信じたくなかったあの色彩のこと


 四月七日。金曜日。

 入学式があった。

 でも、式の途中で、爆撃にあった。

 どうしよう。

 なんで。

 なにもなかったみたいに式が進んで、終わった。

 うそ。私の妄想なのかな。


 四月一二日。水曜日。

 授業が始まった。

 体育で、がれきにつまずいて、転んだ子がいた。

 転んだのは転んだので、その子は保健室に行ったけど、先生もがれきには気づいてないみたいだった。

 やっぱりなにかおかしい。


 四月一三日。木曜日。

 私は妄想なんか見てない。絶対そう。だって、がれきはあって、それにつまずいて転んだ子がいるんだし。今日は割れたガラスでちょっとだけ怪我をした子がいた。ガラスには気づいてないみたいだった。

 みんながおかしいんだよね?

 でもこんなに経ってもニュースでは何も言ってない。日本が爆撃を受けたのに?

 こんどの土曜日、念のため病院に行こうと思う。


 四月一五日。土曜日。

 統合失調症って診断された。

 よかった。日本は爆撃なんか受けてなかったのか。

 いっぱい薬が出た。

 飲むと気分がフワフワする。幻覚って言われたがれきはまだ目に映る。これ効いてるの?


 四月一七日。月曜日。

 どうしよう。やばい。どうしよう。なにあれ。

 いっぱい薬飲んだからちょっと動機がする。怒られるかな。でもこれが幻覚ならはやく消えてくれって思う。消えない。なんで? こんど薬変えてもらおう。

 二発目がきた。いっぱいきた。町が壊れた。

 人が死んだ。

 みんなが死体に気づかない。

 怖い。怖い。なんで私だけこんなのを見なきゃいけないんだろう。ストレスとかなかったよね? なんで?


 四月一八日。火曜日。

 怖くてずっと家にいた。

 違う薬をもらってきたいけど、まだ町に出たくない。死体あるし。

 今の薬も一応ちゃんと飲んでる。

 はやく治れ。はやく治れ。


 四月二一日。金曜日。

 やっと学校に行けた。

 死体は見ないようにしたから消えたかどうかわからない。

 先生から、ここ数日のお休みのことをきかれた。さすがに入学したてで何日もサボりはよくなかった。ちょっと怒られた。

 事情は話したくないから黙ってた。


 四月二四日。月曜日。

 もうだめだ。


 六月三日。土曜日。

 体育祭だった。

 正気?

 正気じゃないのは私の方か。

 なんかもう慣れちゃったな。


 六月五日。月曜日。

 増えた死体を見てももうすっかり平気だ。

 幻覚が消えた訳じゃないけどこれはこれでやっていけるかな。

 さっそく、今まで余裕がなくて作ってなかった友達を作ろうとしてみたけど、みんなけっこうやさしい。

 いいクラスっぽい。

 前向きにいこう。


 六月六日。火曜日

 遅いけど部活に入った。

 合唱部。

 ちょっと歌わせてもらった。

 歌ってる途中で窓ガラスが割れた。

 なんだろう。銃撃?

 ひとり負傷。

 まあいいや。どうせ幻覚だもんね。


 六月七日。水曜日。

 うおおう!

 コクられた。

 なんで? まだ知り合って二ヶ月くらいだよ? っていうか話したことないよ? 意味わかんない。

 とりあえず断っといた。

 血を流しながら好きとか言われても引くよね。


 六月八日。木曜日。

 私の幻覚もここまで来るとなんか笑える。

 きのうコクってきたやつ、失血死。

 さすがに嫌な感じがして、せめて死体は頑張って処理してあげた。

 誰も死体を引きずる私に気づかない。

 なんなんだろう。


 六月九日。金曜日。

 やっぱり私より周りがおかしいんじゃないか。

 薬は相変わらず効かないし。妄想なんかじゃないのかも。

 でも相変わらずニュースもやってないし。

 私が重症化してるだけ?


 六月十日。土曜日。

 火事だ。

 誰も気づかないから、火はずっと広がってる。

 そろそろこの町も終わりかなぁ。

 いや、妄想の中の話なんだけどね。


 六月一一日。日曜日。

 雨だ!

 火が消えた。よかった。

 燃えてた地区には絶対行きたくないな。焼死体とか絶対やばいもん。


 六月一二日。月曜日。

 学校。

 燃えてた地区の子がみんな来ない。

 どうしたんだろう。まさか本当に燃えた訳じゃないし。

 あの子達みんな幼なじみらしいし、仲良くサボりとかだったらいいな。


 六月一三日。火曜日。

 今日も来ない。

 さすがに心配で電話してみた。でも出ない。

 燃えてないんだよね………………?

