【落ち着かない、オチ】

第86話

【落ち着かない、オチ】


『 皆さんは小さい頃「TVって不思議だなぁ」と思ったことはありませんでしたか?私はTVの中に人が入っているからTVが映るものだとばかり思っていました。皆さんもこう考えたこと、ありますよね?それともこんな幼稚なことを考えていたのは、私ぐらいなものなのでしょうか……。いや、誰しも一度は考えるものだ、とこの際だから勝手に決めてしまおう、うん。

 私は小学校中学年までTVが映るのは中に人が入っているからだと信じていたのです。バカだなぁとお思いになりますよね?でも仕方なかったんです。だってTVの電源を切ると画面におじさんの顔が映っているんですから。

 真っ黒な画面にですよ。いつも私はそのおじさんと目が合っていたんですから、見間違いではありません。私の後ろに父や祖父がいただなんてオチでもありません。私が男で、老け顔だった、ということもありません。(若干は老けているかもしれませんが、それは大人っぽいと言っていただきたい)

 本当にTVの画面からおじさんが、私を見ているのです。

 そのことを何度も親に言っていたのですが、私があまりにも毎日しつこかったようで私の親は「当たり前じゃない。TVが映るのは中に人がいるからよ」と私をあしらうようになりました。その言葉は実際に電源の切れたTV画面に映るおじさんを見ている私にとって、どんなに信憑性があったことでしょう。

 私はあの日まで頑なにそのことを信じていました。そうあの日までは……。』


 配られたプリントにはここまでしか書かれていなかった。

「これ、続きは?ツキジのもここまでしか書かれてないの?」白魅は椅子を傾けながら振り返り、身体を後ろの机へと寄せた。

「うん、同じね」ツキジはプリントを覗き込んで言う。

「はいはぁ~い、静かにしてくださーい」教室のざわめきのボリュームが下がる。「読み終わりましたかぁ?ではこれからこの続きを班ごとで話し合ってもらいます。そして、まとめたストーリーを発表してもらい、その中から一つだけを皆で選び、次に、そのストーリーに沿って各々に小説を書いてもらいます。その出来栄えで、今学期の評価を先生は点けるので、本気で取り掛かってくださいねー」

 ここは通称ノベルス学園。小説家や脚本家を志す者達が、そのスキルを学ぶ専門学校だ。今は、どうやら学期末のテストの代わりとなる実技授業の説明を、我らが偉大なる先生、小林樽井が声を張り上げて講義している。だが偉大なのは、小説家としての実力ではなく、校内ギャンブル(言うまでもなく非公式であり、非合法)で無敗を記しているがためである。

「では、はじめー。先生はちょっと、御呼ばれしているので、席を外しますが、騒ぎを起こしたり、雑談していて何もしていませんでしたーとか言って、落第するようなことにはなるなよ~、では」と小林はドアを閉め、淡々と出て行った。

「何が御呼ばれだよ、どうせギャンブルじゃん」こちらに近づいてきながら馬場が毒づく。

「先生たちは気楽でいいな~」前からひょい、と身体を乗り出し、知久枝が顔を出した。

「でも、数百人の小説を一人で読んで評価するわけだから、相当大変だと思うわ」ツキジが、二つずつ向かい合わせになるように、机を移動している。その邪魔にならないように知久枝が寄りかかっていた机から離れた。

「でもあのコバちゃんのことだからさぁ、いいとこ流し読みだよ、きっと。ヘタすりゃ、最後だけ読んで終わりかもよ」白魅はそれを手伝いもせずに眺めている。

「それは流石にないだろ~」配置の変わった机の椅子に、馬場は既に着いていた。

「どうだかね」白魅も彼女の正面に座る。

「で、そろそろ本題へ移りたいのですが、よろしいか? お三方」馬場が澄ました声を出す。

「へいへい、どうぞ、よろしいぞ」両手を開いて、白魅は承諾の意を示す。

「なにそれ、これから手術を始めますってか?」

「本題に移るんだろ、余計なボケはいらないよ」

「へいへい、どうぞ、よろしいぞ」馬場が白魅の真似をする。

 はっきり言って、腹が立った。だがその感情を声にも、顔にすら白魅は出さない。なぜなら白魅は現在、大人な女性を目指しているからだ。大人な女性が「へいへい」などと口にするかと問われれば、それは否であるが、寛容な女性、という意味での大人を彼女は目指している。最近読んだ漫画の敵幹部がそういった寛容な女性だったから、それだけの理由なのだが、その影響力は計り知れない。彼女が今、馬場からの揶揄に対して反撃をしなかったことで、十分この異例さは際立っているだろう。

