【遊んでみたアニメーション】

第69話

【遊んでみたアニメーション】


『そ、そんな……ここまでやっと来れたのに。あいつよりも先に手に入れたってのに……。こんなのって、こんなのって、ないよ』スパ・ケティーは蝋燭に刻まれている古代文字の真意を知り、込み上げる熱い寒気になんとか耐えていた。『願いを叶える代償が……所有者の……私の一番大切な者の命だなんて』

 先日のマカ・ロニーとの戦闘で膝が壊された時のようにスパ・ケティーは、ガクンと地面に崩れた。しかしあの時とはまったく異質の絶望が彼女の内から、傷口から血が滲み出すように沸々と、ぷつぷつと小さな玉となって生まれ、次第に大きくなっていく。それらが玉としての形を保てなくなると、すぐさま彼女の内にある器に流れ出していく。流れ出る蜜のような液体は勢いを増すかのようにあっという間に溜まっていき、器から外に漏れ出し、終には彼女の涙として目から溢れ出すのだった。

 このような涙はいつ以来だろうか。ケティーの父と弟が殺され、母が呪いを受けた時と同様のものだろうか。その惨劇が自身の過失によって引き起こされたものだと知った時だろうか。それとも親しいものたちを守りきれなかった時のものか。いや、きっと全てが一斉に押し寄せたようなものだろう。それら負の現実がただの悪夢と化し、その悪夢から覚める方法がスパ・ケティーにとって唯一の希望であり、生きる目的であった。しかしたった今、それが消え失せたのである。

 ようやく手にした伝説の「雷の灯る蝋燭(サンギャンドル)」を前にして突きつけられた条件。即ち願いを叶えるための代償。それはケティーが叶えたかった願いとは大いに矛盾するものであった。

『やぁやぁ、案内ご苦労様ですケティーさん』

 無防備なケティーの背中に投げかけられた言葉。絶望に打ち拉がっていた彼女が瞬時に憎しみを蘇らせ、全身に神経を巡らせ、研ぎ澄ませるのには十分なものだった。ケティーにとっての憎悪が向かう先であり生み出される源泉、堕麺士マカ・ロニー。

『こうして念願かなってサンギャンドルを手にすることができたんです、もっと喜んだらどうですケティーさん? まぁそれも僕の慈悲深さと念密な戦略のお陰なのですから感謝していただきたいものですね』

 ロニーは洞窟の岩と一体化した神殿遺跡の入り口に立ち、片手を地面にかざすと数千匹のミートソースンを召喚し、両手を併せて三段剣であるホォクーを具現化した。

 元来、グルテン(生命構成物質)の性質は「パウダー」である。だがパスタ(グルテンの能力スキル)のうちの「水力」と「コネル」を操ることでグルテンに「ネンチャク」の性質を与えることができる。通常ここまでできればパスタ使い(パスター)として一流を名乗れるのだが、実はまだ上があった。

 それが「ケイジョウ」である。これは一般にグルテンの具現化と言われ、戦闘パスターにとって奥義のようなものであり、様々な特殊能力の付属した自分専用の武器を得ることができる。だがこのマカ・ロニーはさらに上の禁術。「カンソウ」を操れるのである。

「パウダー」→「水力」→「コネル」→「ケイジョウ」といった過程を見て解るように、「水力」はパスタにとって能力発動、能力維持に不可欠な基盤である。そこに「水力」と相反する「火力」を導入し、「水力」を極限まで安定させ、「ケイジョウ」によって具現化した武器に「コウシツ」の性質を加え、さらなる力を付属させるという高等パスタが禁術「カンソウ」である。

 これは失敗すれば二度とグルテンを発生させることはできない、いわば諸刃の刃なのである。故に禁術。しかしそのリスクに見合う以上の力を創り出すことができる。それをマカ・ロニーは今、正にケティーの目の前で完璧に使いこなしている。

 一方スパ・ケティーの残グルテンではターラコ数匹を召喚するのが限界であった。圧倒的に少なすぎる。しかしもし全快であったとしても、「カンソウ」が施されたホォクーを握るロニーに挑むなど自殺行為である。

 だからこそ、サンギャンドルが必要だった。だがケティーはそれを使うことはしないだろう。人類が滅ぼうとも、どんなことがあっても……。使用すればケティーにとって今、最も大切な母が死ぬ。そして何よりもケティーにはもう誰も味方がいなかった。

 相棒のウドンも一人、マカ・ロニーに挑み冷凍保存されてしまった。ライバルのソーバはあの時にケティーを庇い「イタリア風ミートソースン」をもろに受け、死んだ。あの冷酷で感情もなかったはずのソーバがなぜ助けてくれたのかはまったく彼女にも分からなかったが、ケティーの膝の上で見せた最期の満足そうなソーバの笑顔は紛れもなく感情によって生まれたものであった。(ちなみに後に出てくるタカルも、試しに蕎麦にミートソースをかけて食したが、やはりソーバの気持ちが解らなかった)

