【僕の小言】

第116話

【僕の小言】


 僕には少し変わった友達がいる。そいつには名前がない。だからここでは僕がいつも呼ぶように、そいつのことをアールと呼ぶことにする。

 アールには友達がいない。いや、僕がアールと友達だと思っているのだから、少なからず僕がアールの友達ではないのか、とご指摘いただくかもしれないのだが、どんなに僕が友達だと言い張っても、アールは僕のことを友達とは認めてくれないのだ。

 言うなれば、一方通行な友達なのだ。けれど僕はアールから拒まれているわけでも嫌われているわけでもない。ただアールに、「君は私の友達だね」と言ってもらっていないだけの話であって、見掛け上、そして付き会いの上ではやはり、僕らは友達なのだ、と僕は思っている。しかしながらやはりこれも僕の身勝手な一方通行な言い分なのだけれど、それでも僕はアールと友達だと思っている。


 アールの変わったところというのは、他でもない。アールは動物と会話することができるのだ。いや、それは違う。語弊のある言い方だった。より正確に言うなれば、――少し背伸びをして、これを大人びた言い方にすると、「より正鵠を射る表現を心がければ」であるが、――アールは動物にしか興味を示さないのだ。そして何が一番変わっているかというと、アールは人間を動物だと認めていない、というその認識だ。だからアールは、動物と会話をするのに、人間とは会話をしない。そのため必然的に、僕とも会話をしないのだ。けれど、アールも人間である以上、人間の言葉はわかる。だから僕の言葉を理解することはできるのだ。なので僕はこれまた一方的にアールへ話しかけている。一方通行の多い僕であるが、決して好きでこうなっているわけではないので、是非とも同情して頂きたいものだ。

 アールは僕の投げ掛ける言葉を拒むことなく、けれど返答することもなく、黙々と何か思考しつつ、そして熱烈と何かに夢中になりながら、耳を傾けて聞いてくれているのだった。いや、この場合も、正しくは、耳を塞がずにいてくれている、といった方がしっくりとくるのかもしれない。


 最近のアールは、特にネコさんにご執心のようなのだ。

 ところで僕にはメアリーさんという、とても可愛らしい少女の知り合いがいる。メアリーという名である以上、純粋な日本人の方ではないようなのだが、しかし彼女はとても日本語の扱いが上手なのだ。それもそのはず、ここだけの話ではあるけれど、そして声を小さくして話すのだけれど、メアリーちゃん、実は英語が話せないのだ。(母国語が英語かどうかは定かではないけれど……)彼女はそれをとても気にしていて、このことを指摘されるのも、話題にされることも、とにかく嫌っている。だからこれは、ここだけの話。絶対他の人には内緒にしていてほしいのだ。

 (僕はメアリーがいないところでは「ちゃん付け」もしくは「呼び捨て」であるが、彼女のいるところでは「さん付け」だ。彼女が怒るから。僕のことは「あなた」と呼ぶくせに、自分が呼び捨てやちゃんづけにされることを酷く嫌っている。とにかく気難しく、接し方が難しい子なのだ)

 僕の家はメアリーちゃんの豪邸に隣接していて、彼女の親が留守の時は、僕が彼女の子守りをすることになっている。メアリーちゃんはまだ小学生なので、あんなに大きな家に一人ぽっちで置いておくには、親で無くとも心配というものだ。けれど、メアリーちゃん、見た目は少しおませな少女なのだが、中身はとんでもない。大人も顔負けの毒舌を吐くは、吐くは、そりゃもう僕ってば毎回毒殺されてます、といっても言い過ぎではないのだ……たぶん。

 兎にも角にもメアリーちゃんと僕は、それなりに親しい交流を持っている間柄なのだ。そして話は戻るのだが、アールのご執心のネコさん、というのが、何を隠そう、このメアリーちゃんの飼っているネコさんなのである。はい拍手。なんとなく、はい拍手。

 はてさて。先に述べたように、メアリーちゃんはとにかく毒舌だ。だから(と言う訳でもないだろうが、)彼女の飼っているネコさんも毒舌だった。ペットは飼い主に似ると言うが、メアリーちゃんたちを見ている限り、う~ん……どうやら本当っぽいよ。子は親に似る、と同じようなものなのかもしれない。だとすれば、血の繋がりはやはりそれほど重要ではないのかもしれない。とかちょっと偉そうなことも言ってみる。


 アールは僕の家に住んでいる。言ってしまえば、訳ありの、それなりの、行き当たりばったりな、曖昧な事情があるのだが、それに関してはおいおい記そうと思う。ただ言えることは、アールと僕はきょうだいでもないし、血の繋がりもない。けれど、友達と思っているのと同じように、僕はアールのことを家族のように思っている。だからと言う訳ではないが、必然、僕がメアリーちゃんの家を訪問するときは、アールも一緒に付いてくる。そうでなければアールは、ネコさんが気紛れに外を散歩している時で無くては、大好きなネコさんと会話できないのだから。これについては、なんだか嫉妬のようなやるせなさを僕は感じてしまうのだった。

 アールはメアリーちゃんの飼っているネコさんが大好きだ。けれど困ったことに、まこと困ったことにそのネコさんはアールにとても冷たい。素っ気ないのだ。それでもめげずに話しかけているアールは、凄く頑張り屋さんで、とっても健気で、命一杯可愛らしく、僕には見えるのだった。嫉妬以上に僕は、そうやって精一杯になっているアールのことが好きなのだ。いや、好き以上に、大切なのだ。だって僕らは、友達だから。

 けれどアールにはもう一人……ではなく一匹、話し相手がいる。それは、この町に住みついている野良犬だ。山が近いせいで、野良犬が生きていけるのだ。それは食料がどうのこうのではなく、保健所の人間が来ても、すぐに逃げ込める安全地帯が、野良犬の側にある、という意味だ。

 そんな野良犬の一匹が、どうやらアールに付き纏っているらしい。それだけならアールがその犬を気にいっていない以上、別段気に障ることでも気に病むことでもないのだけれど、どうやらその野良犬とメアリーちゃん家のネコさんが、仲良しらしいのだ。だからアールは、野良犬のことを邪険にしつつも、一応ネコさんのご友人である野良犬と会話を交える仲に納まっているらしいのだ。

 う~ん。これはどうなのだらう。僕としては放っておけない。放っておけないのだけれど、僕は何もすることはできないのだ。それがまったくもってもどかしい。差しでがましい、というものかもしれないが、むしろただの嫉妬なのかもしれないのだが、僕はアールの友達として、アールにはきちんとした友好関係を築いてほしいのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます