【努々抱くことなかれ夢を】

第268話

【努々抱くことなかれ夢を】


 死にたがり屋な心が化粧を落とすと

 淋しがり屋な貴方が顔を覗かせる


 淋しがり屋な貴方の涙が

 足元に水溜りを造ると

 嘲笑家のアイツが船を浮かべる


 嘲笑家のアイツの船が辿り着く岸辺には

「私は孤独です」と、貝殻と戯れる私がいます

 私が投げ掛けるその言葉は

 空の貝殻の、波の音と絡み合ってはいるものの

 何度待っても分離していく

 が、

 私の嘆きと波のささめきが織りなす分離の境界線は

 空へと続く道となり、棚引きます


 私はその揺れる道を歩もうと決意を抱くとき

「その貝殻、ぼくに譲ってくれませんか?」

 と

 小さなヤドカリがやってくるのです


 浮いたお尻をまた砂塗れに戻し

 貝殻をヤドカリに差し出しながら

 私は、小さなヤドカリに「君は孤独ですね」

 の響きを聞かせます


「ありがとう、ぼくも孤独です。みんな孤独です」

 背負っている小さな貝殻を脱いで

 私の貝殻に包まれる小さなヤドカリは謳った

 それから、小さなヤドカリは、去った


 小さなヤドカリが残した小さな貝殻にはまだ

 小さなヤドカリの温もりが残留している

「孤独を忘れる努力は無意味ですよ。思い出した時が辛いだけです」

 蒸発していくその温もりが私の鼓膜を掠めていく


 ああ、その通りだね

 目の前に広がっていた気がする静かな海は

 今はもう、干上がっていた

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