【ハナちゃんの絵本:ハナちゃんと小さな赤い花】

第93話

【ハナちゃんの絵本:ハナちゃんと小さな赤い花】


 ハナちゃんは近頃、とってもご機嫌です。

 なぜかと言うと、それは大好きなお母さんのお腹がとても大きくなっているからです。

 どうしてお母さんのお腹が大きくなっているのでしょうか?

 それは、お母さんが、赤ちゃんを身籠っているからです。

 ハナちゃんの大好きな、お母さんとお父さんが、ハナちゃんを生んだように、今はまた、新たな命が産まれて来ようとしています。

 ハナちゃんにとっては、初めてのきょうだい。そして、妹です。

 大好きな、お母さんとお父さんの子どもなのですから、ハナちゃんだって、その大好きなお母さんのお腹の中にいる赤ちゃんのことが、もちろん大好きです。

 お母さんの頭の上のお花は、今までに見たことの無い位に大きく葉を広げています。

 そして、お母さんのお腹のおへその辺りからは、小さな小さなお花がひょっこりと、顔を覗かせています。

 赤い、小さな、野イチゴのようなお花です。とてもとても可愛いので、ハナちゃんはよく、お母さんのお腹を撫でるようにして、その小さなお花を撫でてあげます。

 ハナちゃんは今日もお母さんの隣に寄り添っています。なんだか今まで以上にお母さんからはいい匂いがしてきます。懐かしい匂いです。

 きっと、赤ちゃんが産まれてくるので、お母さんの身体から、「おっぱい」の匂いがしているのでしょう。


「ねぇ、おかあさん」とハナちゃんはお母さんを見上げて声をかけます。ただなんとなく、呼んでみたかっただけでした。「お母さん」と呼ぶだけで、何だかハナちゃんは、不思議と嬉しくなるのです。くすぐったいような、そんなむずむずする心地よさです。クリスマスや遠足の前日の夜は、これに似た気持ちを抱くことが多いです。春の日差しに照らされて、日向ぼっこをしている時の様な心地よさでもありました。

 ただ何となくお母さんのことを呼んだだけでしたが、けれど、「なぁに、ハナちゃん?」とお母さんが優しく微笑んで、見下ろしてくれるので、ハナちゃんは精一杯お話の内容を考えて、そのお話を口にします。

「あかちゃんのね、おなまえ。おなまえ、なにかなぁってね、ハナちゃんはかんがえてたの。ねぇおかあさん、あかちゃんのおなまえ、なぁに?」

 これはいつも、お母さんのお腹から生えている小さなお花を見ている時、そして撫でている時に、ハナちゃんがよく考えていたことでした。だから、咄嗟にハナちゃんは、お母さんにこう訊いたのです。

「そうねぇ」とお母さんは頬を緩めて窓から見えるお空を見上げながら、「ハナちゃんは、どんなお名前がいいと思う?」とハナちゃんへ相談しました。

「うんとね」ハナちゃんは声を弾ませます。実はハナちゃん、ずっと前からお母さんのお腹から生えている小さなお花に、名前を付けていたのです。そしてハナちゃんは、その小さなお花が、産まれてくる赤ちゃんの頭から生えているものだ、ということにも気づいていました。だからハナちゃんは、その小さなお花を撫でているとき、その名付けた名前を呼びながら、「げんきにうまれてきてね。そしたらいっぱいあそぼうね」と心の中で、お腹の中の赤ちゃんへ、呼びかけていました。

 ですからハナちゃんは、既に、お気に入りのお名前を、赤ちゃんに付けていたことになります。それをお母さんにも教えてあげたかったのですが、どうも恥ずかしくて、今まで言えずにいたのです。

「うんとね、うんとね」とハナちゃんは言おうかな、黙っていようかな、と悩みます。

 するとお母さんが、「ねぇハナちゃん?」とハナちゃんの顔を覗きながら、優しく声をかけてきました。

「なぁに、おかあさん?」とハナちゃんは答えます。

「ハナちゃんがどうして『ハナちゃん』って言うか、知ってる?」お母さんは続けて訊きました。

「ううん」とハナちゃんは首を横に振りました。「ハナちゃん、しらない」

「それはね」とお母さんは嬉しそうに、そして懐かしそうに、なによりも、一段と柔らかく話し始めました。「ハナちゃんがお腹の中にいた時に、お父さんがね、いっつもお腹を撫でてくれていたの。今のハナちゃんみたいにね。それでね、いっつもこう言うのよ。『大きくなぁれ、大きくなぁれ』って。お母さんね、そのお父さんの手が本当に温かくって、気持ち良くって、ああ、お父さんの手はなんだかお陽さまみたいだなぁって思っていたの。そしたらお腹の中のハナちゃんまで、気持ち良くなったのかな? お父さんが撫でるとね、お父さんの声に答えるようにお母さんを蹴るんだよ?」