 ニュースやってないし、先生にそれとなく聞いても知らないって言われたし。

 うん。きっとサボって寝てるんだよね?


 六月一四日。水曜日。

 あああああ。

 薬がなかったらあやうく自殺するところだった。

 行っちゃった。

 だって心配だったんだもん!

 許してよ私の妄想の神様! そんなのいないと思うけど!

 なんでこんなのばっかり見せるの?

 やっぱ死んだほうがいいか。

 もう見なくて済むならそれがいいよね。


 九月二二日。金曜日。

 目が覚めた。

 自殺未遂だ。生きちゃったか。

 病院は攻撃されてなくて綺麗だった。戦時法ってやつ?

 お母さんが泣いて抱き締めてくれた。

 ねえお母さん、その傷なに?


 九月二八日。木曜日。

 先生が病室に来てくれた。

 精神科病棟だし、私の妄想のことばれちゃってた。

 気味悪そうにされた。まあそうだよね。つらい。

 とりあえず勉強した。

 あー、わかんない。

 やばいな。やらなきゃ。


 十月二三日。金曜日。

 学校復帰~

 この日のために死ぬほどリハビリと遅れたぶんの勉強した。頑張ったぞ、私

 クラスのみんなが朝から祝賀会! 一日中休み時間はずーっと菓子パ! 最高だよみんな!

 部活のみんなは歌って出迎えてくれた。すっごいいっぱいお菓子くれた。泣いた。

 部員、減ってた。死んだんだと思う。泣いた。

 まだまだ治らないな。


 十月二六日。月曜日。

 うちのテレビが映らない。寿命かな。

 新聞とってないからニュース見れなくなるな。

 一応、戦争とかないかチェックしてたんだけど。

 友達にきいたらニュースなんかスマホで見れるじゃんって言われた。

 その手があったか。


 十月二十七日。火曜日。

 寒い。なにこの寒さ。ほんとに十月かよ。

 と思ったらまた近所に爆弾落ちた。火事。うちももうすぐ燃えちゃう?

 そんな暖房いらないのにな。


 十一月。

 日付はわかんない。

 死にたい。でも目覚めたときのお母さんの顔を思い出すとできない。死にたい。

 みんな燃えちゃった。

 死にたい。

 お母さんはどこ?

 私どうやって生きてったらいいの?


 十一月一九日。日曜日。

 友達んちに転がり込んだ。

 ゆるすぎでしょ。いきなり泊まっていいとかまじか。聞いてみたら独り暮らしらしい。

 ……それって親が死んだんじゃなくて?

 まあいいか。これからどうしよう。

 その子にだけ事情を言った。

 もちろん死んだとかそういう話はなしで、帰りたくない、どうしようっていうのと、薬のこと。いっぱい飲むけど貧血と生理不順の薬だから気にしないでって。

 ずっといてもいいって言ってもらえた。

 よっしゃ。

 家事くらいやろう。


 十一月二〇日。月曜日。

 え、意味わかんない。

 家が燃えて私が学校を休んでたこともなかったことになってる。



 

