【友人A-2】

第126話

【友人A-2】


 友人Aがやっているダンスには、バトルというものがある。いわゆる大会だ。

 チームで参加したり、個人でだったり、と参戦する人数は大会によって違うらしいけれど、友人Aは一人で出ることが多い。というよりは、こいつはキザだから、仲間がいないだけなのだろう。


 最近、「時間ないかな?飯奢ってあげるから」と彼から連絡があり、久々に会ったら酷く落ち込んでいた。雰囲気は暗いし溜息を頻繁に吐く。ハッキリ言って煩わしい。なので、仕方なく「どうしたの?」と聞いてやった。


「バトルでグダった・・・・・・死にたい」彼はそう呟いた。

 私は優しく微笑んで言う。「なら死ね」

「相変わらず冷たいなぁ」と彼は口元だけを緩める。でも目は死んだままだ。

「失敗くらいなんだよ、悔しさをバネに変えて進化しろよ」と私はさもありなんな言葉を吐く。

「まぁ失敗のこともあるんだけど、なんだかね、それ以上にバトルに出る意味が分からなくなってさ」

「聞きたくないけど、いいよ、今日は聞いたげる、愚痴ってみ」私は奢らせる気十分で注文したステーキを頬張る。

「うん、ありがとう。僕がさ、踊ってるのってさ、自己表現なんだよね、って話は前にしたよね?」


 えっと確か、あれは飯を奢ってもらおうと、練習帰りの彼を待ち伏せして後ろから羽交い絞めにした時だ。いつもは膝かっくんだったから、わりかしはっきりと覚えている。(ちなみに最近は輪ゴム飛ばし)

「なんで踊ってんの?」とその時私が聞いた質問に、彼は答えた。「自分を踊っているんだ」と。気障だな、と私は顔をしかめた気がする。

「表現には自己に向かう表現と、他者に伝える~(どうたらこうたら)」と表現についての話を熱く、時にうざく語られた。あれ、どっかで聞いた話だな、と私は思いながら耳を傾けていた。


 詰まる所、彼は、自分の頭の中で踊っている理想の自分を追い求めてるだけで、他人より上手いとか、凄いとかそういった評価は求めていない、という話だった。

「だったら、山にでも籠って踊ってろよ」と突っ込むと、彼は「山には整備されたフロアも、鏡も、音楽を流す為の家電も、電気すらないからね」とすぐさま言い返してきた。

「ああ言えばこう言う」と私が呆れると、「そうだね」と彼は首肯した。


 そして今日の彼は、「なのに他人と優劣を競い合うバトルになぜ出ているんだろうね、僕は。この自己矛盾を自覚してから僕は、バトルで本気を出せなくなった。そしてその無様な自分を嫌悪してしまう」とのことらしい。

「なら出なきゃいいじゃん」と私はデザートを選びながら返答する。

「そうなんだよなぁ・・・でも、逃げになるんじゃないかって思って」

「なんでよ?」

「いい成績が出せなくて、それでもう出ません、て言ってるように見えないかな?」

「見えるよ。でもさ、他人の評価は気にしないんでしょ?」私は丸めたストローの包装紙を指ではじいて彼にぶつけた。

 そうなんだよね、と彼は呟きながら、紙の当たった頬っぺたをさすって「だから自分が嫌なんだ」と続けた。

 何だか同じ話を繰り返ししている気分になってきた。

「てかさ、そもそもなんでバトルに出てるの?」と苛立ちを抑えきれずに私は声を荒立たせる。

「一期一会の表現であるということを、実感したいんだ。独りで踊っている時は、やり直しがきくでしょ?でもさ、バトルじゃそうはいかない。その緊張感を実感したいんだ」と彼は用意していたセリフのように滑らかに言葉を放った。


 いつもの私なら「気障だ、ナルシストだ、だったら悩まずに出りゃいいじゃん!」と罵っているところだが、今日の私は黙ってその言葉も愚痴も聞いてあげた。なにせ、普段よりも奢ってもらう金額が多かったからだ。これくらいの対価は必要だ。でないと、次から奢ってもらえない危険がある。むしろ、友人辞められる危険が高い。てかこんな損得勘定を考えている時点で、私には彼と友人でいる資格はないのかもしれない。だが、ゴン君が言っていたように、「友達になるのに、資格なんて必要ない」という言葉を私は信じているからして、これでいいのだ。と思う一方で、ご都合主義だな、と自分でも呆れる。


 とまぁ、なんだかんだで、彼の愚痴を聞きながら、私はまったく関係のないことを考えていた。「そうだねぇ、難しいねぇ、偉いねぇ」を順番に口にしながら頷いて、彼の話を聞き流していたので、結局彼がどういった結論を出して、納得し、帰ったのかは知らない。私はさながら「オートマチック頷き同意マシーン」になっていたことだろう。


 あの時言えなかったので、ここで思ったことを言っておく。

 彼がこの記事を見ているかどうかは、問題ではない。

 私が思ったことを書きたいだけだからだ。


***

 人は一人では個人に成り得ない。

 誰かに干渉され、同時に誰かに干渉する、ということが発生して初めて、個人として型づくられるものだ。

 だから、いくら自分の世界に縋って自分の世界を求めたところで、他者との係り合いの中で、自己の世界を磨かなくては、満足いく自己の世界にはなり得ない。

 他者との関わりを持ちながらも、自己の世界を求める、それでいいじゃないか。

 それのどこに矛盾があると言うのか?

 自己の世界に必要なことならば、取り入れるべきだ。

 変な拘りは捨てろ。

 目的を忘れて、優先順位を見誤るな。

 他者の評価を気にしないのであれば、必要だと思うことは、迷うことなく実践しろ。

***


 うん、これが言いたかっただけである。

 というか、この「~である調」は扱いづらいのである。

「私」の真似は難しいのである。

「私」はどこへいったのだろうか、連絡がとれないのである。

 知っている人がいたら、教えて欲しいのである。

 以上、私の話は終わりなのである。

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