 そしてそのソーバの死によって彼がただのライバルではなくケティーにとって大切な人の一人になっていたことを彼女は強く理解した。そう彼は人間だった。冷酷なサイボーグなどではなかった。しかしそれは遅すぎる理解であった。全てが今更であった。自分のせいで大切な人を亡くすのは、彼女にはもう耐えられなかった。

『そんなグルテンの少ない状態で僕に挑むというのですか?勇敢と言いましょうか、往生際が悪いとでも言、』

「ってか長げーよ」タカルが電源の点いているTVに向かって叫んだ。その声でTV画面から聞こえる音声が一時かき消される。「いつもいつも回想シーンでどんだけ引っ張んねん!」スナック菓子の袋を逆さにして残りカスを口に落とし切ってから続けて言う。「これだから子ども向けアニメは……」

「いやいや、アニメは子どもが見るもんだろ」ユキヤがジュースの御代わり四人分をお盆に乗せて戻ってきた。タカルたち四人は今ユキヤの家にいる。昨日あった町内祭りに遊びに集まったために、見ることの出来なかったアニメ。その録画したアニメを一緒に見ているのである。

「そうだよ。だったら大人なタカルは見なきゃいいだろ」サクマはユキヤからジュースを受け取り、シゲルに手渡しながら大きく言い放った。TVの画面には「Blows and Spills~吹き零れる泡~」の第26話が映し出されている最中である。シゲルはそこから視線を放さずにジュースを受け取った。このときに久々の瞬きも彼はしたようだ。

「別に俺は見なくてもいいんだよ。昨日祭りから帰ってきて直ぐに自分家で録画したやつ見たからさ」ゴロンと畳の上に寝そべり目を瞑ってタカルは答えた。

「タカちゃんもう見たのかよ。楽しみにしすぎでしょ」ユキヤは小さく笑いを吹き出した。

「今日皆で一緒に見ようねって約束したよね?しかもタカルが自分で言い出したんだよ?」サクマは目を細め、口を尖らせている。

 だがタカルは目を瞑ったままである。そして時間を見計らったように「うるさい!!」と呟いた。

「なんだって?」サクマが両眉を吊り寄せて、立ち上がろうとしたときである。

『うるさい!!』四人以外の声が響いた。TV画面からだった。

『お前なんかにこれは渡さない!!!』スパ・ケティーは右手で伝説の蝋燭であるサンギャンドルを強く握り締め、ターラコを召喚すべく左手を地面にかざした。

『これ、とはこれのことですか?』マカ・ロニーは片手を持ち上げた。その手には燃え滾る蝋燭。

『な、そんないつの間に……』ケティーは右手を見る。右手は空気を硬く握り締めているだけであった。ロニーを睨め付け、左手で召喚を続けようとしたケティーは動けない自分に気がついた。

『遅い、遅すぎますよケティーさん』

 ケティーの足元には地面から覗くミートソースンたち。奴らががっしりと彼女の両足と両手を掴んでいた。なぜ気が付かなかった。いや、それ以前にこの実力差はなんだ。ケティーは今までにない動揺と混乱の最中であった。ちなみにサクマは浮いたお尻を畳に戻した。

『まだ解りませんかケティーさん? これが我々マカ一族と、スパ一族である貴女との大いなる差異なのですよ。我々マカ一族のグルテン潜在量は、どの種族よりもはるか上を行っているのです。どう足掻いても貴女が僕に勝つなんてことはありえない、』ロニーは蝋燭を口元へ運ぶ。『なのにどうして僕が今まで貴女を殺さなかったか不思議に思いませんでしたか?』

「思った」シゲルが小さく呟いた。ちなみに同意を口にした者はいない。

『黙れっ! しゃべるな、貴様の声なんて聞きたくない!!』スパ・ケティーは全力でもがく。しかし両手を塞がれた今、パスタを何一つ発動させることはできない。ちなみにシゲルは慌てて口に手を当てた。

『殺せなかった、ではないのですよケティーさん。何故か解りますか? それはですね、僕があなたを愛し始めていたからですよ』マカ・ロニーはケティーを直視して抑揚のない声で囁く。『そして今、あなたは僕にとってもっとも愛おしく尊い人、大切な人になったのです。この意味が解りますかケティーさん』ロニーは顔を歪ませている。泣いているのか笑っているのかさえ区別がつかない。『あぁ何でしょうこのゾクゾクと内側から這いずり上がってくる感覚は。はあ、いい、なんて気持ちがいいのでしょうケティーさん』

「こいつアホだろ」タカルがポツリと漏らした。ちなみに誰も「あれ、起きてたんだ」とは突っ込まない。

『僕がこの聖なるサンギャンドルに灯る雷の火を消せば、この世は破壊と憎しみの渦に包まれる……あぁ、なんて素敵なんだ』ロニーは蝋燭の火元に口を近づけてもう一度ケティーに視線を向けて微笑んだ。