「けるの?」ハナちゃんはビックリしました。まさか自分がお母さんを蹴っていたなんて、と申し訳なく思ったのです。「いたかった? ごめんなさい」ハナちゃんは謝ります。

「違うの、ハナちゃん違うのよ。赤ちゃんがお腹を蹴るのはね、わたしは元気だよ、って合図なの。だから、お母さんはとっても嬉しかったのよ、ハナちゃんがお母さんに話しかけてくれているんだなって分かったから。お父さんの呼びかけに答えてくれているんだなぁ、って分かったから」

「うん」とハナちゃんは安心します。少し恥ずかしかったりもします。何せ、自分がお腹の中にいた頃のお話です。ハナちゃんは余りよくは覚えていません。

「それでね」とお母さんはお話を続けます。「それでね、ハナちゃん。ある時お父さんが、お腹を撫でながら、『大きくなぁれ、大きくなぁれ。お花をいっぱい、咲かせましょうね。笑顔をたくさん、咲かせましょうね』って歌いだしたの」そこでお母さんは、ふふ、と小さく微笑みました。

「うたったの? おとうさんが?」

「そう、歌ったの。小さな可愛い子どもみたいに。お遊戯をしているハナちゃんみたいに。お父さんがね、歌っていたの」可笑しいでしょ? とお母さんは再び、ふふふ、と顔を綻ばせました。

 ハナちゃんはお父さんが面白いと言うよりも、お母さんの幸せそうな笑顔が嬉しくて、一緒になって、「くふふ」と肩を小さく揺らして笑いました。お腹から沸き上がる嬉しさを笑顔にして、お母さんと一緒になって、「くふふ」とくすぐられた時のように笑いました。

「だからハナちゃんは、『ハナちゃん』?」ハナちゃんはまだ揺れの治まらない肩を笑わせながら、お母さんに訊ねました。

「そうよ。だから、『ハナちゃん』。お花みたいに可愛くって、お花みたいに皆を元気にしてくれる。そんな女の子になってほしいなって、そんな幸せな子になってほしいなって、お母さんはね、その時に思ったの」それからお母さんはハナちゃんの頬っぺたを撫でながら、でもね、と続けます。「でもね、ハナちゃんはその時から既に、お父さんとお母さんのことをとっても元気に、幸せにしてくれていたから、お腹の中にいた時からハナちゃんは、とってもハナちゃんだったんだよ?」

 お母さんの最後の言葉は、ハナちゃんにとっては、とっても意味の分からないことだったので、ハナちゃんは小首を傾げました。それでも、嬉しい言葉に聞こえたので、笑顔で小首を傾げました。

「う~ん、伝わらなかったな?」言うとお母さんは、今度はハナちゃんの頭を撫でながら、「ハナちゃんはね、ハナちゃん自身がお母さんとお父さんに、『わたしはハナちゃんです』って教えてくれたの」と優しく囁きました。

「ハナちゃんがいったの?」じぶんでいったの? とハナちゃんは目を見開いて、驚きました。お腹の中にいた時のことは、覚えていません。だから、とっても驚きました。

「そうよ。だから、今お腹の中にいるこの赤ちゃんも、きっとハナちゃんに、『わたしの名前は○○です』って言っているかもしれないよ? ハナちゃんはいつもお母さんのお腹を、一生懸命、優しく丁寧に、大切に撫でてくれていたから、もしかしたらその赤ちゃんの囁きが、ハナちゃんには聞こえていたかもしれないね」

 ハナちゃんは俯いて、少し悩んでから、「うんとね、おかあさん」と照れたように口にしました。「うんとね、おかあさん。ハナちゃんね、このあかちゃんのおなまえね、キクハちゃんってよんでたの。だってね、あかちゃんがね、わたしのおなまえはキクハです、ってね、いってたんだよ」

 ハナちゃんの頭の中では今、お母さんのお腹から覗く様に生えている小さな赤いお花が、ハナちゃんに「わたしのお名前はキクハです」と言っている光景が浮かんでいました。それが本当にあった記憶なのか、いまハナちゃんが思い浮かべただけの妄想なのかは、判かりません。けれど、お母さんはハナちゃんが言ったその「キクハ」という名前に、びっくりしたようでした。

