【昔の話】

第135話

【昔の話】


「居場所がない」

 声に成り損ねたその言葉はけれど、私の思いと共鳴して顕在化した少年の言葉。

「違うわ」それは違うわ、と私は強く否定した、なぜ?

「どうして?」

 私が抱いた疑念を少年も抱いた理由もきっと共鳴。

「居場所はどににだってあるし、どこにもないの。私はここにいて、あなたもそこにいる。それが居場所でなくて、何が居場所なの?」

「みんなの中に、ないの」

 ぼくの居場所が。後に続くだろうこの言葉は、少年が声に出したかのように私の脳裡へ響いた。

「ええ、ないわ。でもそれは皆も同じなの。私もね。ないからこそ、皆は憧れて、どこにもないからこそ、皆は恐れたの」あなたもね、と音にはせず、補足した。

「だからつくった、居場所を、皆は皆で。でもぼくはそこに入れない」

「ううん」私は首を振る。もちろん横に。

「つくったのはルール。暗黙のルール。居場所という虚構が偽りであることを言葉にしてはいけない、というルール。そして、居場所がある、と思い込む努力をしなさい、というルール」

「そのルールにぼくは入れない。だから居場所がないの」少年は悲しそうに項垂れた。

「ルールに縛られない、それは自由だということよ?とても素敵なことじゃない?」

「ルールに入れたくても入れない・・・それが自由なの?」私を見上げて少年は眉を顰める。

「何かから自由になれば、同時に何かから拘束されるということ、つまり不自由になるの。何を犠牲にしてどんな自由が欲しいか、それが問題だわ」

「ならぼくは、あなたの言う自由はいらない。だから、ルールに入りたい。居場所がある、とぼくも思い込みたい」

「思い込むならいつだって自由よ。それはあなた一人だってできることじゃない」

「ぼくは皆と繋がっていたい。その中で、居場所がある、と実感したい。そして、ここが君の居場所だよ、って認められたいの」

「なら私が認めてあげるわ、ここがあなたの居場所よ」


 少年は目を見開いて、固まった。

 硬直した時間は一秒足らずだったにも拘らず、とても長い間凍ってしまったかのように感じられた。それは、私の口からでた言葉に、私自身も驚いたからに違いない。少年と共に、私も凍っていたのだ。これも共鳴なのだろうか?長い長い、一秒だった。

 短くも長い氷河期が唐突に終わりを告げる。

 少年が見開いた瞳を閉じ、瞬きをした。

 僅かに開いた口も、一文字に噤んだ。可愛らしいアヒル口になる。

 タイムスリップした人間は、その間の時間の流れを関知できないらしい。

 故に、何事もなったかのように動き出した少年は照れくさそうに俯いて「ありがとう」と呟いた。

 次に少年が顔を上げた時、透き通った青が白い部位にまだ残っている彼の瞳が潤んでいた。

 西洋人形のような真っ直ぐに歪んだ瞳だった。その歪みは光をスペクトルさせ、艶やかな色彩を浮かべている。

 けれどすぐに、はっと何かに気が付いたようにその無垢な顔に困惑を浮かべ、瞳はゆっくり閉じられた。

 重そうに瞼を持ち上げて、再び瞳を露わにし、「でも、ルールに縛られることになっちゃいます」と私を見つめる少年。

 あなたが自由になれない、と私へ諭しているのだろう。

 落胆を隠せないその新たに潤んだ瞳がふるふると揺らいでいた。

 俯きながら少年は、「あなたが嫌いな不自由を背負わせてしまうことに・・・」と拳を固く握った。

 

 鼻から、脱力を強いる溜息を私は洩らす。

「それもええ、今なら選ぶ価値のあるものなのかもしれません」

 少年は一瞬顔を上げそうになったのを、抑えて、まだ頭を垂れている。

「ここが居場所なのだ、と思い込む努力も中々面白そうだわ。なんだか、ゲームみたいじゃない?それに、君となら、そんな努力をしなくとも、簡単に思いこめそうだもの、ここが居場所なのだと」共鳴しうるなら、言葉に出さずともいいのに、と思いながらも私は「私と君との居場所をね」と声に出して続けていた。

 少年は私に近づき、上着の裾をちょこんと掴んで「独りじゃないんだよね、これからはもう、ぼくは・・・・・・独りじゃ・・・」瞳のふるふるを集め、ポタポタへと変えた。

 少年の黒く艶やかな髪を撫でて、「いいえ、これからも独りよ」と教えてあげた。

「私とあなたとで、独りなの。二人で独り。これからはずっとね」と教えてあげた。


***

 いつだって私は独り。

 けれど、それは皆の言う孤独ではない。

 幸せで、自由を伴う孤独。

 だから私は僕となり、ぼくを自由にしてあげた。

 そしてぼくは、いなくなった。

 自由なぼくへ、なれたのだから。

 それでいい、と僕は思う。

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