【呼応する温に音】

第71話

【呼応する温に音】


 私の祖父は、毎日のように電話をかけてよこした。夕方の同じ時刻に、同じ内容の電話である。

「もーし。おじいちゃんだぁ。そっちは雨、降ったか?」

 今日の天気から始まって、学校でなにを習ったのか、友達とは仲良くやっているのか、次はいつ遊びに来るのか、とそんな他愛もない問いかけを取留めもなく口にし続け、そして最後はおやすみの挨拶で終わる。

 徹頭徹尾、質問攻めである。けれど祖父は決して自分のことを話すことはなかった。私は祖父から問われたことに曖昧に返答し、それに対して頷く祖父の機嫌の良い相槌へは、更に曖昧な感想を述べて話の結びをつくる。

 それは毎日繰り返されるルーチンワークであり、私の口にする言葉たちは既に、私にとってはマニュアル化された言葉たちであった。

 けれど、テンプレート通りの台詞を吐きながらも私は、決して不快な態度を滲ませないようにと努力をしてはいた。と、過去の自分を振り返って私は、その時の自分をそう評価している。そのつもりである。

 しかし今になっては、実際に私の不愉快さが私の吐いた台詞の一言一句に微塵も滲んでいなかったかどうかは確認の仕様がないし、もしかしたら祖父は私の抱いていた嫌悪に気づいていたかもしれない。または、全く毛ほども感じていなかったかもしれない。けれどこの場合、気付いていたとしても気付いていなかったとしても、どちらにしても、祖父の、大人として持っているべきコミュニケーション能力はこの場合、低いと評さねばならないのだが……。

 音量の下げられたTV画面を見ながら私は、「電話、早く終わらないかなぁ」と思いつつも、祖父への返答は全て猫撫で声で、努めて可愛い孫を演じていた。祖父のことは嫌いではないのだ。むしろ好きなくらいである。大切な家族たちの一員。きちんとその認識を持っていた。

 ただ、毎日毎晩同時刻に設定されたように鳴り響く、この祖父からの電話だけは嫌いだった。ただただ煩わしかった。誰だって、毎日同じことの繰り返しは、「飽きる」などという感想を抱く以前に、うんざりするものである。こと、自分が望んでいないことならば、尚更だ。

 祖父は午後八時には完全就寝する人間だった。だから電話は寝る前の午後七時ごろにかかってくる。そのため私は、観たいTVを横目に、祖父の電話に応じなければならなかったのである。

 どうして老人は寝るのが早いのか、とそんな疑問をいつも抱きながらも同時に、どうしておじいちゃんは私の楽しみ(TV観賞)を邪魔するのか、と憤りをも抱いていた。毎日同じことを訊いてきて、もしかしたら祖父はボケているのではないか、と本気で疑っていた時期もある位だ。だから私は、祖父のそんな意味の無い、無駄な電話が煩わしかった。


 ***

 学校から帰ってきて、夕食の味噌汁を啜りながら、祖父の訃報を母から聞いたのは、私が高校受験に勤しんでいた冬のことだった。

 母が祖父の病院から戻ってきて翌日。祖父は眠りながら息を引き取った。母は、祖父の最期を看取れなかった。ずっと看病をしていたのに。

 末期の胃癌だったそうだ。知らなかった。体調を崩して入院している、と私は聞いてはいたし、入院しているから、祖父からの電話はかかってこなくなっていた。特に何とも思っていなかった。電話のことも、祖父のことも。

 その時は――まだ。


 先月。私は母に連れられて、祖父のお見舞いに行っていた。病名は胃潰瘍だと母からは聞かされていた。胃潰瘍ぐらいで入院だなんて大袈裟だな、と私は思っていた。祖父本人にも母たちは病名を偽って教えていたらしい。余命宣告されたことを、祖父には隠していたのだ。

 御見舞の時の祖父は、あからさまにやつれていた。それでも私は、胃潰瘍のせいで食事を十分に摂れなくなったからだ、と勝手に納得し、「あーもう。受験勉強しなくちゃいけない、こんな大事な時期に」と病人である祖父に理不尽な怒りを覚えていた。