「この続きがどうなるかだけれど、現時点で何か案がある人はいますか?」ツキジがどうやら進行役をやってくれるらしい。彼女じゃなければ、まとまる話もまとまらないのは、このクラスのこの班になってから、今日までに白魅たちが学んだ数少ない教訓である。

「アンってあえぎ声のこと? アイデアのこと? アンコのこと?」馬場が頬杖を付きながら心底真面目に口にした。

 こうやって横からチャチャが入り、すぐに話が脱線するのである。こと、この四人でいる場合。

「ばーか、二番目だよ。馬場っちさぁ、そのボケ面白いとでも思った?」我慢できずに白魅は言った。上品さの欠片のない口調だ。こちらが彼女の素である。

「あ、ぼくあるよ」知久枝がシャーペンを振りながら発言した。そのシャーペンが曲がって見えることにさっきまで夢中になっていた知久枝だ。幼いんだよこいつは、男の癖してツキジの次に可愛いってどういう了見だ、この事実だけで十分この世が不平等だということが証明されている、と白魅は分析していた。

 ツキジが彼に手を向けて、話を促す。

「本当にTVの中にはそういう仕事のおじさんたちが入っている、っていうのは?」

「そういう職種がある社会だったってこと?」ツキジが尋ねる。

「うん。科学技術が発達しているってことになっているけれど、実は全て、人力でしたって」

「事件とか起こしてミステリイっぽく仕立てていけばそれっぽくはなりそうだな。機械の中には人がいるのだから、密室殺人なんかはし放題だし、暗殺家業も同時にしていたりとか」馬場が得意そうな顔をしている。

 気に入らない、お前の案じゃねぇだろ、と心の中で白魅は彼女を睨んだ。別に彼女が嫌いなわけじゃない。それは確かな事実である。馬場っちは自分の無二の親友である、と白魅は自負しているくらいなのだから。ただ、彼女のこういった横暴さが鼻につくといえばいいのか、心配だと言えばいいのか、といった綱渡り的な感情が白魅の中で常に働いているようだ。これはある意味で親心と同等のものだと評価しても差し支えは無いだろう。

「ケネディー暗殺も、車が人力だから、その中の人が撃ったのね」ツキジはこれまでの話をメモに取りながら聞き、意見も出しながら、さらに進行までこなしている。さすが私が認めた美少女なだけはある、白魅は心中でそううつつを抜かしている。

「ああそれいいな、世界中の暗殺事件は組織ぐるみだったわけか、二段オチでいけそうじゃん」馬場がいつの間にか、カバンから出したクッキーを頬張っている。それを三人に差し入れるという発想はないようだ。「おいおい、さっきから黙りこくってどうしたよ? 女の子の日か? 便秘か? それともモキュモキュしてんのかこのエロおやじ」馬場は白魅に向かってクッキーを投げつけた。

「お前こそ黙ってろよ。私を見習ったらどうだ。大体口が悪いんだよ、馬場っちはさぁ、ツキジ様の御前であるぞ、慎みたまえ。それに私はオヤジじゃない。せめて姐御と呼べ、百一歩譲ったとして、おば様と呼べ」