 やっぱり私じゃなくてみんながおかしい。

 確信だ。




 十一月二一日。火曜日。

 ああ、やばい。

 学校でいきなり発狂しちゃった。

 みんなやさしい。すごく心配してくれた。

 申し訳ない。


 十一月二二日。水曜日。

 ひさびさに体育やった。

 血の染みたグラウンド。がれきも死体もまだある。

 ボールが頭に当たっちゃったとき、つい泣き出しちゃって、当てた子にめっちゃ謝られた。

 ごめんね。違うから。

 気負わないでほしい。


 十一月二三日。木曜日。

 もう私、学校行かない方がいいのかな。

 みんなに心配かけてばっかり。

 つらいな。

 居候の身で頼りっきりになっちゃってるし。

 ぜんぜん動けない。

 鬱だろうな。

 ちゃんと薬飲まなきゃ。


 十一月二四日。金曜日。

 部活のみんなが最近元気ないからって歌で励ましてくれた。

 何回泣かす気だよ。

 最近涙もろい。めっちゃ泣いた。

 お菓子も食べた。けどすぐ吐いた。もったいないな。


 十一月二五日。土曜日。

 病院で新しく鬱病だって言われた。また薬が増えた。

 はぁ。

 なんで生きてるんだろう私。


 十一月二六日。日曜日。

 寒い。寒い日は嫌な予感しかしない。

 家から出なかった。

 友達も家から出さないようにだらだらしよって誘った。

 ずっと一緒にぐうたらしてた。

 落ち着く。

 唯一の幸せをくれる、私の親友。


 十一月二七日。月曜日。

 案の定。

 四月には四十人いたクラスメイトが、もう半分だ。

 だんだん何も感じなくなってくる。

 生き残ったやさしいみんなとは、せめてお別れまでいっぱい楽しくやろう。

 それだけが救い。

 戦争のことは誰にも言わない。

 みんなきっと信じたくないんだ。


 十一月二八日。火曜日。

 さすがにこれは怖いよね。

 担任の先生がいない。いないのに、ふつうに学活やって、ふつうに授業やってる。

 こわすぎ。

 でも、合わせないと。

 みんなの心が必死に作ってきた平和は壊したくない。



 十一月二九日。水曜日。

 うわうわうわ!

 ついに来た!

 隣の校舎に飛行機から銃弾。いっぱい穴が開いた。こっちの校舎にはあまりひどい被害はなかったけど、あっちで授業受けてた先輩とかはけっこう死んでる。

 いつも泣かせてくれた合唱部の先輩もいた。

 全部は無理だから、親しい先輩のだけ、死体を処理。

 ほんとに何回泣かす気なんだろう、先輩。


 十一月三十日。木曜日。

 授業なんか受けてられない。どうせサボったことにはならない。成績つける先生ももうほとんどいない。

 ひたすら死体を片付ける。

 薬がだいぶ減った。

 もらいに行かなきゃ。


 十二月一日。金曜日。

 みんな、まだ普通のふりするの?

 そろそろ怒りがわいてくる。

 こんなにみんな死んでるのに。友達も親も先生も死んで、校舎ももうぼろぼろで、あちこちに死体が転がってて、至るところに黒い血の染みができてて。

 こんなところでまだ平和の真似してるの?

 でも、駄目だ。

 やさしいみんながまだ平和を望むなら、私が守らなきゃ。いや、守れないけど、壊さないようにしなきゃ。


 十二月二日。土曜日。

 塾に行った友達が家に帰ってこない。

 死んだかもしれない。

 そっかあ。

 そうだよね。

 いつかは一人になると思ってた。

 予想通りだ。

 薬がもうない。


 十二月三日。日曜日。

 ひとりだ。

 学校に行ってみた。

 日曜日だから当たり前だけど、誰もいない。

 改めて行くと血と死体の臭いがすごい。吐いた。

 気づいたら掃除をしてた。血の染みって、ぜんぜん取れない。

 ああ、薬がない。


 十二月四日。月曜日。

 掃除と死体の処理。

 家には帰らないで、ずっと学校で作業。

 お腹減った。

 薬……。


 十二月五日。火曜日。

 我慢の限界。薬をもらいに行った。

 でも先生がいない。もうここまで被害が出てるのか。

 薬どうしよう……。


 十二月六日。水曜日。

 薬は諦めてとにかく死体の処理。

 つらい。

 すごく死にたい。

 死ねない。

 つらい。

 なんで私だけまだ生きてるの?


 十二月七日。木曜日。

 さすが冬。めっちゃ寒い。

 寒いのやだな。

 すごい雲。

 明日は雪だろうな。




 十二月八日。金曜日。

 今、朝の学活をしていたところ。

 見たことないくらいたくさん飛行機が来た。

 もう死ぬんだと思う。

 最期に書いておく。

 お母さん。

 私、生き抜いたよ! そっちで会ったら誉めてね! もう泣かないでね!

 合唱部のみんな。

 いつもありがとう。すごく救われてた。また一緒にいっぱい歌って菓子パしよ。先輩は次こそ私が泣かす。

 友達。

 大好きだよ。守れなくてごめんね。死体も見つけられなくてほんとにごめんね。たくさんの幸せをくれてありがとうね。生まれ変わっても友達になりたい。

 先生。

 なんだかんだ頼りにしてました。先生が勉強教えてくれなかったら学校行けなかったかもしれません。またいつか。

 神様。

 私、最後までみんなの平和を守りきったよ! だから、死んだら、せめて安らかに眠らせてください。


 じゃあ、また。







「苔色の雪が降った」

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