 ――一刻も早く家に帰りたい。

 そんな気持ちで、呂律の回らない祖父と言葉を交わしていた。


「どうして、おじいちゃんに本当のこと教えてあげなかったの!」可哀想じゃない、と私は母を叱咤した。いや、今にして思えばそれは、稚拙で浅薄な、お門違いの罵倒でしかなかったのだろう。

 母は疲れたように笑って、「あの気の弱いおじいちゃんのことだもの。本当のことを知ったら、それこそショックで死んじゃうんじゃないかってね。おばあちゃんとも相談して、決めたことなんだよ」と私を宥めるように口にした。

 けれど私は勢いに任せて母に言ってしまいたかった。昨日、母が帰って来る前に、そう、あのいつもの時刻に、祖父から電話があったことを。


 *

 受話器を取ると、「もーし」と掠れた声が届いた。弱々しくではあるが、笑っている。祖父だ、とすぐに判る。「おじいちゃん? 大丈夫なの?」と私は心配を声にした。自然に口から出た言葉だった。

「こっちさ……雪がまっとる。外も、つもっとる。そっちはどうだ、寒いだか」

 私はカーテンを開けて、外を覗く。「ううん。こっちは降ってないよ。でも、うん、寒い」

「ほうか。なら、風邪ひかんようにな」

「おじいちゃんこそ。駄目だよ、安静にしてなきゃ」

「あーがとう。ユイコは優しいの。でも、おじいちゃんはもう、だいじょうぶ」

「え、治ったの?」素っ頓狂な声が出る。

「治った。身体の痛みもないし、力がみなぎっとる。たぶん、最後のすかしっ屁じゃかて」

「イタチの最期っ屁、でしょ。すかしっ屁じゃ臭いだけだよ」それに、最期じゃ意味無いじゃん、と突っ込むには縁起が悪そうなので口にはしなかった。

 祖父は瞬き二回分の間を空けてから、軽快に笑った。咳を苦しそうに吐きながら、笑っていた。

「ねえ、本当に、だいじょうなの?」私はふと不安になる。

「でえじょうぶだ。なぁ、ユイコ。今度は、いつこっちさ来るだべか?」

「え、うーんっとねぇ。受験が終わってからだから、多分、三月の終わりくらいかな」

「そうか」そうか、と祖父は繰り返した。「頑張っとるんだなぁ、ユイコは」

「うん」と謙虚な声で私は頷く。「だからおじいちゃんも頑張ってね」社交辞令だった。早く電話を切りたかったのだ。祖父はもう大丈夫。ということは、退院したらまた以前のようにうるさく、そしてしつこく、毎日電話がかかってくるようになる。今から気が重いなぁ、とそんな考えを抱いていた。

「そうか……そうだな。まだもう少し、頑張らなきゃならんのかな」と祖父はどこか自虐気味な口調で言った。祖父の鼻息が、溜息のように受話器にかかり、くぐもった音を私の耳へ伝えている。

 受話器の向こう側から、女性の声が響いた。その音質が今までと異なっていたので、祖父からさらに離れたところからの声だ、と判る。

沈黙。

 しばらくすると、「探しましたよ高瀬さん」と先ほどの声がハッキリと聞こえてきた。この声は祖父の真横から掛けられたものだと判った。声が近かった。「さぁ、戻りましょう。入院が伸びますよ」咎めると言うよりも、ほっとした、といった口調だった。

 看護師さんだろうな、と思い、察しが付く。祖父はきっと、病室を勝手に抜け出したのだ。

「元気でな」祖父はそう言い残し、私が言葉を返す前に電話を切った。切ない声だった。けれど、優しい声だった。だから余計に、寂しく聞こえた。受験が終わったら、すぐにでも逢いに行こうかな。そんな風に思った。

 この夜。祖父は静かに息を引き取った。


 私は母にこのことを言って聞かせようと思った。祖父は自分の死期が近いことを知っていたのだ、と。私にはそうとしか思えなかった。だから、きっと、私に電話を寄こしたのだ、とそう思えた。私がおじいちゃんにとっての、唯一の孫だから。だから祖父は、最期が近いからと、私に別れの挨拶をする為にと、電話をかけてきたのではないか、と私はそう思うのだ。

 皆の気遣いを知っていたから祖父は、死期が近いことを悟られないようにと笑顔で接し続けていた妻である祖母や、娘である母の為に、知らぬ振りをして、気付かぬ振りをして、独り死が近いことの現実と見詰め合っていたのだ。