「おばぁ様、静かにしていただけないか?」

「むっかぁ、だから馬場っちが静かにしろよぉ」白魅はキャッチしたクッキーをかじった。

「じゃ、とりあえずこれは保留ってことで、他に何かある人は?」ツキジは何事も無かったように続けた。知久枝はその三人の様子を眺めて、笑みを浮かべている。

 しゃーないなぁ、ここは威厳を見せてやろう、と白魅は発言した。

「自分がTVに映る世界の住人だった、これは?」静けさを持たせた声だった。白魅は両肘を机につき、組んだ手のひらの甲で、顎を支えている。精一杯の知的さを意識した仕草である。

「どういうこと?」知久枝は首を僅かに傾げる。

「TVに映るオヤジは現実世界でTVを見ている人間で、この主人公の方がTVに放映されているアニメか何かのキャラクタなの」

「おおいいね、面白そう」馬場はまだクッキーをボリボリと頬張っている。数分後にはペットボトルの口とキスをしているだろうことは、白魅にも容易に想像できた。

「なんか世にも奇妙な物語にありそうな話ね。短編で行くならそれがいいかもしれないけれど、これが進級の懸かっているテストだと考えると、どうもね」ツキジは筆を止め、素っ気なく言った。

「いいじゃん、別にこれで小説書くかどうかが決まってるわけじゃないんだし」馬場が面倒くさそうにクッキーを口に運ぶ手を止めた。

「解ってないですね、本当に最後の作品だけで評価されるとでも思っているのですか?」

「この班ごとの案も評価の対象ってこと?」知久枝が今度は逆方向に首を傾げる。

「ええ、そうでしょうね。それにこの案が選ばれるとは思えない。話を広げにくいのよこのオチは」

「確かに。でも選ばれることが高評価の条件だとも思えないよね」知久枝が食い下がる。白魅は少し嬉しかった。

「そうよ、自分達が書きやすいものが選ばれるはずだわ。でもね、自分達の案に自信があって、その案が選ばれることを想定できたらとしたら、大分有利になるわ」

「構想練り放題ってわけかぁ」馬場が頭に両手を組んで周りを見渡した。

「そういうことね」

「てかさ、お前は何か案あんのかよ」馬場がペットボトルを突き出した。別にそれをツキジへ飲ませようとしているわけではない。

「アンアン言うなよ、卑猥だなぁ」白魅は頭を掻きながら呟いた。もう飽きたのだろう。理想の女性を演じるのにも既に集中力は残っていないらしい。

「どっちがだ。黄身を抜かれた卵みたいな名前しくさりおって」

「誰が白身だ!」

「てめぇだ、ボケ!」

「んだと、このエロおやじ」

「ほぉほぅ、そんなことを言っていいのかな? こんなかじゃ、オヤジはこいつだけだろ?」馬場は知久枝を指差す。

「うっ……卑怯だぞ、知久枝を巻き込むんじゃねぇよこの、男女!!」

「それは知久枝に言ってるのか? 俺っちに言ってんのか?」

「ばっ、あ、違うからね、知久枝、あんたのことを言ったわけじゃないからね」

「なぁ~に必死になってんだよ、この八方美人が」

「あん? なんで急に褒めてんだよ、気色悪りーなぁ」

「それってボケ……か?」

「何が?」

 しばしの沈黙。

「まだ私は考えつかないわ。そもそも、TVに映っているのがオヤジってのがどうもね。青年だったり、少女だったなら、友情や恋愛ものにしやすいのに」淡々と話出したツキジ。またしても二人の言い争いは、不完全燃焼となった。むしろ酸欠による自然鎮火である。

「でもさ、そういう固定概念は払拭しなさいって、いつもコバちゃん口をすぼめて言ってるよね」知久枝が子猫のような笑顔をして言う。

「口をすっぱくして、ね」母親のようにツキジが微笑む。

「オヤジとの恋愛なんか誰も読みたくねーよ」

「馬場っちみたいな、おやじ達は読みたいかもよ」

「どっちかって言ったら、オヤジみたいなのは白魅だろう。大体な、そうやってオタクに媚びた作品が横行しているから最近の作品につまらないのが多いんだよ」

「馬場っちにとってつまらなくたって、そのオヤジたちにとっては楽しいんだよ」

「ニーズが枝分かれしてっているというだけのことでしょ、この議論は主題から離れているわ」ツキジは冷たく言い放った。議論の時、彼女は性格が変わる。いつものような少女のような口調からは想像できないくらいに。