「あっ、やめて……」シゲルが悲しそうに吐露した。ちなみに三人には内緒であるが昨日タカルもこの場面で同じ言葉を口にした。

『やめろぉぉぉぉぉぉお!!!』ケティーは最後のグルテンを振り絞り、もがき、叫んだ。しかしそれは広いこの洞窟に響き、神殿遺跡の細かい装飾に静かに吸収され、そして虚しく消えていった。

『さぁ、サンギャンドルよ私の願いを叶えたまえ!!!』ロニーは大きく息を吸い込み、蝋燭の炎を、。

「でもこいつ間抜けなんだぜ!!」タカルは得意そうな顔でまた声を発した。「この後こいつ自滅しやがんの、ざまーねー」

「タカちゃん!!」「タカル!!」「ほんとに?!」ユキヤ、サクマ、シゲルは三人同時に叫んだ。

「「オマエ、少し黙れ!!」」ユキヤとサクマは続けて怒鳴った。シゲルは既に安堵の表情で、再びTV画面に意識を乗り移らせていた。

「ご、ごめん」タカルは瞬時に身体を起こした。かなり焦った表情である。「俺さ、本当にもう寝るから、静かにしてますから。うん、ホント、ごめん……」

 タカルの言葉に耳を傾けているものは誰もいなかった。タカルは再び寝転び、大きく寝返りを打った。肘に何かが当たった。

『――ぐふっ』ロニーは急に口から血を吐き、膝を突いた。『ばっ馬鹿な。な、何が起こったと……いうのだ』

『そうか、ロニーにとって一番大切な、』プツン。TVの電源が切れた。

「「「はぇ?」」」タカル以外の三人は一様に狼狽した。

「ちょっ、どうして? あぁもう、早く点けてよ! ユッキ早く!!」シゲルが珍しく呟きではない言葉を発した。それもかなり大声で。

「お、おう」ユキヤはTVの電源が切れたことよりも、シゲルの豹変振りにうろたえた。急いでリモコンを探したが見当たらず、仕方なくTVに近づき主電源のボタンを押した。

『これでもう……死んだ人を生き返らすことは永遠にできなくなってしまった。私が犯した罪も――消えない。過ぎ去ったことはもう……決して戻らない』ケティーは傷ついた四肢を庇いながら立ち上がった。『でもこれでいいのよ。母の呪いはいずれ私自身の手できっと、きっと消して見せる。私の大切な人たち、死んでしまった人たちは生き返らない。でもだからといって彼らが生きていたことが消えるわけじゃない。彼らの意思は私の中で生きている! だから、』

「でもさ、これって結局生きてるやつの、生きてる人のための考えだよな? 死んだやつの意思? そんなの死んだやつには関係なくね?」タカルは起き上がって持っていたTVのリモコンをちゃぶ台の上に置いた。

 TV画面に釘付けだったシゲルの視界の隅にそれがチラリと入った。「さっきのタカちゃんが消したの?!!」シゲルは怒鳴った。サクマも同じことを言おうとしたがシゲルに先を越されたかたちとなった。しかしシゲルらしくない。彼はこんな一面を持っていたのか、とサクマは冷静にシゲルを分析していた。

「ち、違うよ。いや、そうなんだけどわざとじゃないんだよ……。だからさ、ほら。こうやってリモコンを隠さずに出しただろ?」タカルは融けた氷で薄まったジュースを二口飲んだ。

「じゃあ何でさっき、直ぐにリモコンで点けてくれなかったのさ!!」シゲルは首に青筋を浮かび上がらせている。サクマは興味深いといった様子で二人を傍観している。ユキヤはエンディングの流れているTVの方を眺めていた。左耳は彼らのほうを向いている。

「いや、だからそのとき俺もなんでTVが消えたのか分からなかったんだって。もう終わりが近いから起きようと思ったら肘元にこいつがあったんだよ」タカルは両腕を後ろに付き、体重を預けたまま、リモコンを顎で指した。

「ちょっとタカル、謝るならちゃんと謝りなさい」サクマが横からやっと口を挟んだ。

 もう終わるな。ユキヤはTV画面を見ながら思った。

 先ほど殴りかかりそうな程の剣幕だったシゲルは、しかし今にも泣き出しそうだった。

「シゲル……ごめんな」タカルは姿勢を正し、シゲルに向かって頭を下げた。

「もういいよ。過ぎたことは戻らないんだ……」シゲルは目に溜まった水分を流れ出る前にぬぐった。

 TV画面にはエンディングの「最終話」と「おわり」の文字が映し出されていた。その画面からユキヤは視線を外し、「やれやれ」といった表情でサクマの顔をみた。サクマもそれに気が付いてにこやかに微笑み返した。

「はぁ」とタカルは深く溜息を吐くと、天井を見上げて言った。

「録画なんだから巻き戻して見りゃいいじゃん」

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