 母は祖父のことを「気の弱い人間だ」と言った。私はそんな風に思ってなどほしくなかった。祖父は母たちの気遣いに対して、思いやりで応えていた。沈黙という優しさで、応えていた。

 死を宣告された、救うことのできない大切な者の為に、最後になにかしてあげられることができたなら、残された者たちは幾分か救われる気がするはずだ。きっと祖父はそのように考えていたのだろう。祖母の為に、そして母の為に、祖父は「知らぬ存ぜぬ」と陽気に振る舞って、とぼけた仕草で母たちを安心させようとしていたのだろう。誰に相談することもせずに、ただ一人、自分独りだけで、死を受け入れる準備をしてきたのだろう。

 それがどれほど辛いものだったのか、どれほど恐ろしいことなのか。

 逃げることのできない畏怖。

 打ち明けることのできない不安。

 それを心の内に留めていることが、一体どれほどの苦痛なのだろうか。私には到底想像もできない。考えも及ばない。或いはそれは、全く苦痛ではないのかもしれない。私には皆目わからない。

 でも、それでも祖父は、最後に、そして最期に、私の元に電話をかけてきた。私の声を聞こうと、私の言葉に触れようと、私の元に、声を届けてきた。

 後で知ったことであるが、祖父はその時すでに、痛み止めとして、モルヒネの投与をされていたらしい。日常会話など、できるような状態ではなかったのだそうだ。それなのに、祖父は病室を抜け出し、ロビーまで階段を下り、公衆電話から私へ、声を繋いだのだ。想いを伝えようと、自分という存在の記憶を残そうと、以前からの習慣だった電話という手段で、乱れた思考で、混濁した意思で、衰弱し切った身体で、精一杯、伝えようとしていたのだ。そんなこと微塵も私へ感じさせずに。


 受話器越しに伝わってきた祖父の声は、以前のものとは違っていた。掠れて、細くて、今にも消え入りそうな、小さな小さな声だった。それでも、そこから滲む優しさは、紛れもなく祖父のものだった。声に温度などはないのだけれど、祖父の温もりが、受話器越しに伝わって来るのだった。

 そんな祖父のことを、「弱い人間だ」などと言ってほしくなかった。

 私がどれだけ祖父に素っ気なく、冷たく接していたのか、どれだけ祖父の愛情を無下にしてきたか、それは私自身が良く解っていた。解っていたからこそ、私は祖父の尊大さも理解できた。けれどそれは余りに遅すぎる認識でもあった。

 ただ、だからこそ私には母の発言が気にいらなかった。それは突発的に知らされた祖父の訃報に対する戸惑いからくる歪んだ拒絶だったのかもしれない。現実逃避。その為の八つ当たりだったのかもしれない。

 激昂した私は、その感情に流されるように、母へ、祖父からあった電話のことを言い聞かせようとした。「お母さんたちがおじいちゃんを思ってしていたその気遣いが、おじいちゃんをすごく苦しめていたんだよ」と私は叫ぼうとした。「おじいちゃんは全部知ってたんだ」と母に向かって口を開きかけたその時。

 軽快なコール音が鳴った。

 電話だった。

 時刻は午後七時を回ったところ。

 無意識に祖父の顔が脳裡に浮かんだ。脳裡に浮かんだ祖父の顔は、困った様に苦笑していた。

「おじいちゃん、せっかくがんばったのに」そんな言葉が聞こえた気がした。

 母が受話器を取った。祖母からだった。通夜についての日程の連絡。それから、こんな大事な時期にごめんね、と私への謝罪だったようだ。

 悲しかった。私は祖母に、祖父の死よりも受験のほうを大事に思うような子どもだと思われていた。そのことが、酷く悲しかった。

 祖母は母に、私に電話を替わるよう言ったようで、母は私に、手のひらの体温でぬくくなったその受話器を渡した。

「もしもし、おばあちゃん?」私は明るく声を出す。

「ふふ。順調かい?」柔らかに祖母は言う。

 祖母はいつも一言目にはこの台詞を口にする。「人生は順調かい?」ときっとそんな意味合いなのだろう。今日の場合は、「受験勉強は順調かい?」なのかもしれないが、私はそう思いたくはなかった。だって、順調なはずがないのだから。祖父が死んだのだから。今まで当たり前に存在していた家族が、いなくなったのだから。