「そうだね、ごめん」

「いや、すまん」

 知久枝と馬場が素直に謝った。こういった力がツキジにはあるから、話し合いでの進行役にはうってつけなのだ。

「いいわ。まあ折角その話題がでたのだから、どの読者層を狙って書くかを先に決めちゃいましょう」

「それはストーリーが決まってからする作業だろ?」馬場が先ほど下げた頭を上げて言う。

「ジャンルを絞る、という意味よ」

「恋愛ものは嫌いだなぁ。ああいうのは本筋にして描くよりも、飾りつけ程度にあしらって描いとくぐらいが丁度いいと思う」白魅が口を挟む。

「でも、その言い方だと、恋愛の要素は入れたいのね?」

「うん、まぁね。ケーキの蝋燭程度の飾りには欲しいかな」

「じゃあ、ホラーは?」馬場がチョコの袋を開けていた。

「ホラーにするにはこの冒頭ではいかがなものでしょうか。ここから怖くするには、相当肉付けしていかないと難しいと思うわ」

「じゃあファンタジーね、それが最もこの冒頭から続けて書きやすいし、それぞれが独自の世界観を演出しやすいでしょう?」白魅が声を弾ませた。彼女の得意なジャンルがファンタジーだからだ。

「それと読者層もこの時点で選ぶ必要が無くなるしね。作者がそれぞれ選ぶことができる、選択肢が広いのはこの場合ファンタジーだね」知久枝が彼女の案を擁護する。

「でもファンタジーだとこの冒頭はプロローグになってしまうでしょ? この冒頭を核心と絡めなくてはつまらないと思うのよ。でないと、最初から各々がファンタジー小説を書くのと変わらないじゃない?

「うん、そうだな」馬場が四つ目のチョコを口に入れている。

「じゃあ何にするの?」知久枝が三人の顔を順々に見やった。

 三人は黙る。

「やっぱりこの議題はやめましょう。ストーリーやオチのアイデアを出し合ってから、方向性を決めていった方が良さそうね」ツキジが切り出した。

「まったくだ、最初にそう言ったじゃねぇか」

「言ったのは私よ」白魅が声を上げる。

「いや、俺っちだろーが、本当にボケやがったこいつ」

「私が言ったのよ、何言ってんの?そっちこそ、さっきから食べ続けているけど、いつ食事をしたか、忘れてんじゃないの?」

 今度は二人の言い争いに、ツキジが割ってはいることはなかった。


 ***

「ねぇシホ。あそこの新堂さん、最近また進行してない?」部屋から出てきたシホにヒナは歩み寄った。

「あ、そうかも。名前が一人増えてた気がする」シホは仕事用具の乗ったリヤカーをゆっくりと押している。

「えっと、コバヤシ先生に、シロミちゃんに、ババちゃんに、チクエダ君でしょう?」

「じゃあツキジちゃんが加わった子かなぁ?」廊下を数歩進み、二人は立ち止まった。

「でも新堂さん自身が話すことはないんだよね?」

「うん名前とか口調とかを聞く限りではそうなんだけど……どうしてかなぁ」

「この間、小林先生に聞いたんだけどさ、先生の話では、新堂さん自身はずっと眠ってるみたいなの。だから寝言みたいに喋ってるんでしょ? てか新堂さんが寝てるんだから、寝言か。シホ知ってた?」

