優しくポンポンと叩いた。


「姫様がこう言ってるんだ、お言葉に甘えたらどうだい?」

「ボス……」


 こちらを見る目にはあまり元気が見受けられない。僕は気落ちしているファラの頭をそのままゆっくりと撫でた。


「僕も姫様と二人っきりの時は昔の口調で話すようにしているよ。クロエがそうして欲しいって言うもんだからさ」

「ボスも……ですか?」

「あぁ」


 僕は安心させるように極力優しい笑顔を向ける。


「……でも、やっぱり私達みたいな素性の知れない輩と姫様が親しい間柄というのはよくない思います」

「ファラの言っていることは間違ってない。相手はいつかこの国を統べるやもしれない天下の王女様だからね。……でもまっ、偶には自分の気持ちに素直になってみたらどうかな?」


 彼女はとても真面目で責任感が強い。それ故に、最善を尽くすため自分の気持ちをないがしろにする節がある。


「ファラはクロエと仲良くしていたいんだろ?」

「…………はい」


 小さくてか細いけどはっきりとした口調でファラが答えた。僕は微かに笑みを浮かべながら頷くと、最後にポンっと軽く頭と叩く。ファラは少しだけ僕の顔を見つめた後、クロエの方に向き直った。


「……私もファルと同じようにクロエさんと接してもいいですか?」

「もちろんだよっ!」


 遠慮がちに告げられたファラの言葉に、輝くような笑顔で応えるクロエ。ファラは少し照れたように頬を染めると、僅かに口角を上げながらクロエから視線を外す。うんうん……三人とも僕にとっては妹みたいなもんだから、仲が良いのを見ると、こっちまで嬉しい気分になってくるな。


「じゃあ二人とも、クロエの事は頼んだよ。僕はいつものように離れて見てるから」


 そう告げると、僕はさっさとこの場を後にした。



「あっ……」


 吐息のような小さな声を漏らし、レイの背中を目で追っていたファラは、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ているファルに気がつき、慌てて視線を外した。


「白馬には乗ってないけど、愛しい王子様について行きたいなら、行ってもいいんだよー?」

「そ、そんな事、思ってないです!!」


 ファラが声を大にして否定する。だが、彼女の狼狽ぶりは誰か見ても明らかだった。


「いやーそれにしてもファラもクロエっちも大変だよね。ボスは戦いに関しちゃ超一流だけど、恋愛に関しては鈍感の極みだからねー!」

「なななななにを言ってるんですか!?」

「そうだよねぇ……」

「クロエさんっ!?」


 まさかの反応に、ファラは驚きながらクロエに顔を向ける。


「今だって、完全にあたし達を見る目が仲睦まじい妹達に向けるそれだったよ」


 ファルの言葉に、二人は思わず閉口した。そんなことは指摘されるまでもなく、ファラもクロエも常日頃から感じている事である。


「レイ兄様が私を大切に思ってくれているのは分かるんだけど……」

「それは完全に家族愛だよねー。クロエっちもボスの事、レイ兄様って呼んじゃってるし」

「だ、だって……慣れ親しんだ呼び方なんだもの」


 クロエの声が尻すぼみに小さくなっていく。最終的にはため息へと変わっていった。


「下手に深い仲だと、その関係を変えるのは難しいよー。それはあんたにも言えることだからね、ファラ?」

「べ、別に私は……!!」


 ファラは顔を赤くしながら口をパクパクさせるが、それ以上言葉は出てこない。そんな彼女の肩にファルは生暖かい笑みを浮かべながら片手を乗せる。


「……ボスに頭撫でてもらってたね?」

「っ!?」


 ファラの顔でボンっと小爆発が起きた。トマトのような顔になったファラを見ながら、ファルの口端がどんどんと吊り上がっていく。


「どうだった?」

「どうって……!!」

「偶には自分の気持ちに素直になってみてもいいんじゃない?」


 レイと同じセリフを言いながら、ファルはニヤリと笑った。一瞬、言葉に詰まったファラは、ゆっくり顔を俯けるとごにょごにょと口の中で呟く。


「…………った……す……」

「え? なに? 聞こえない」


 ファルが怪訝な顔で、自分の耳に手を添えた。クロエも同様に聞き耳を立てる。ファラは少しだけ逡巡したのち、先ほどよりも大きいが、それでも蚊の鳴くような声で囁いた。


「……温かかった、です……」


 耳どころか身体全体が真っ赤になっている彼女を見て、ファルとクロエは顔を見合わせる。


「こりゃまた……ご馳走様です」

「……羨ましい」


 苦笑いを浮かべるファルに対して、ファラの事を物欲しそうに見つめるクロエ。いてもたってもいられなくなったファラはぐるっと二人に背を向けると、そのまま歩き始めた。


「そ、そんなことより行きましょう! ち、遅刻してしまいます!」


 歩く姿はきびきびとしており、いつものファラを思わせるのだが、普段は白魚のような肌をのぞかせる首筋は、まだほんのり赤く染まっている。それに気が付いた二人は互いにくすりと笑い合うと、少し早足でファラの後を追っていった。

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