 それで、順調だ、などと私が答えられるとでも祖母は本気で思っているのだろうか。そんな風に思うような孫だと、そう思っているのだろうか。

 今までだって祖父と毎日会っていたわけじゃない。同じ時間を同じ空間で過ごしていたわけでもない。確かに祖父は、この家から遠く離れた場所に住んでいて、毎日顔を合わせることはなかった。だから、祖父が生きていても、今と対して変わらない日常だったはずだ。

 けれど私は、そんな祖父と、毎日のように会話を交わしていたのだ。

 祖父は、お陽さまのように毎日決まって私の元に温かな声を届ける。

 朗らかで優しい、あの祖父の声が、私の日常には太陽と同じくらい当たり前に存在していたのだ。

 日差しが暑苦しい時もある。

 眩し過ぎることもある。

 それでも、消えてもらっては困るのだ。

 そんな中、心の準備もないままに、私の前から忽然と姿を消したのだ。太陽の日差しが、月を照らすように届いてくるあの声が、掛替えの無い者が、この先永遠、私の元から消え去ったのだ。

 失ってから気づく大切さほど、己を傷つけるものはない。

 そんな状況で、一体誰がひた向きに勉強などできるというのか。順調なわけがない。

 だから私は、母に苛立った。

 ――なぜ私に祖父のことをもっと早く教えてくれなかったのか。

 だから私は、祖母に苛立った。

 ――なぜ祖父に病気のこと、寿命のことを教えてあげなかったのか。

 だから私は、祖父に苛立った。

 ――どうして勝手に死んだりするのだ。どうして最後の電話だと、あの時に教えてくれなかったのか。どうして私に優しい孫としてお別れさせてくれなかったのか。

 だから私は、だからこそ私は、自分に酷く苛立った。

 ――どうして私はいつもいつも自分のことばかりなのか。どうして私は、私を包んでくれているぬくもりたちに、私のぬくもりを返せないのだろうか。一体私は、どれだけのぬくもりを無償に奪い続けてきたのだろう。一体私は、いつまでぬくもりを奪い続けるのだろう。

 もういいではないか。もう、十分ではないか。

 この私は十分に温まった。凍える心配など、もうないだろう。私は私で、自分の意思で、この身体でぬくもりを発し、ぬくもりを維持し続けることができるのだ。とっくの昔に、そうなっていたはずなのだ。なのに私はそのことに気付かない振りをして、差しだされたぬくもりを、さも与えられることが当然のように無言で受け取っていたのだ。

 そのぬくもりを差しだした相手を見ることもせず。

 その差し出した相手が凍えていたことにも気付かず。

 だが、もういいだろう。もう、十分ではないか。

 こんな悲しいことは、

 こんな辛いことは、

 こんな情けないことは、

 もう、金輪際、味わいたくはない。

 だから、もう、十分ではないか。

 祖父は確かに亡くなった。そして、居なくなった。祖父にぬくもりを返すことはもはや、できはしない。私のぬくもりを、感じてもらうことが、この先永劫、絶対に叶わないのだ。それでも私にはまだ、注ぐべき者がいくらでもいる。この私のぬくもりを。ほんの僅かで、些細なぬくもりを、返すべき者がいる。きっとこの先、返すだけでなく、私が無償で注いでいく者だってできるのだろう。私にもそんな寛大なことが、できるようになるのだろう。

 こんなに自分を忌々しく思うことは、もう懲り懲りだ。

 こんなに周りの皆のことを卑しく思うことなど、本当にもう、絶対にしたくはない。

 誰かのせいだとか、誰かが悪いだとか、そんな考え、したくなどない。

 あなたのおかげです、と感謝したい。

 私の責任です、と後悔を紡ぎたい。

 あらゆるぬくもりに、応えたい。

 だから私の人生は、きっと順調。

 だから私は祖母に答えた。

 ――順調かい? 優しいその声に、私は応えた。

「順調だよ。順風満帆、絶好調だよ」

 しゃくりあげながら言ったその言葉に、一切の淀みも、偽りも、ありはしない。

 ありがとう、と祖母は柔和に囁いた。


 祖母との電話の後。受話器に向かって、私は呟く。

「ほんとうに、おつかれさま」

 窓から覗いた夜には、雪が舞っていた。

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