「本体、じゃなくって基本人格っていうのかなぁ? 元々の新堂さんが寝ているから、それで身体だけは起きないんだって」

「うん、そうみたい。先生もそう言ってた。でもさ、なんで人格が増えるんだろう」

「あっヒナちゃんそれ違うんだって。別に新堂さんは人格障害じゃないんだよ。多分だけれど、無意識で、演じてるだけらしいの」

「えっそうなの? 演じてる? 誰を?」

「さぁ。あの名前の子たちを、だと思う……」

「でも新堂さんの回りでそんな名前の人なんていないでしょ? 身近な人を演じているなら、シホが出てきていても良さそうじゃない?」

「うんそうだなぁ、小林先生くらいかなぁ、今は。新堂さんの内でも先生役だし」

「ふうん。本当に不思議ね」ヒナは先ほどシホが出てきた部屋に視線を移す。

「そうだね。幸せそうな寝顔なのがせめてもの救い、かな」シホもつられて目をやった。

「今月で喜寿を迎えられるのも、生きているからだしね」

「うん……。でも、でもさ…この状態で生きているって……言えるのかなぁ」

「ちょっとシホ、あんた介護士なんだからそんなこと言っちゃ駄目よ」声を波立たせないようにしてヒナは強く言った。

「でもさ、この仕事していると、どうしても考えちゃうの。生きているってなんだろうって。新堂さんは夢の中で、複数人として生きているみたいに私には見えるんだけれど、でもそれって所詮は夢なわけだよね……。私達がいるこの現実では新堂さんは寝たきりの人。植物人間なんて呼ばれたりもしている、でもさ、植物だって自分で、自分の意思で生きていると私は思うのね、なのに新堂さんは……。食べものも、チューブで食道に直接流し込んでいるだけだし、排出物だって、私たちが処理している。そんな、受動的な生が本当に生きていると言えるのかなぁ……ヒナちゃん」涙を浮かべてシホは、ヒナを見つめる。シホの顔は無理に微笑んでいるように見えた。「それにね、生き永らえているんじゃなくって、生き永らえさせられている、そう新堂さんが感じていて、嫌だなって思っていたとしても、それを私達に伝えることもできない。そもそも新堂さんが生きたいと思っているかすら、私には確認する手段がない。そんな、こんな悲しいことって、無いよ…ないよ……」

「考えすぎだよ、シホは。疲れているんだね、少し休んだほうがいいよ」ヒナはシホの頭を軽く撫でた。

 両手で顔を覆ったまま、シホはしゃがみこんでしまった。

「あのね、シホ。私は思うんだ。確かに新堂さんは寝たきりだし、現実のこの世界と、新堂さんの夢との狭間で彷徨っている可哀想な人なのかもしれないよ。でもね、この人たちが、本当にそう感じていたのなら、笑ったりはしないと思うんだ。例え、寝ていたとしたって。大体さ、夢を見るってことも、生きているからできることなんだよ。それに、少なくとも、あの新堂さんは楽しそうだ。決して悲しんでいるようには見えない。なのに、目を覚ましているだけっていう違いの私達が、そのことを可哀想だと決め付けてしまうほうが、私は可哀想だと思うんだ」ヒナは跪き、シホの肩に両手を置いた。「ね。それにさ、シホが泣いてちゃ、新堂さんだって笑えるものも笑えなくなっちゃうよ。それと、私もね」

 シホは涙の拭いきれていない顔を上げる。「うん…そうだね、ごめんヒナちゃん。新堂さんは生きている。多分今の私なんかよりも、幸せなのかもしれないよね」

「あれあれ、シホ、あんたどうしたのさ。今までのシホなら、幸せなんて、人と比べるようなモノじゃないって逆に怒るくらいなのに、自分でそんなこと言って、小林先生に診てもらったほうがいいんじゃない?」ヒナは茶化すように言った。

「大丈夫。少し、疲れただけだから……」シホはよろよろと、ヒナに支えられながら、立ち上がった。

「本当に?絶対大丈夫?無理なんかしないでよ、それで身体壊されたほうがよっぽど迷惑なんだからさ」

「うん、ごめんね、ありがとう」

「ほら、控え室で少し休もう」ヒナはシホの右手を掴み彼女の顔を覗き込む。

「うん」シホはようやく微笑んだ。「そうだ、あのさ、ヒナちゃん」

「何? どうしたの?」

「あそこにいる男の人って誰だろ?」シホは部屋の中を指差す。

「あそこってどこ?」

「新堂さんのベッドのさ、横の」

「横の?」

「黒い箱の中で……笑っている人」

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