【一瞬の想起】

第216話

【一瞬の想起】


 一瞬の想起。

 どこかでだれかが

 しあわせになれば

 どこかでだれかに

 しわよせがいく


 わたしにとっての楽しみは

 めぐりめぐって

 だれかにとっての苦しみへかわる


 わたしに笑顔を宿すできごとは

 まわりまわって

 だれかの悲痛を生みだしている

 もしくは

 だれかの苦悶があるからこそ

 わたしは笑顔になれるのだろう


 だれかの苦しみがあって

 だからわたしは楽しめる


 だれかが自由を締めあげられている

 だからわたしは

 しあわせを噛み締められるのだろう


 だからこそ

 自分が苦しんでいるときに

 だれかが笑っていても

 恨んではいけない


 羨むことはあっても

 決して

 恨んではいけない



 一瞬の想起。

 己が辛く悲しみに暮れているとき

 どこかでだれかが

 しあわせを噛み締めている


 そのだれかのしあわせは

 あなたが苦悶に苛まれている結果

 生じた安らぎなのかもしれない

 もしかしたら

 そのしあわせのしわよせが

 あなたの元へと

 いき着いたのかもしれない


 だからといって

 そのしあわせを

 あなたが毀して良い

 云われなどはない


 あなたの我慢によって

 だれかが笑顔でみんなを明るく照らしている

 あなたの贅沢によって

 だれかが悲痛にうなだれ暗澹に浸っている


 ふとした瞬間にそのことを思い出す

 その余裕を持っていたい


 楽しいことを楽しまないことは

 だれかの苦悶を蔑にする行為に等しい


 だからこそ


 笑顔の内に一瞬だけ思い出して

 感謝の気持ちを抱きたい



 一瞬の想起。

 わたしの真上が晴れていても

 世界のどこかでは

 雨が降っている

 雪が舞っている

 嵐や吹雪に見舞われている


 わたしの真上に嵐が訪れても

 世界のどこかでは

 日差しが穏やかな風を靡かせている


 けれど

 嵐が訪れることで

 干ばつが救われることもある


 吹雪になることで

 木々に季節が刻まれる

 実りある春へ向けて


 苦悶なくして悦楽などは有り得ない

 悦楽なくして苦悶も有り得ない


 己が苦痛に苛まれている

 そのことを自覚できているのなら

 あなたは既に、

 それ相応のしあわせを抱いている


 あなたが新たなしあわせを抱いたならば

 それは

 あなたが苦悶を乗り越えた結果ゆえの成果



 一瞬の想起。

 目の前のできごとが

 しあわせなのだと気が付ける感性

 くるしみなのだと思い起こす勘性


 鈍感になることはない

 敏感になる必要もない


 感じられるできごとを

 生みだされる思いを

 そのままの姿で抱き寄せればいい


 全ては連なっている

 けれど繋がってはいない


 だからこそ

 手と手を取り合って

 ぬくもりを伝えあって

 連なりを繋がりへと


 導くのは一瞬の想起。

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