「ハナちゃん、それ、お父さんから教えてもらったの?」お母さんはハナちゃんへ問いかけます。

「ううん」ハナちゃんは首を振ります。もちろん横にです。ハナちゃんには何の事だかさっぱりでした。

「そっかぁ」とお母さんはなんだかとても驚いたように、そして納得したように頷きました。「お父さんもね、夜、お仕事から帰ってきてから、お母さんのお腹をハナちゃんみたいに撫でてくれるの。その時にまた、『大きくなぁれ、大きくなぁれ。茎を一杯、伸ばしましょうね。葉っぱを沢山、茂らせようね』って歌うんだよ。ハナちゃんがいる時はお父さん、恥ずかしいのかな? だからハナちゃんは知らないかもしれないね」とお母さんは説明します。それからハナちゃんを抱き寄せて、「その時お母さんのお腹をね、赤ちゃんが蹴ったの。その時に、お母さんね、閃いたの」と声を弾ませます。

「ひらめいた?」なにをひらめいたの? とハナちゃんはつぶらな瞳で見つめます。

「そう閃いたの。ハナちゃんが、お腹の中で『わたしのお名前はハナちゃんです』って言った時みたいに、頭の中で、声がしたの」

「ほんとに?」ハナちゃんは楽しげな声を出します。

「ほんとに」とお母さんは強調します。「それでね、クキハちゃんってどうかな、ってお母さんがね、お父さんに言ったら、お父さんたら、『ハナちゃんがお花なんだから、この子だってお花がいい』って言い出すの。本当に我儘だよね。だったら『キクハ』はどうだろうね、ってそんなことをお父さんと喋っていたら、今まで以上に赤ちゃんがね、強く、お腹からお母さんを蹴ったの。きっと、『キクハ』っていうお名前が気にいったんだね、ってお父さんともお話していたんだよ。だから、ハナちゃんが『キクハちゃん』って言ったのが、とってもお母さん、驚いちゃった」

「えへへ」とハナちゃんは照れてしまいます。お父さんもお母さんも、ハナちゃんと同じように、赤ちゃんにお名前を付けていたのです。それも、三人とも一緒のお名前です。いえ、赤ちゃん本人も含めたら、四人一緒にです。生まれ出てくる前から、家族四人は、以心伝心、一心同体なのでした。

「じゃあ、あかちゃんのおなまえ、キクハちゃんで、きまり?」ハナちゃんはお母さんに抱きついたままでお腹を撫でました。

「そうね。キクハちゃん。菊のお花。そして新緑の葉っぱ。いいお名前ね」お母さんは右手でお腹を撫でて、左手でハナちゃんの頭を撫でています。


 ハナちゃんの頭の上のお花は、今日も元気に、奇麗に咲いています。お母さんがハナちゃんの頭を撫でる時、それはハナちゃんの頭の上に咲くお花をも一緒に撫でているのです。

 けれどお母さんにはハナちゃんの頭に咲くお花も、お母さん自身の頭に咲くお花も、お腹から生えている小さな赤いお花も、みんなの頭の上に咲くお花も、見ることはできません。

 それらのお花は、ハナちゃんだけに見える、不思議なお花なのです。そのことにハナちゃんは、最近、ようやく気付いてきました。

 自分にしか視えないということを。

 他の人には見えないということを。

「ねぇ、ハナちゃん」お母さんは呟きます。「菊の花言葉をしっているかな?」

「ううん」とハナちゃんはかぶりを振ります。

「赤い菊のお花の花言葉はね、『真実の愛』なんだって」言うとお母さんは、ハナちゃんをじっと見つめて、笑みを注ぎます。「ハナちゃんはね、きっと。他の人の愛を、多くの愛を、感じることができるんだね。だから、まだこんなに小さいのに、赤ちゃんの、キクハちゃんの声が聞こえたんだよ」聞くことができたんだよ。ハナちゃんは凄いね、とお母さんはハナちゃんを、今まで以上に強く抱き寄せました。

 すると、抱き寄せられたお母さんのお腹から、ハナちゃんの頬っぺたに、どんどん、と振動が伝わってきました。

 赤ちゃんがお母さんを蹴った音です。

「聞こえるハナちゃん?」お母さんが囁きます。「キクハちゃんがね、『ありがとう』って言ってるよ」


 窓の外のお陽さまは夜に沈んで、今はもう、星空になっています。

「ただいまぁ」とお父さんが帰ってきました。ハナちゃんとお母さんと、そしてキクハちゃんにとってのお陽さまです。お陽さまが、帰ってきました。

 お父さんのお仕事は、お空の、本物の太陽なのかな? と疑ってしまうハナちゃんでした。

 けれど、そのお陽さまであるお父さんにとっては、ハナちゃんもお母さんも、そしてキクハちゃんも、みんなお父さんのお陽さまです。

 みんながみんなのお陽さまで、みんながみんなでお水を撒きます。

 そうやって、みんなのお花は、育っていきます。

 そうやって、みんなのお花は、元気でいられます。

 そんな温かな家族に囲まれて。

 いろんな頭に咲くお花に囲まれて。

 みんなのお花が奇麗に咲いて視えるから。

 ハナちゃんの顔は今日も、満面の笑顔です。

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