【口々に愚痴】

第75話

【口々に愚痴】


 なぜ年下である彼女にこんなことを説教されなければならないか、そもそも新人のアイツが問題なんだ、とサトシは段々機嫌が悪くなってきた。

「大人だから自分で考えろ、もう自分のケツは自分で拭くべきだ」サトシはジョッキに残っていたビールを、一気に飲み干した。隣からの反応を待つ。その間に、空になったジョッキを乱暴にテーブルへ置いた。

「いいですか、今のこのご時勢に自分は自分、他者は他者な考えでは円滑な解決は訪れません。繁雑する多様な情報に囲まれた現代において、お互いの欠点や改善点、問題点は教えあわなければならないのです。教えない事が本当にその人の為になるとお考えですか? 今までそうしてこられて彼は変わりましたか? あなたは同じ事で困っていませんか? そして彼は自分の何が悪いのかを、自分で理解できましたか? これからも関わりあいたい人物だと思う相手ならば是非教えてあげて下さい。そうやって問題のある人、心が幼稚な人を放っておいて、国家権力の世話になるまで待つおつもりですか?」モモコは姿勢を正したまま、今度は椅子を九十度回し、サトシへ身体ごと向けた。

 まっすぐと見すえられ、サトシの目は泳いだ。「いやだから、そうなる前に自分で考える機会を与えるわけだろ?」空のジョッキをもう一度口へ運ぶ。

「あなたが与えたのは機会ではなく、戸惑いです。何が悪いのかを言わず、ただ漠然と考える事を促すだけ。ですが彼が考えるのは自分の何が悪いかであり、自身の改善ではありません」モモコはハッキリとした声で続ける。「そして現時点で考えるべき問題が明確に定まらないまま、理解しようとする事は、年齢や経験を問わず、とても難しい事です」

 確かに、と納得するも彼は少し考えてから、そのことを口にすることを止めた。このままでは面白くない、少しからかってやろう、と思った。「そんなこと社会に出ればいくらでもある。自分の事ぐらいわからなくてどうする? そういう考える力をつけろって意味も含んでいるんだぞ? そうやって考える力の無い奴に一々構っていたらキリがねぇ」

「確かにそうですね。ですがあなたは彼に構ったじゃありませんか。もしそういった手に負えない人に出会ったならば、無視すればよろしいのです。相手方もその方が中途半端な善意を受けるよりも助かるでしょう。そしてどうしても直して欲しい相手にならば、混乱と憤慨を招く諭し方は避けた方がよろしいですよ。大切な方なら尚更です」モモコはどうだ、とばかりに言い切った。左手で長い髪を払いながら、メガネを無意味に整える。

「なるほどね」サトシは首肯する。「ところで、君がそこまで丁寧に諭してくれているのは、つまり君にとって私は大切な人だ、ということかな?」

 彼はモモコの右目を見つめる。顔は酒のせいか赤く染まって見えた。彼女は一瞬目を逸らしたが、すぐに視線を向けてきた。三秒ほど間が空いてからモモコが言う。

「ち、違います」

「違うのか?」すぐに聞き返した。

「………違いま……すん」彼女はまた目を逸らす。

「どっちだよ」

「も、もうこのお話はお仕舞いです、今日はこれで失礼いたします」モモコは椅子から立ち上がった。

「そうか、残念だ。では、おやすみ」

 バックを手に取ると、彼女はあっという間に部屋から出て行った。

 ドアの扉を開ける時、彼女の背中から、「おやみなさい」と小さく聞こえた気がした。

 空調機のモーターの音だけが、部屋に充満している。

「たいせつ……かぁ」サトシは空のジョッキへ、呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます