【エゴイスト】

第91話

【エゴイスト】


「殺人はいけないことですか?」

「いけない、なんてそんなことはないよ。別に人を殺したって構いやしないのさ。だって僕たちは本来、自由なのだから」

「なら私は、人を殺してもいいのですか?」

「いいわけでもない。別段人を殺す必要だってないのだから。いいかい、人の行使できる自由というのは決まっているんだ。何かから自由になれば、同じだけ何かから束縛されるということ。例えばだけれどね、君は今から人を殺すとしよう。それは君の勝手だ。自由でもある。けれど、君が殺した人間を取り巻く組織、つまり家族やら友達やら、そういった君が殺した人間の属していた集合体からだね、君は憎悪や敵愾心を向けられることになるんだ。この場合はそれもまた彼らの自由だからね。そして殺人の場合はだね、警察やマスメディアといった国家権力や民間誘導組織からも同時に敵愾されることになる。そういった中で、君は今の生活を続けることは極めて困難だ。殺人する、という自由を行使したが為に、君はこれまでになかった、これまで以上の束縛を得ることになる。それだけの覚悟があるならば、君は殺人を犯せばいい。また違う言い方で表現するならばだね、重力という地球からの束縛があるからこそ、僕らはこの地上での自由を得ているのさ。ところがだ、重力からの解放、即ち自由を得る為に宇宙で過ごすことにした瞬間、僕らはスポーツ一つ、排便一つままならなくなる。どんな自由を得たくて、どんな束縛が許容できるのか、そのバランスを見極めることが重要なんだ。そのバランスを見極めた上で、必要だと思った行為なら、僕は何も止めはしないよ。ただね、仮に君が殺人を犯したとしよう。だとすれば僕は君を一生許さない。止めはしないが、恨みはするのさ。僕はね、君とこうして穏やかな空の下、のんびりと戯言を語り合いたいのさ。それを君の勝手な行為一つで無下にされたのでは、僕の怒りは海をも埋め尽くすよ? それと同じ理由で僕自身も殺人を犯さない。まぁ、この生活になんの意味も見出せなくなったら、遊戯感覚で惨殺を繰り返すかもしれないけれどね。命の尊厳、なんてそんな陳腐で詭弁染みた言葉は僕の前ではなんの意味もなさないのさ。僕は僕が一番大切なんであって、その大切なものの中に、この生活が含まれているだけのこと。そしてこの生活には、君や商店街の人や、家電や電気や食料を作ってくれる技術者や農家の方たち、皆の存在が必要なんだ。もちろん、それらの人々の代わりとなる機械とかが生み出されたなら、そんな他人は死んでもらって一向に構いやしないのだけれどね。彼らの命なんて僕にとっては代替可能な命なのだから。もちろん、彼らからしたって僕の命も代替可能な命なのだけれどね。でも、僕にとって君は代替不可能な命なのさ。どうだい、まだ君は人を殺したいかい? もし人を殺したくなったら、まずは僕を殺しにおいで。楽しい楽しい殺し合いをしようじゃないか」

「……私はあなたが怖いです」

「僕は君が大好きだけれどね」

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