【原液の中から】

第134話

【原液の中から】


 シャボン玉がいくつも風に流され舞っていく。無秩序に漂っているようできちんと空気の軌道を辿っている。

 奇麗だ。

 透明で。

 そのシャボン玉を少年は見つめている。

 よくよく目を凝らしてシャボン玉を見ると、ある角度の時だけうっすらと一瞬だけ丸い形がはっきりと目に映る。

 少年はシャボン玉を確かに認識したいと考えていた。じっくり観測したいと。だって幻影なのかもしれないのだから。

 瞳にシャボン玉が映ると、少年はヒラヒラと舞う紋白蝶を捕まえるように、手でそれを捕らえようとする。

 はたからそれを眺めていると、少年がまるで踊っているかのように見える。

 シャボン玉は少年が触れるとすぐに割れてしまう。だから少年はいそいそとまたシャボン玉を探してまた触れる。

 少年がしていることは認識と消滅を同時にこなす行為。

 ただの破壊行為。

 まったくの無駄に見える行為。

 でも消えるのは形としてのシャボン玉。

 割れた瞬間それはさらに透明に霧散し、静かに原液の中へと戻り落ちていく。だから原液が枯渇することはない。そしてまたいつの間にかシャボン玉が膨み、舞い上がっているのだ、と少年は考える。

 いつまでたっても少年はシャボン玉を手にとることがない。確かにそれが現実のものだと認識できない。だが実際にシャボン玉は消えてなんかいない。どこかを新たに新たなシャボン玉が漂っている。

 少年の考えは正しいのだ。

 ある角度が解れば触れる事なく観測できるのに、と私は思う。

 でも少年にはそれが解らない。

 ずっと彼がふらふらと踊っているから。

 一瞬の目に映るシャボン玉に夢中だから。


 どこに原液は在るの?

 何がシャボン玉を膨らませるの?

 いくつのシャボン玉が漂っているの?

 いつまで漂っているの?

 なぜ僕には見えないの?

 少年はそれが知りたいだけなのに。

 実際のところ、どうでもいいことなのだけれどね、私にとっては。

 原液と化したシャボン玉で少年の手は濡れている。

 きっとこの先も彼は、それに気が付くことなく、シャボン玉を割り続けていく。

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