【我執ナッツ】

第164話

【我執ナッツ】


「認めてもらいたい」

「崇めてもらいたい」

「一番になりたい」

 こういった傍若無人な欲求が、最近また性懲りもなく出始めた。

 蛆虫の如く湧き始めた。

 ただ、こういった欲求は、人類にとって、発展と安定をもたらす根源になり得る人間らしさでもある。 だが、このことが逆に、人類を破壊的で悲観的な存在にしていることもまた、事実だ。


「こんな欲求を持ち続けなくては、安定を図れない人類など、滅んでしまえばいい」と叫びたくなる。

 ああ、何てことを、この欲求を排除したかったはずなのに、この欲求にまた支配されそうになっている。気が付けてよかった。

 そうなんだ、こうやっていつも、本当にいつの間にか、蛆のようにこの欲求が湧いている。蛆が湧いてから、そこは腐っていたのだ、と気が付く始末だ。


 この欲求は最早私とは切り離された存在だ。

 私の意思とは無関係に、

「ふざけやがって、馬鹿ばっかだ」

「何にも解ってねぇくせに出しゃばりやがって」

「自分の低能に見合ったものが素晴らしいと勘違いしてやがんだ、こいつらはよぉ」

「まったく、思案することを放棄している奴ばっかりだ」

 とにょきにょきと顔を覗かせてきては、叫ぶのだ。

 五月蠅いことこの上ない。騒がしいにも程がある。不愉快だ。

 今まではどうにかこいつを押さえつけ、閉じ込めていたのだが、最近は、私の目を盗んで奴が密かに抜け出している、という失態を犯すことが増えた。

 奴が逃げ出していることに気が付いたときには既に、奴は喚き散らかしている。


 昔はそれを自覚しても、私は耳を塞ぎ、目を瞑り、口を閉じて、我関せずを貫いていた。

 しかし、いつだったか、我慢の限界が来た。この我執とでも言い表せる奴が、いい加減煩わしくなった。頭にきたのだ。

「お前はそんなに完璧な人間か?」

「お前は一体何を理解している?」

「一体どんなに高尚で、革命的な思案をしているのだ?」

 と私は奴に、言い放った。

 奴は口ごもった。それでも尚、喚き散らかそうとする。

 だが、一瞬の隙を私は見逃さなかった。

 奴を、私の奥底に、閉じ込めた。二度と出てこないように、檻で囲み、鍵を用いて、閉じ込めた。

 奴が抜け出そうと足掻こうものなら、すかさず戒めた。


 それがどうだろう、最近になって、私は奴の存在を忘れてしまっていた。

 安心していたのだ。奴はもういない、と。

 その安心が、奴が逃げ出して、奴が表に出ていることで偽装されていた、錯覚であることに気が付いたのが、奴が再び、なりふり構わずに、喚き散らかしたずっと後になってからだった。

 何度、奴は喚いたのだろうか、私の関知しない間に。

 何度、奴は勝手気ままに周囲を蔑んだだろうか、自分を棚に上げて。

 そんな奴を放置していた私が、許せない。


 だから、こんなことが二度とないように、私は奴を殺すことにした。

 私は、目の前にある鏡を、床に叩きつける。

 細かく砕けた鏡には、分裂した奴が、無数に私を、見下していた。

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